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短編小説¦鐘の音が響くとき

しんしんと雪が降り続けている。ヨハンは、窓の外を眺めながら、しみじみと感慨にふけていた。「みんな大人になってしまったなぁ…。」この村から、子どもが居なくなってしまったのは、いつ頃だっただろうか。

以前までのクリスマスは、とても忙しかった。教会の鐘を鳴らしながら、村の子どもたちにプレゼントを渡すサンタさんとして働いていたが、その子どもたちも、もう大人になった。ヨハンの役目は、もう終わってしまったのだ。

窓から見える教会は、雪のせいなのか、なんだか所在無く見えてくる。かつて地域の中心で、人で溢れていたこの教会も、今ではただの廃墟のようだ。

冷たい風が窓を容赦なく叩きつける。ヨハンは暖炉の前で古いアルバムをめくっていた。そこには、かつて子どもたちと撮った写真がたくさん収められている。笑顔に囲まれた自分の姿を見つめながら、彼は深いため息を漏らした。

「誰ももう、あの鐘を待っている人なんて居ないんだろうな…。」ヨハンがポツリと呟いた、その時だった。

コンコンコン。静かだった部屋に、突然、ドアを叩く音が響いた。

「こんな時間に誰だ?」

ヨハンがドアを開けると、そこに立っていたのは薄汚れたコートを羽織った小さな少女だった。

「寒いの…。入ってもいい?」

驚きながらも、ヨハンは少女を家の中に招き入れた。

「どうしてこんな夜に一人でいるんだい? 親御さんは?」
「お母さん、きっと帰ってくるって言ってた。でもね、来なくて……。」

少女の名はリサと言った。小さな手で、古く、くたびれた人形をぎゅっと抱きしめながら、ヨハンに言った。

「おじいちゃんは、なんかサンタさんみたいだね。」

「いや、サンタなんてもう引退したんだよ。」
ヨハンは、胸の痛みを隠すかのように、さりげなく言った。

「寒いだろう?何か温かい物でも作ろうか。」
その夜、ヨハンはリサと一緒にカレーを食べながら、暖炉の前で昔話を語った。リサは笑いながら話を聞いていたが、突然真剣な顔になって話し始めた。

「あのね、おじいちゃん、お願いがあるの。」
「なんだい?」
「教会の鐘の音が聞きたいの。あの音が聞こえたら、お母さんが戻ってきてくれる気がするの。」

ヨハンは、ためらった。あの鐘を鳴らさなくなってどれだけの年月が過ぎただろう。それに、鐘を鳴らすには教会の屋根裏に上らなければならない。現実的な問題として、老人の体にそれは少し厳しい仕事だった。

でも…。と思う。こんな瞳を向けられたのはいつぶりだろうか。リサの瞳に映る期待の光を見て、ヨハンは静かに決心した。

「危ないからここで待ってるんだよ。」

夜の寒風の中、ヨハンは教会の扉を押し開け、リサを背後に残して一人で階段を上っていった。滑らないように最新の注意を払いながら。そして、鐘の前に辿り着いた。錆びついた鐘の紐を握りしめ、深く息を吸った。

「きっとこれが、最後の仕事だ。」

ヨハンが力強く紐を引くと、長い間沈黙していた鐘が低く響き始めた。雪降る夜空に、銀の音色が高らかに広がっていく。

教会の下で待っていたリサが、目を輝かせながら空を見上げていた。

「聞こえる…!! ありがとう、おじいちゃん!」

久しぶりに聞いた鐘の音に、ヨハンは胸がいっぱいになった。「ありがとうは、こちらのセリフだよ、リサちゃん。」そう、伝えようとしたのだが、その声はリサの声にかき消されてしまった。

「あ、お母さん来た!!!」

リサは嬉しそうに叫び、雪の中を駆け出した。ヨハンも階段から落ちないように注意を払いながらも、慌てて後を追った。近づいてきたのは、少し疲れた表情をした若い女性だった。

「リサ……! ごめんね、遅くなって。」

お母さんはリサをぎゅっと抱きしめた。その腕は冷たかったが、リサの顔は笑顔だった。

お母さんは、ヨハンの顔を見て言った。「あっ…。あの時のサンタさんですよね?私にオルゴールをプレゼントしてくれた。懐かしいなぁ。」目を細めて笑っている。

「この鐘の音が聞こえて、なんとなくリサはここに居るんじゃないか、と思ったんです。仕事で帰りが遅くなっちゃって、家に帰ったらリサが居ないから慌てました。鐘の音が、道を教えてくれたんです。ありがとうございます。」お母さんは、そう言って頭を下げた。

「そうだったのか…。」ヨハンは頷いた。みんなに届かなくたって良い。誰かの役に立つことが出来た。それだけでもう十分だ。「メリークリスマス!」そう言って、ヨハンはその場を去った。ヨハンの心の中は、まるで陽だまりのようにポカポカとしながら。

翌朝、ヨハンは家の前が騒々しくて目が覚めた。「こんな朝早くからなんだい?」そう思いながら、扉を開けると、そこには大量の手紙が届いていた。

「昨日の鐘の音が聞こえて、ヨハンさんのことを思い出しました。クリスマスにいつも幸せを届けてくれてたのに何もお返し出来なくてすみませんでした。」そう書いてある手紙には、手編みのマフラーと靴下まで添えてある。

ヨハンは笑った。涙を流しながら笑った。「この大量の手紙を読むのは、老人には辛いなあ。一ヶ月以上はかかりそうだ。」そう言って、一枚一枚丁寧に集めた。

朝日に照らされた教会は、生きているように見えた。銀色に輝く鐘は、澄んだ冬空の下で静かに佇んでいた。

Fin-【2125文字】


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