雨降りのこと、あるいは先生の年齢を追い越してしまったことについて
そんなことにふと気づいた。
雨の日は好きじゃない。すべてのやる気がなくなる。
生存することで精いっぱいの気持ちになる。
そういう日のことを「許されている感じがするから」と好ましく捉える作家を二人ほど知っているけれど、僕は自分のことが嫌いで許されなくていいと思っているから雨の日はいつまでも好きになれない。単純に傘をさすのが面倒なのもある。
そうだ、僕は本質的に自分が嫌いだ。
自分の生まれ持った肉体が嫌いだし、自分の生い立ちが嫌いだし、自分の能力とその偏りが嫌いだし、自分の人生が嫌いだ。
自分自身を好き嫌いで語ること自体が不毛で馬鹿げていると思っているから普段はそう言わないけれど。好きか嫌いかで言えばはっきり嫌いなのだ。自分のことが。
雨の日はそういう忘れていたことを全部思い出すから好きになれない。
昔の僕の話をする。
中学三年生の僕はその他大勢のローティーンの例に漏れず多感な時期を持て余していたし、その前年まで僕は校内でよく知られたいじめられっ子だったから自分の存在とか人生についても持て余していた。
春頃の担任との二者面談で、僕は多分「自分のことを好きになれない」と話したのだと思う。今も昔も僕は思ったことを正直に人に言いすぎるきらいがある。
その時の担任の先生の反応は「そうか……そうかあ~……」のような要領を得ない感じだったのを覚えている。厭な子どもだった僕は、下手なことを言わないようにしてるんだな、と思った。
だから、卒業式の日に生徒一人一人に渡された手紙を読んで少し驚いた。
『自分くらいは自分のことを好きでいてあげようよ。そのうち他の人にも好かれるようになるんじゃないかなって自分は思ってるよ』
それは道徳の教科書みたいな、いい言葉だと思った。
だけど、それじゃない。僕が覚えていて、今でも胸を打たれる言葉はそれじゃない。多感な十四歳のために書かれたお手本みたいな言葉じゃないんだ。
手紙には何かの書き損じがあったらしく、『そのうち他の人にも――』という文面の下には修正テープの跡があった。
そして修正される前の言葉はこうだった。
『自分くらいは自分のことを好きでいてあげようよ。そうでないと寂しいじゃないか』
十四歳の僕の胸にこの言葉はすとんと刺さるように落ちた。
どうしてかは今でも分からないけれど。
そうだ、僕はいつだって寂しかった。
先生はそれを推し量ってくれた。それはきっと寂しいことだろうと想像を働かせてくれた。
先生はこれを十四歳の卒業していく生徒に言う言葉ではないと思って消したのだろう。だけれど、その消された言葉にこそ僕のこころは動かされた。
先生は当時二十七歳だった。青年期の終わりにある大人がおそらく思わず書いてしまったであろう言葉が「寂しい」だったことに僕はひどく安心した。それで十分だと思ったのだ。
僕は今でも自分が嫌いだ。
けれど毎日毎日どうしようもない寂しさを抱えたまま生活を送ることはできない。
先生が相応しくないと思って書き直した道徳的な言葉は、僕にとっては割とどうでもよくて、他人に好かれるかどうかはあんまり重要じゃない。嫌われたいわけじゃないけれど。
だって友達がいても恋人がいても家族がいても、僕が本来的に寂しいのは変わらないという確信にも近い予感があるからだ。
そうだ、僕は自分が嫌いで、そして先生が言った通りずっと寂しい。
そんなことを言えば先生は三年三組の教室にいた頃のように「そうかあ~……」って苦笑いをするだろう。卒業して以来会っていないけど(なぜなら僕は同窓会の連絡が来るタイプじゃないから)。
そんなことを考えていて、もう僕があの頃の先生の年齢を追い抜いてしまったことに気付く。十五歳の群れの舵取りをする二十七歳、なかなかに勇気のいる仕事だと思う。だって僕はきっと答えられない。十四歳の少年少女が「自分のことが嫌いで、何のために生まれたのか分からなくて苦しい」と胸の内を明かしたとして。
雨の日はこんなことばかりを思い出す。