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【名著】『give・getとtake・make 英語のすべてはこれで決まる』を読む
日英同時通訳者として目覚ましい功績を積み上げ、英語教育界にも絶大なインフルエンサーとなった松本道弘氏の『give・getとtake・make 英語のすべてはこれで決まる』(朝日出版社)は英語の神髄を学習できる優れた英語学習書であり、極上のエッセイでもある。
通訳者として現場で培った豊富な英語の知識をベースに静脈英語と動脈英語を使い分け、実際のコミュニケーションに生かすという手法を用いていた。2022年に新型コロナウイルスに感染し、その後は体調が悪化。間質性肺炎で世を去った。数々の面白い作品を世に送り出してきただけに残念で悲しい気持ちになった読者は大勢いると思う。
古典的名著である本書には最新のエッセンスも取り入れている。興味深いトピックを抜粋し、英語の奥深さを体感してみよう。
静脈英語と動脈英語
まず、松本氏が常に口にしていた静脈英語と動脈英語はいったい何なのか。その意味についてこう語る。
< 静脈英語は、単語力や、英語に関するトータルな知識量など、”見える”部分、つまり、得点ができる物質的な英語(material English)が中心になる。動脈英語は、英語力や英文法力よりも、英語以外のトータルな情報力や人間力を重視する。
英語を出世のための「術」ととらえるのではなく、「道」(way of life)ととらえたコンテンツが、英語道であった。今風に言えばContent is king.(コンテンツは王様)となる。ITの時代に最も熱く求められるのが、このcontent(中味)なのだ。英語道のコンテンツは、英語と英語の「間」に潜むnexus(結合部分)のことだ。見える筋肉や骨や皮膚を繋ぐ、見えざる関節の部分なのだ。30代前後の私は、英語の「関節」の部分に響いたものだ。>
※太字は筆者強調
松本氏が何よりも重視する点は『「動脈英語」を鍛えるべし!』と強調する。例えば、本書を読めばわかるが、映画の台詞や交渉相手の言葉、研究者の知見などを含めた教養あふれる英語・品格のある英語を指している。動脈英語に磨き続ければ、一流の人を相手に対等なコミュニケーションを可能にすると説く。大事な視点だと思う。
クラッシェン博士の言語習得への近道
松本氏は自身の英語道を極めるために言語学界の”賢人”たる人物から影響を受けた。ステファン・クラッシェン(Stephen Krashen)博士である。彼が説く言語習得の王道について、松本氏は次のように述べる。
< 彼の説く外国語習得への近道は三つに絞られそうだ。
1. Get another[ a second ] language to keep you from aging.
(外国語を学べば老けない)
2. Read, read, and read
(読んで、読んで、読みまくれ)
3. Starbucks coffee. Three cups a day.
(一日に3杯スタバのコーヒーを)>
3番目の英文に「なんだ?」と思った読者はいるだろう。松本氏は続ける。
< 3番目に関しては、彼一流のジョークだ。要するに「遊び心」のことを言っているのだ。私の場合、コーヒーではなく映画鑑賞を挙げる。映画(特にドキュメンタリー)鑑賞は”行”である。「行」の中には「遊び」も興味もある。>
一流のジョークは深い教養を身につけていなければ使いこなせない。特に冗談が通じない相手にはジョークの意味を理解できないだろう。
ここで重要なのは、リラックスした雰囲気のある場所で好きなように過ごす。意識的に英語に触れる環境をつくることだという意味だ。私も映画鑑賞は英語学習において表現の宝庫だと思っている。興味のある映画があれば、必ず映画館に足を運び、楽しみながら自然と英語を視聴する。
■ giveとgetを使った表現
give oneself time to read 時間をかけて読む
get results 成果が出る
Give yourself time to read and you'll get results.
