海についての三視点
はじめに
写真フォルダを見返していると、なんだか似たような景色ばかり。
美しいと思うものには、きっと共通点があるのでしょう。
一方で、似たような写真をいざ横に並べて見てみると、違いがよく見えてきます。
同じ空でも雲の形が違う、同じ動物でも表情が違う、同じ場所でも撮った私の気持ちが違う…
そんな「ちょっと違う」を見たくて、私は旅行に行くのかもしれないな、と思いました。
そんなわけで、同じような写真を並べてエッセイを書いてみようと思い立ち、
旅エッセイ「どこかについての三視点」をはじめました。
「海」「猿」など、同じテーマについての写真とエッセイをを3つまとめて投稿していきます。
(一つ一つのエッセイはInstagramにも投稿しています。)
今回のテーマは「海」です。
①西表島
西表島が忘れられない場所になったのは、この海で過ごした時間のおかげだと思う。
泊まっていた民宿から歩いて1分の、小さな砂浜。
まわりには誰もいなくて、海とは思えないほどに静かな場所だった。
聞こえるのはチャプチャプという小さな波の音と、鳥のさえずりだけ。
目を閉じて音を聴いていると、時間が止まったような感覚になる。
綺麗な魚を見つけたり、大きなカニに驚かされたり、空一面に広がる夕焼けを見たり。
特別なことは何もしていないのに、あっという間に時間が過ぎていった。
帰りにスーパーでWattaのシークワーサーサワーを買って飲んだ。
夏、サイコー!と叫びたくなる味。
いつもは鬱陶しいはずの暑さも日差しも、全部ひっくるめて夏を楽しんだ。
それからというものの、私は夏になると必ず海に行くようになった。wattaのサワーを飲み、夏、サイコー!と叫ぶ。
そうやって、あの夏の思い出を何度も何度もなぞっているうちに、気づけば夏が大好きになっていた。
②香川県
昔から、せっかちなのか飽き性なのか、
「今、ここ」を楽しむのがとても苦手だった。
目新しい経験、現実離れした物語、憧れの人の心。
遠いどこかにあるものばかりが欲しくなって、自分の足元がおぼつかなくなってしまう。
その傾向がピークに達したのは、地元香川から上京したタイミングだったと思う。
東京は新しい選択肢に溢れていて、欲しいものがどんどん増える場所だった。
できる限り全てを手に入れたくて、毎日一生懸命に走った。とにかく予定を詰め込んで、必死に経験を集めた。
そんな当時のわたしにとって、帰省の時間は正直かなりつまらないものだった。
地元のことは嫌いではなかったが、刺激的な時間を無駄にしてまで帰る意味がわからない。
東京にいればあの人と時間を過ごせたかも。あのイベントに行けたかも。
香川にいても心は常に東京にあって、わたしはいつもiPhoneの画面ばかり見て過ごしていた。
変化が訪れたのは、上京してから3年ほど経ったときのこと。
人間関係で辛いことが重なって、すこし心に疲れが溜まっていた。
不安で夜もあまり眠れず、くたくたで土日に出かけるのも一苦労。
そんな生活をしていたら、ふと急に香川に帰りたくなった。帰省して、島にでも行こうと思い立った。
高松港から島へ向かう道中、フェリーに揺られながらぼーっと景色を眺めていた。
波がほとんどない、穏やかで小さな海。雲がたくさん見える広い空。
小さい頃から何度も見てきたはずの景色なのに、なんだか妙に安心した。
ただ海を見る、それくらいしかできない。それが嬉しい。
何も考えなくていい。選ばなくていい。決めなくていい。
そう思うと、久しぶりに深く呼吸ができる気がした。
風に当たって海の香りを嗅ぐ。
いろんな情報の中で埋もれていた五感が研ぎ澄まされていくような感覚になった。
不自由で、心地よかった。
帰ってくる場所がある。それが香川である。
それだけで十分だ。
はじめて今の自分を許せた気がした。
③ セブンシスターズ(イギリス)
今年の5月、イギリスに2週間ほど滞在していたときのこと。
天気がよかったので、友達と一緒にセブンシスターズまでハイキングに行った。
セブンシスターズは、エメラルドグリーンの海と白い崖が美しい、イギリスでも有名な観光地。
海の横には緑色の丘が広がっていて、登るとずっと遠くまで景色が見渡せる。
高い山や建物がひしめき合っている日本では、なかなかみられない光景だ。
観光地として話題になるのも頷ける、美しさと特別感だった。
その日の気温は15℃くらいで、風も強かった。
長袖でも少し肌寒いくらいなのに、
周りを見渡すと半袖やキャミソールを着ている人がたくさんいる。
驚く私を見て、
「この季節なら海に飛び込んでる人もいるよ。イギリスでは今が夏だから。」と友人が教えてくれた。
たしかに、夏といえば海、夏といえばキャミソール。
遠く離れていても、こういう発想は一緒なんだなと少し不思議な、愉快な気持ちになった。
潮の香りのしない海、乾いた冷たい風。
五感で感じる景色だけがいつもと違う、そんなちぐはぐさがなんだか面白い場所だった。