小説 常夜灯で待つ君に1
「また、降ってきたな。最近は異常気象で梅雨が長いのか短いのか、わからんな。」
天気予報では晴れのち曇だったのに突然雨が降ってきた。私は用心の為に持っていた傘を開いた。
独り言を言いながら神社の中を通り過ぎるとふと見れば一人の少年が常夜灯の前に立ってる。
(待ち合わせか?)
いや、違う少年は常夜灯をじっと食い入るように見つめてる。
そのまま通り過ぎようかと思ったが私は少年に声をかけた。
「君、この常夜灯が気になったの?」
少年は私の言葉に驚いた様だったがボソボソと話を始めた。
「人を待っているんです。」
「ああ、友達とか、、彼女とか?」
私の言葉に少年ははにかんだ顔をした。
「あのう、僕、僕、」
「ん?雨に濡れるよ。」
私は少年に傘をかけてやる。
「僕、前世で約束した人を待ってるんです。」
少年の言葉に私はフリーズしてしまった。
前世?約束?私はまあ、取りあえずと言った後に
「えっと、まあ。うちに来なさい。雨が酷くなってきたから。」
「あのう、うちって?」
「ああ、私ね。ここの宮司だから。安心して。」
さあさあ。私は少年に自分の傘を渡すと裏口の鍵を開けた。
「ただいま。留守番済まなかったね。もう上がっていいよ。お疲れ様。」
アルバイトの巫女は私の言葉に嬉しそうに帰り仕度の支度をすると「お疲れ様です。」とそそくさと部屋を出ていった。
畳の居間の真ん中に角ばった机がポンと置いてあるシンプルな造りだ。
「好きなところ座ってよ。今、冷たいお茶いれるから。かみさんが娘んとこ行ってるから私一人なんだわ。だから、遠慮せずにゆっくりしてよ。それにこの雨じゃ、誰も来ないしさ。」
「すいません。」
少年は静かに正座から足を崩した。
私は冷蔵庫から冷えたお茶を出しながら少年の背中を見つめてる。寂しげだ。悩んでいる。きっとこれは話を聞いてあげなくてはならないと心に強くいい気かせている。まあ、あのぐらいの歳の子は夢みがちだし。そんな気持ちも湧いてくる。
冷たいお茶と菓子を盆にのせた。
「外は暑かったでしょ。はい、冷たいの。菓子はこんなんしかないけど、遠慮なく食べてよ。」
菓子って言っても煎餅だけど。もっと若い子の好きな菓子を買っとけば良かった。私は少し後悔した。いや、かなり後悔した。
「有り難うございます。いただきます。」
少年は冷たいお茶を一口だけ飲むと机に置いた。グラスの水滴が机に滴り落ちる。
「あのう。」
「あの、さっきの。」
ほぼ同時に言う。私は少年に「どうぞ。」と話を譲ると少年は水滴が滴り落ちるグラスに一口だけ口をつけると咳を切ったように話始めた。
「あのう。さっきの話は本当で。多分、夢で見た常夜灯がここのもので間違いないんです。きっとそうなんです。信じてもらえないですけど。」
「いや、君の話を信じるよ。話してみなさい。私で良ければ聞いてあげる。」
私は私自身、嘘つきで物分かりの良い大人を演じていることに違和感を感じなかった。
少年はわかっているかもしれないが話を続けた。
「じゃあ、話を聞いて頂きます。長くなりますがよろしいでございましょうか?」
私は少年の口調と声色が変わった事が気になったがゆっくり頷いた。
「物語は江戸時代に遡ります。」
そして、私は少年の話に取り込まれる事になる。
江戸時代、一人の不思議な力を持つ少年がいた。
少年の家系は代々祈祷や占いをしていた。
少年はその家系でもずば抜けて才能があった。
その少年の名は楠木苓桂と言う。
10歳の頃から予言や予知をし老中達に支えてた。
そんな少年も15歳になった。
「大体、苓桂も人が善すぎる。中村様の囲碁の相手などお前がする仕事ではないぞ。」