時間をかけて読めば、成果が出る。
伊藤詩織と山口敬之の性被害をめぐる論争
松本氏はgiveとgetを駆使して性被害を訴えた男女の動脈英語に感嘆たる想いを抱いたと言う。
< エリザベス・ホームズという、したたかな女性経営者(CEO)に寄生した、かなり年上の男、ナニー・バルワニ(社長兼COO、元恋人)の、「愛されて、捨てられた」人生が気の毒だ。YouTubeでは、彼女を訴えた男の怒りが、次のように3行でまとめられていた。
Gave BM 1300万ドル貢いだのに、
Got Dumped ポイ捨てされ、
# METOOED そのあげく、「私も被害者の一人だ」と訴えられた。
こんな訳になったが、英語は、giveとgetという二つの基本動詞だけだ。たったこの3行詩に、雌カマキリに捨てられたハリガネムシの恨み節が込められている。#METOOとは、女性が「私も男性から性的被害を受けた」と訴え出ることだ。>
アメリカの女性実業家にまんまと騙されたという形で性被害を訴えた男性の声だ。もっとも、私には人を見る目がなかったと思う。「綺麗な花にはトゲがある」という言葉を思い出さざるを得ない。しかし、性被害を訴えることは男性の権利である。堂々と主張すべきだ。
これに対し、日本ではジャーナリストの伊藤詩織氏の性被害をめぐる問題が大々的に広がった。松本氏は性的暴行をしたとされる山口氏の言葉について触れている。
< 女性ジャーナリスト伊藤詩織氏に準強制性交の罪で訴えられた男性ジャーナリスト山口敬之氏は、刑事事件としては不起訴になったが、民事裁判の一審で有罪判決が出た。反訴に出たが、結局、大勢において敗訴した。この一連のストーリーをgiveとgetで綴ってみよう。数年の愛憎劇が3行で収まった。こんなふうに・・・・・・。
Gave her love and attention ちゃんと構ってやったのに、
Got sued 逆に訴えられた
Got skinned and shamed 身ぐるみはがされ、男の面目を失った。
男の身とて、男性に肩入れしすぎたようだ。女性の方、気分を害されたら、ごめん。>
この文章を読む限り、giveとgetを使って3行にまとめて訴えていたようだ。この内容に松本氏は山口敬之氏の胸中を察したのかもしれない。その上で「女性の方、気分を害されたら、ごめん」と謝意の一言を述べる。この点で山口氏を擁護したのかどうかは分からない。Gave her love and attention.(ちゃんと構ってやったのに)とGot skinned and shamed.(身ぐるみはがされ、男の面目を失った)という言葉には冷静に考えれば、山口氏の面子と男性本能を保つための性行為だったと読み取れてしまう。この発言に関して、伊藤氏は怒りを禁じえない。性的対象として暴力的な振る舞いを受けたという事実を蔑ろにされたからだ。
大方、SNSでの意見は伊藤氏の涙の会見と悲哀の訴えに賛同する声が相次いでいた。女性の人権を守る立場から考えれば、伊藤氏の主張は的を得たものだと思う。
■ giveとgetを使った表現
give someone love and attention 構ってあげる
get sued 訴えられる
get skinned 身ぐるみはがされる
get shamed 面目を失う
さらに、松本氏は映画でよく登場する口語英語と先述の伊藤詩織氏の性被害問題を合わせて取り上げている。
< 映画でよく耳にする口語英語は、You've got the wrong man!となる。この英語に抑揚を加え表情豊かに話せば、れっきとした動脈英語(実践的な英語)となる。>
You've got the wrong man!は山口氏の訴えにぴったりと当てはまるようだ。
< 合意の上の性行為(consensual sex)であったか、はたまた(準)強制性交(強姦)であったかをめぐって、ジャーナリストの山口敬之氏と伊藤詩織氏が争い、マスコミをにぎわせた事件があった。山口氏は嫌疑不十分で不起訴となった。
そこで伊藤氏は、望まない性行為で精神的苦痛を受けたと、損害賠償を求めて民事裁判を提訴し、一審の東京地裁で勝訴。山口氏は、オレこそが被害者だと反撃し、二審の東京地裁に逆提訴した。>
そして、伊藤氏と山口氏の英語での訴えについて次のような見方を示す。
< 伊藤詩織氏は、機会を得ては「自殺したいくらい苦しみました。あの人は、私にデート・レイプ・ドラッグを盛ったレイピストだ」と英語で泣訴した。そのときの抑揚やアクセントはまるでアメリカ人。「r」と「l」の混用もなく、パーフェクトな動脈英語(実際に使われているイキのいい英語)だった。文法ミスはあるが、彼女の痛切な訴えは国際社会に響いた。この事件で彼女は、勇気ある日本女性として、「世界で最も影響力のある100人」(TIME誌、2020年)の一人として国際的に認められ、その後、プロ・ジャーナリストとして名を馳せるようになった。
対する山口敬之氏の英語は、文法的にかなり正確な静脈英語(教科書英語)そのもので、誠実さがにじみ出ていた。しかし、情感を極力抑えた正確な静脈英語では、国際社会へのアピールとして勝ち目がない。世間体や社会的地位を失った。>
伊藤氏の情の籠った演説は性被害を受けた経験のある女性たちを中心に感動と共鳴を呼んだことになる。彼女の英語もまっすぐな気持ちを持ちつつ、深い悲しみと怒りを交錯していた。多くの人々は彼女の言葉を聞いて身に染みたのだ。その後の二人の活動は言うまでもない。
伊藤氏は2024年に映画『Black Box Diaries』を初公開した。監督を務めた伊藤氏は自身の性被害の体験を現代に生きる女性たちを中心に考えるきっかけにしてほしいと切望する。日本での公開は今のところ未定だ。
深田萌絵の不屈の精神
伊藤詩織氏と同じように、自分の持論を曲げずに堂々と主張する者がいる。保守派の論客として知られ、YouTubeでも人気を博しているITアナリストの深田萌絵氏だ。松本氏は深田氏の不屈の精神を込めた英語に驚いたようだ。
< ユーチューバーとして人気の高いITアナリスト、深田萌絵氏が、スパイ防止法の制定を求めて吼えるときのチラシに載せるキャッチフレーズは、最初は関東人好みで、「私は挫けない!最後まで闘う」と漢字が多かった。その標準語から、「私は泣き寝入りはしない」と関西風に変えさせた。河内弁にも強いこの大阪の女性は、度胸がある。「泣き寝入りはしない」は、深田萌絵氏自身の言葉であるが、私自身が彼女の不屈の精神を称える言葉でもある。
I won't turn tail and run. I'll fight back tears and move on.
