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『FLY HIGH』二人の間の約束③


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 再びタイの離島に訪れ、ジャングルの奥地へ入ったふみ奈と20歳の男は最後の休日の想い出を作ろうとしていた。男は植物を観察するため、別の場所に移行し、ふみ奈のもとを離れた。

 ふみ奈は人気ひとけもいない、草木が繁茂するこの地で、全身を肌で感じたいという想いが出始めていた。水着を脱ぎ捨て、一枚の巨大な白い布を羽織りながら、光を浴びていた。


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「 生まれ変わったみたい。」

 人は裸で生まれ、裸で死ぬ。この世界に生を受けたからこそ、一瞬一瞬の時間を思う存分楽しむ。音楽家として日々忙しく過ごしているふみ奈にとって、自然の中で生まれた時の自分を再度振り返っていた。ふみ奈の心に去来したものは何だったのだろうか。自分に何ができるのかと。

「私にできることは音楽で人を元気にすること。人に楽しんでもらうこと。どんな環境にいても、決して希望を捨ててはいけない。前を向いて生きることをみんなに伝えたい。私の弾くピアノとサックスで。」

 ふみ奈は自然の中に身を投じながら、思考を巡らせていた。

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 この命が尽きるまで、精一杯生きようと決心したのだ。

 自然観察から戻ってきた男とふみ奈は再び中心街に行き、最後の夜を過ごそうとする。男は「先輩との楽しい時間はもうすぐ終わりなのかと思うと寂しい。」と心境を吐露した。ふみ奈は明日の朝に拠点となるアメリカのボストンに帰り、明後日には次の演奏会に行く予定だ。スケジュールがタイトな日々がまた始まろうとしている。
 それでも、ふみ奈は心の底から満足していた。タイは”微笑み”の国と呼ばれている。タイ人たちは皆、観光客を快く出迎えてくれる。美味しい食べ物もありつけたし、海で遊泳できたし、ジャングルの奥地で森林浴を体感することもできた。良いことづくめな休日だった。
 ふみ奈は仕事のことを一切忘れて、リフレッシュな気分になったことで「自分に何ができるか」を考える時間ができたのだ。


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ふみ奈 「あっという間だったね。でも、連休はとっても楽しかった!
     君もそう思う?」
男   「そうですね。とても楽しめました。おかげでタイの食文化を堪能
     できたし。街並みの写真もバッチリ取れたし。観光ガイドには載
     っていない場所もあったし。」
ふみ奈 「素敵じゃない! よかったね!!」
男   「ええ。 ただ…。」
ふみ奈 「ただ?」
男   「もう先輩には会えないと思うと、とても寂しくて…。」
ふみ奈 「あはは!何言ってんのよ! また会えるよ!いや、会いに来て
     ね。私は結構忙しいけど、開催日が決まれば演奏会はどこでも行
     うのよ。音楽を聴きたくなったら、いつでも来ていいからね。そ
     の時は連絡してね。」
男   「あ、ありがとうございます。楽しい休日でした。」
ふみ奈 「こちらこそ!ところで、君はまだ大学生なんでしょ。卒業した
     ら、どうするの?」
男   「大学を出たら、貿易会社か商社に入って営業職に就こうと考えて
     います。日本と海外の食文化を広めるためのビジネスに携わりた
     いなと思って。」
ふみ奈 「すごい!面白そうじゃない!!ぜひ、海外に日本食を広めていっ
     てね。」
男   「ええ。まずは東南アジアの食をもっと知りたいんです。」
ふみ奈 「おお!アクティブじゃん!頑張ってね!」
男   「はい。頑張ります。」
ふみ奈 「うふふ。じゃあ、ご飯を食べに行きましょうか。この辺の店なん
     か美味しそう。行ってみる?」
男   「ええ。行きましょうか。」