猫の苓甘が言う。飼い猫の苓甘は代々楠木家の猫の血を受け継いでいる故に人間の言葉を話すができる。
「猫の癖にうるさい。なら、お前がすればよいではないか。ああ、猫だから出来ないであろうが。」
苓甘は苓桂の足くびをわざと噛むとふんと鼻を鳴らした。
「痛い。まったく猫の癖に人間みたいだな。」
「で、仕事の依頼はなんだったのだ?」
苓桂は噛まれた足を擦りながら憂鬱そうにした。
「幽霊さがしだ。」
「幽霊探し?何処のだ?」
「神社のだと。」
「お前はまさかその仕事を引き受けたのか?」
「いや、まだだ。中村様の話だと、。」
苓桂は中村邸の話を思い出した。
「いやいや、お主と碁をうつのは久々じゃのう。隠居してからは毎日暇じゃ。暇で暇でボケそうじゃ。よし、よし。わしが優勢じゃな。」
「中村様、わざわざ私を碁の相手だけに呼ばれたのではありませんでしょう?如何なるご依頼でございますか?」
苓桂の言葉に中村は肘掛けに肘を置き扇子をバタバタと揺らす。
「お主には嘘はつけぬな。実は知り合いの宮司に頼まれたのじゃ。神社の一大事だとな。」
「はて、それは大変でございますな。ですが、何故に私なのでございましょう?」
「出るのじゃ。」
「何がでございます?」
中村は扇子を口元に扇子を持っていき小さな小声で苓桂に囁く。
「幽霊じゃ。だからお主に頼もうと思ってな。お主はその手の仕事はお手の物であろう。」
「てな、感じだ。」
苓桂は中村邸の事を思い出しておでこを掻いた。
「幽霊騒ぎと言っておったな。どんな幽霊だ。」
「おなごらしい。中村様が言うには侍ばかりを狙っておるらしくてな。」
「侍ばかり?何故だ?」
苓甘は思いっきり後ろ足を伸ばす。
「中村様が言うには、、、。」
苓桂はまた中村邸の事を思い出す。
「どの様な幽霊なのでございますか?」
「うんとな。確か侍ばかりを狙っておるおなごらしいが。丑三つ時に常夜灯に現れるそうじゃ。おっと、そう来たか。お主は老人にもうちっと華を持たす気が無いのか。まったく気が利かぬな。」
中村は碁盤を睨みながら薄い頭を撫でている。
「何故に侍ばかりなのでございましょう?」
「はて?わしにはそれはわからぬ。だから、お主の出番じゃ。嗚呼、もう初めからやり直しじゃ。次は勝つからな。」
結局、碁を中村様が勝つまでやる羽目になった。
「それで、苓桂には思索はあるのか?」
「あるにはある。が、問題は母上だ。」
苓甘は後ろ足で頭を器用に掻く。
「母上はお前にべったりだからな。」
「べったりでは無い。愛情に溢れた人なのだ。」
「まあ、俗に言う過保護であろうが。」
苓甘は苓桂の背中を鼻先でつつく。
苓桂の父は苓安は苓桂が九つの時に亡くなった。
それからずっと母、みつと苓桂、二人暮しだ。
みつにとっては苓桂はずっと子供なのだろう。
「俺はお前が産まれる前から此所におるから母上がどんな人かわかっておるし、断れば良いではないのか?お前だってわかっておるだろう。母上に心配かけるではないぞ。」
「わかっておるが、中村様の頼みとなればなぁ。断れぬ。」
「中村様には恩があるからか?苓安亡き後、気にかけてくださったからな。」
苓桂は苓甘に頷くと覚悟を決めた。
「丑三つ時に神社の常夜灯で幽霊を待つ。」
二人は、いや一人と一匹の猫はお互いを見つめて強く頷いた。
続く。
小説 常夜灯で待つ君にをお読み頂き有り難うございます。どなたかの目にとまれば幸いです。
どうぞお時間が許すならばまた次もお読みいただけば幸いでございます。
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