(泣き寝入りはしない。涙をこらえて前へ進む。)
turn tail and runは「シッポを巻いて逃げ出す」こと。>
turn tail and runはお目にかからない英語表現である。深田氏の精神力の強さを象徴する言葉であろう。大阪をはじめとする関西圏の人々は基本的に押しが強い。「たとえどんな相手であろうとも手加減はしない。大阪商人の気質がある。コテコテの人間性を持つ一方で、自己主張が強い。」というのが私の実感だ。関西人は最も怖い気質ではないかと思う。
今年(2025年)に入り、タレントの中居正広氏の女性問題と9000万円受け取り疑惑を巡って、深田氏は沈痛な面持ちであると同時に怒り心頭の表情を崩さなかった。
フジテレビの社員が関与したとして、フジテレビの現社長が記者会見を開いたが、真相をはぐらかす発言が目立っていた。調査委員会を立ち上げ、真相を解明するまでコメントを避けようとする姿勢は被害者の心情すら察していない。テレビ業界ならではの無責任体質を露呈した形となった。
深田氏自身もテレビ関係者から酷い扱い方をされたと告白した。アナウンサーやタレントなどの芸能の現場で働く女性たちに向けて、働き方と人生観を変えることを勧めている。また、組織に頼らなくても稼ぐ方法を教えてくれるそうだ。
Give 'em a sob story.
泣いてもらえ。
■ getを使った表現
Give 'em a sob story. 泣いてもらえ
思考中心の質的向上を目指したバングラデシュの教育
教育貧困で苦悩するバングラデシュが考えた政策は「丸暗記重視」から脱し、「思考中心の質を底上げする」へと切り替えた。松本氏はバングラデシュの取り組みについて次のように説明する。
< 教育貧困で悩んでいるバングラデシュは、丸暗記重視から、思考中心の質的向上を目指し、底上げ(level up)を試みている[The Economist, November 13, 2021, p.24]。見出しのLevelling upは「底上げ」のことで、日本人が使うカタカナ英語の「レベルアップ」とは、raise the level of…であって、個々の事項をアップ(improve)すること。バングラデシュの教育の貧困は、丸暗記に偏りすぎているので、「全体の底上げを図る」必要があるという。
…mindlessly memorising textbooks and regurgitating them during exams…(意味もなくテキストを丸暗記し、試験中は、それらを理解もせずオウム返しに反復する)というやり方をやめさせようとしているのだ。日本の進学塾もそんな傾向がある。それにしても、regurgitate(吐き戻す)とはひどい表現だ。
重点はnumeracy(理数系の基礎知識)とliteracy(読み書き能力)に置かれるべきだとThe Economist誌は述べている。日本の進学塾が、英語と数学に力を置いている理由がよくわかった。特に、英語学習は日本語の能力をも高め、数学に必要な推理能力をも高める。>
バングラデシュは貧困問題を解消するべく、国民の識字率を底上げする方法を考え抜いた末の政策を実行に移した。「レベルアップ」はraise the level of…という意味で見出しに表記することから、暗記中心の教育から戦略的思考の土台をつくる教育にシフトしたことがわかる。そう考えると、日本も「丸暗記中心主義」の教育を続けていると、世界の教育から遅れを取ることになりかねない。実際に、日本の教育費に公的支出を占める割合が8%となり、世界との差を突き付けられた。
NHKニュースによれば、OECDは「日本は公的な支出の中で教育費が占める割合が低く、将来世代よりも、高齢者に対してより多く投資している現状がある。日本は若者が減っていくからこそ、教育の質を高め社会を支える人材を育てる必要がある」と警鐘を鳴らす。
「底上げする」を動脈英語に置き換えるならば、get… a leg upが適している。Give those teachers a leg up.(教師たちの給料を底上げしなさい。)は日々激務に追われる教師たちへの待遇面を改善するための一言だ。日本の学校教育もこのような措置をとらなければ、教員不足はますます加速化することになる。
■ giveを使った表現
give… a leg up 底上げする ゲタを履かせる
本書は他にも英語にまつわる貴重なエピソードが満載である。映画や小説などの事例も豊富に取り上げている。抜群に面白い内容だ。また、いずれの機会で取り上げることにしよう。
<参考文献>
松本道弘『give・getとtake・make 英語のすべてはこれで決まる』朝日出版社 2022
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