 ふみ奈と男は近場のレストランに辿りついた。最後の夕食を楽しみつつ、男はふみ奈に今後のことについて聞いてみた。


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男   「ところで、先輩は今後の夢とか考えていますか?やりたいことと
     か。」
ふみ奈 「うん。あるよ。私は音楽で人に癒しを与えていきたいと思ってい
     るの。今、世界中で色んな問題が起こっているでしょ。戦争や人
     種差別、格差、子供たちの貧困。そういった諸々の事情が重なっ
     て、常に争いが絶えないじゃない? そんな苦しい状況で自分に
     何ができるかと考えた時、やっぱり音楽がいいかなと思って。」
男   「おお。それはすごくいいですね。」
ふみ奈 「うんうん。でね、これから私が作りたい曲は”癒し”をテーマにし
     たものにしようと思うの。」
男   「癒しですか?」
ふみ奈 「そう。私はね、忙しい最中だけどNetflix(ネットフリックス)で
     ポケモンの映画を見ているの。」
男   「ポケモンの映画ですか!?」
ふみ奈 「そうそう。私、ポケモンが好きだから。でね、数々の映画の中に
     『オラシオン』の曲があるの。確か、『ディアルガvsパルキアvs
     ダークライ
』というタイトルだったかな。」
男   「詳しいですね。で、『オラシオン』の曲とは何でしょうか?」
ふみ奈 「その映画では『オラシオン』の曲を古代のオルガンで奏でた時、
     人間とポケモンが些細な事で争い合っていたのが次第に怒りが静
     まって、穏やかな気持ちになるの。それで皆は仲直りする。この
     曲ってすごくいいメロディだなって。だから、『オラシオン』の
     カバー曲を作って演奏できないかなと考えているの。」
男   「それって最高じゃないですか!互いに憎しみ合っても、何も良い
     ことにならないから、音楽で癒そうと。」
ふみ奈 「そう!次の曲を作るときにヒントになると思ってるの!!」
男   「ぜひ、作ってください!」
ふみ奈 「ありがとう!出来あがったら、教えるね!!」
男   「はい!必ず聴きに行きますね。楽しみにしています。」



 『オラシオン』という曲は映画『劇場版ポケットモンスター ディアルガvsパルキアvsダークライ』で登場した美しいメロディを奏でている。
 映画では、時間ポケモンのディアルガと空間ポケモンのパルキアが時空の世界で激しく戦闘していたシーンがある。パルキアが怪我をしたことによりさらに怒りを買い、互いの技で時空の歪みが起こり、現実の世界に影響を及ぼすようになる。やがて時空の裂け目から現実世界に姿を現した二体は戦いを止めることができずにいた。このままでは、二体の力によって街が闇の中に飲み込まれてしまう。そこにダークライが「出ていけ!」「ここはみんなの庭だ!」と叫び、街の平穏を守ろうとしたが、会えなく力尽きてしまった。どうすることもできなくなった時、唯一止める方法は時空の塔に設置する「オラシオン」の曲を記録した音盤をセットし、ポケモン同士の争いを鎮めるしかない。最終的にその曲を奏でたことで二体のポケモンの心は癒えた。街も平穏な日常を取り戻したのだ。

 ふみ奈はこの「オラシオン」の曲をうまく活かせば、苦しむ人々を音楽で救うことができると考えたのだ。男はふみ奈の心優しき人柄に感銘を受けた。今回の旅でふみ奈に対する尊敬の念が強くなったことを心に刻んだ。


男   「先輩。今回は誘って頂いて嬉しかったです。ありがとうございま
     した。」
ふみ奈 「こちらこそ、楽しかったよ。」
男   「是非、夢を叶えてくださいね。約束ですよ。」
ふみ奈 「うん、約束ね。君も自分の夢をちゃんと叶えてね。約束よ!」
男   「はい!頑張ります!!」

 かくして、ふみ奈と男は二人の間の約束を交わしたのだった。食事の時間が進行するにつれて、タイの人々も和やかな雰囲気に包まれながら、夜の祭典を楽しんでいた。一つ一つの星が光り輝く夜空が見上げながら、男は脳内ミュージックで「オラシオン」の曲をかけていた。

 そんな中、ふみ奈は突然英語で声をかけてきた。

I will be with you.  In your mind.
あなたのそばにいるよ、ずっとあなたの心の中で。

 男は受験英語で培った会話力を駆使しながら、ふみ奈との会話を行う。

男    Thank you. I'm very pleased to meet with you, Miss Suzuki.
ふみ奈  That's great. Your life will be so bright for future. As a full moon.
男    Are you sure?
ふみ奈  Off course! Don't be afraid of making mistake. Just do you best as
     you can do. All right?
男    Yeah, all right.
ふみ奈  Good! Oh, I will recommend you to listen to this music. This is
     my favorite song.
男    What is this?
ふみ奈  "I Will Be With You". Sara Brightman and Chris Thompson sing it.
     Their voice are really beautiful and clear. If I listen to this music,
     my feelings is getting calm.
男    I see. I will download this music from the podcast in my  
     Smartphone.
ふみ奈  Excellent!  You will like it!!
男    I see. Thanks.

--10 seconds later --

ふみ奈  Hey.
男    Hmm?
ふみ奈  Much love.
男    Ditto.

