なんであんなに執着したのか
生活音を録音するのに興味があった。
他人の、ではなく自分の家の。
厳密にはビデオで音を撮影していた。
家族の時間は流れるし、忘れるし、今しかないから。
朝、母が私を起こしに、階段を上がってくる足音。
寝起きに毎度聞こえて来る山鳩の声。
父がドアを雑に開ける音。
ごにょごにょと階下から聞こえて来る話し声。
それらがいつか消えるのが嫌で、
悲しくて、自分ではどうにも止められなくて
ただ記録するしかなかった。
実際、時間も記憶も流れた。忘れた。
今は興味がない。あの家族の蜜月は過ぎた。
予測はあたった。
わかっていた。
自分はいずれ、ここから無関係な所に行って
階段を上がって来る足音にも、朝の山鳩の声にも無関心になる。
わかっていたからこそ
今、目の前の愛すべきものが誰からの記憶にも残らず
無下に消え去るのが、きっと我慢できなかったのだろうと思う。
大事なことは変わる。
そんな事の積み重ねだろうと思う。