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旅の記憶
私の人生を語るうえで、ザンビアでの体験を切り離して語ることはできない。それは、私にとってBZ (Before Zambia )とAZ (After Zambia )の境界線でもある。引っ込み思案で初対面の人と話すのが苦手だった私が、この旅を経て社交的になり、今では悩みを抱えていても、そ れが前向きな成⾧の一部だと感じられるよう になった。
ザンビアでの経験は、修士課程の研究が目的だった。南部州の小さな村で、0 歳から18 歳までの子どもの身体計測を行い、成⾧曲線 を作成するのがミッションだった。この地域 では、毎年の身体計測という仕組みがなく、 子どもたちの成⾧や栄養状態が把握されてい なかỵた。私は毎日、身⾧計と体重計、メジャーをGregoryのリュックに詰めて村々を訪れた。汗だ くになり、日本語が大きく書かれたユニクロ のT シャツは何枚あっても足りないほどだった。
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午前中の調査を終えると、午後には洗濯と自炊が待っていた。アシスタントと共に、トウモロコシの粉を使ったシマという現地の主食を作りながら生活する日々が続いた。おかずは、酸味のあるトマトとやせ細ったキャベツ。シマがうまく作れるようになったとき、アシスタントが無言で私を抱きしめ、肩をトントンとたたいてくれた瞬間は格別だった。
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調査が進むにつれ、ある村の長老からキリスト教の感謝際に招かれた。「これから教会に行くから、君も来なさい」と半ば強引にアフリカンミュージックが流れるトラックの荷台にぎゅうぎゅうに載せられ、山奥の教会へ向かうことに。自分の意志を超えた「何か」に突き動かされ、YESと答えていた。
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持ってきたのは、調査用の道具だけで、止まる準備などしていなかったが、異文化を深く知るためには逃してはいけないチャンスだと直感した。焚火を囲んで踊る村人たちと過ごす夜は、『自分は今何を見せられているのだろう。そして無事に帰れるのだろうか』という「混乱」、『木々が燃えさかる焦げ臭いが心地のよい香り、そしてその場のグルーヴ感』からくる「興奮」が入り混じる感情に包まれた。
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調査も終盤にかかったある日、調査からの帰り道に運命的な光景が広がった。砂埃を巻き上げながら走る赤十字のランドクルーザーだった。白いボディに真っ赤な赤十字マーク。その姿が私に強い印象を残した。日本にいるとき、定期的に献血に通っていた私にとって、赤十字はなじみのあるものだったが、このザンビアの片田舎の土地での活動は未知だったのだ。アシスタントに赤十字の活動について尋ねると、この地域ではエイズの予防や保健衛生の啓発活動を行っていると教えてくれた。彼の言葉の中でも特に、「赤十字が命を救う活動をしていること」が強調され、それが私の心のノートに刻み込まれた。修士課程2年の夏、やりたいことも見つからず、就職先も決まらないままこの地に来ていた私は帰国後の進路に悩んでいたが、アシスタントの勧めもあり、日本の赤十字に挑戦することを考え始めた。
ザンビアでの体験は、私の人柄や人生観を大きく変え、異文化の中で感じた緊張と開放感、そしてキャリアへの道筋が見つかった瞬間でもあった。帰国後、ご縁があり、日本赤十字社に就職が決まった。その後10年間勤務し、国際支援も担当した。国際支援を経験する中で、途上国における気候変動の影響の大きさを目の当たりにし、いまは気候変動への対策をする仕事についているのだ。
※第49期編集ライター養成講座で出された課題です。