 男はふみ奈に「好きだよ。」と言われた。夢に向かって突き進む姿を見て「好き」という意味なのか。恋愛対象としての「好き」という意味なのか。男には何も分からなかった。「たぶん、夢を応援してくれるんだな。」と解釈し、彼女の言葉をしっかりと受け止めた。男もふみ奈の夢を陰ながら応援している。
 二人の夜は濃密なものとなった。記憶の歴史の1ページに刻んだのだ。

 翌朝、男はふみ奈との別れの時間が来た。空港に着き、乗車への入り口のゲートであいさつをかわした。

ふみ奈 「じゃあね。」
男   「はい。先輩も気をつけて。お仕事、がんばってください。」
ふみ奈 「ありがとう!君も学生生活楽しんでね。」
男   「ありがとうございます!」

 こうして、二人の甘い時間は終わった。清々しい気持ちになった分、心にぽっかりと空いたような感じだった。男は「オレは先輩に恋心を抱いていたんじゃないか。」と悟った。「水着姿は素晴らしかったな。華麗な肉体美にうっとり…。いやいや、いけない。そこじゃないだろ。」とにんまりとした表情を浮かべた後、自分にツッコミを入れながら、気持ちを持ち直した。かすかな心のうずきが響いてきた。これは恋という痛みなのか。

 飛行機の乗車中、男はふみ奈に教えてもらった曲をかけ、イヤホンをしながら癒しの音楽と美しい歌声をしみじみと感じていた。タイでの思い出とともに、帰途についた。

Leave and let me go
You're not meant for me, I know
Carry on, carry on, and I'll stay strong

Leave and let me go
I will think of you, I know
But carry on, carry on, and I'll stay strong

Someone else will keep you warm from now on
Someone else will keep you safe from the storm
But I'll be with you wherever you go
So you will never be alone
I'm going where the wind blows
Going where the lost ones go

I will be with you
I'm losing the love I found
Crying without a sound
Where have you gone?
I will be with you
You were my fool for love
Sent me from high above
You were the one
I will be with you
I'm going where the wind blows
Going where the lost ones go…

**********************************

 あれから8年が経ち、その後の二人の人生は輝かしい未来を築いていた。

 男は念願の貿易商社に就職した。新入社員として営業畑を進んでいった。最初は慣れない仕事に四苦八苦しながらも、地道に経験を重ねていった。入社して6年が経ち、徐々に営業成績を積み上げていった男は上層部に希望勤務地の届出書を提出した。面談で「東南アジア諸国の食料事業をやってみたい」と申し出た。若い自分の願望など聞く耳を持たないと高をくくっていたが、上層部は男の挑戦を受け入れることにした。夢だった食文化を広めるチャンスにしたいと意気込んだ。男の決断に後輩たちも応援してくれた。海外勤務を命じられ、男は拠点となるフィリピンに居を移した。貿易交渉をメインとする事業のリーダーを任されるようになった。
 今後は東南アジア各地を転々としながら、日本の食品の質の良さを広めるサービスを展開していくことになる。男の歩みはまだ始まったばかりだ。

 他方、ふみ奈は『オラシオン』のカバー曲を完成させた。世界各地の演奏会で披露し、共感と感涙の声が世界中を巡って広がるようになった。
 ふみ奈は演奏会でピアノ奏者の紳士的な男性と出会った。彼女の奏でる音楽に感動した紳士は食事も兼ねて、次第に交流を重ねるようになった。やがて二人は互いの価値観や人生観が一致するようになり、恋愛関係に至った。デートを通じて純情なる愛を重ねていった末、ふみ奈と紳士は結婚することが決まった。互いに音楽に対する情愛と不条理な世界の中で幸福な未来を一緒に創っていくという前向きな希望が二人を引き寄せたのだ。
 数年後、二人は子宝に恵まれた。自然豊かな環境に住まいを移した。喜怒哀楽が飛び交う中でも、幸せな日々を過ごしている。

 人生の苦難を経て、ふみ奈と紳士は身の丈の豊かさによって叶えられる平穏な生活があることを発見したのである。



おわり




※ 最後に本記事を執筆するにあたって参考にさせていただいたすべての書籍の著者、担当編集者、写真担当の方、そして動画配信者の方々にこの場を借りて心から御礼を申し上げます。ありがとうございました。


鈴木ふみ奈写真集 FLY HIGH 玄光社 2024


<参照動画>

サラ・ブライトマン、クリス・トンプソン 『ビー・ウィズ・ユー ~いつもそばに~』
劇場版ポケットモンスター エンディングテーマ曲


Sarath Brightman, Chris Thompson "I Will Be With You" English subtitle and Japanese subtitle



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