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3.11で直面した日本の危機
2011年3月11日に発生した東日本大震災。津波と大地震によって被災され、亡くなる人々を目の当たりにした山本太郎氏は満身創痍だった。震災復興支援の一環として炊き出しや食料品供給などのボランティア活動を熱心に行うようになった。社会問題を真剣に考え始めた経緯について、山本氏は次のように語る。
「あなたが困る前に手を差し伸べてくれる」。これは山本氏の母からの教えである。政治を通じて困っている人に手を差し伸べる存在となる。そのような決意を新たに表明したのだ。
折しも、日本の自殺者数はどのぐらいいるのか。
NHKニュースによれば、2023年の自殺者数は2,1818人と前年(2022年)よりも63人減少した。主に若年層の女性や中高年の男性の自殺者数が増えている。詳細は次の通りになる。
自殺の動機については主に健康問題と生活・経済問題を上げていた。
「このような実状を黙認するわけにはいかない。」
山本氏は「すべての人が生きられる社会」を実現すべく、政治の表舞台に立ったのである。
芸能人の”自死”
翻って、日本の芸能界はどうなのか。気になる読者はいるだろう。実は芸能界も深刻な状況に立たされているのだ。
日本芸能従事者協会理事を務める俳優の森崎めぐみ氏は『芸能界を変える』(岩波新書)の中で芸能人が自死を選択するという背景を社会問題として捉え、心のケアを拡充するべきだとして警鐘を鳴らす。主な理由は2020年の新型コロナウイルスの感染拡大に伴う自粛要請が発端となった。芸能の仕事がなくなり、日々の生計を立てるのに難儀した。日常生活におけるストレスが増したからだと指摘する。
芸能で活躍する人たちの中には日々の生活で苦渋苦難に直面している状況が伺える。さらに、森崎氏は「いのち支える自殺対策推進センター」が作成した統計データを駆使しつつ、次のような現実があることを伝えている。
山本氏もかつて芸能界に身を置いた人間として、業界の内情に精通している。ただ黙認するわけには行かないだろう。
確かに芸能界でそれなりに楽しく働いている方々がいる。しかし、その一方でロケ先の撮影現場の中には劣悪なものがあり、常にストレスと不安を感じながら、仕事をこなしている。「こんな酷なことをしてまで芸能をやりたかったのだろうか…」先行きが見えず、ままならない日々を送っている方々もいる。テレビや新聞では報道されないほどの過酷な労働環境に身を置きながら、あちらこちらで阿鼻叫喚の様相を呈している。
「過酷な環境を改善するためには芸能人の働き方の見直しやフリーランスの健康への配慮、ハラスメント防止、メンタルヘルスケアの拡充などの対策を講じてほしい。芸能人たちの心身の安全を確保することが不可欠だ。」という森崎氏の危機意識を真摯に受け止めるべきだ。
※ 森崎めぐみ氏の著書『芸能界を変える』(岩波新書)に関する内容は下記のnoteで紹介記事を掲載しています。ご参照ください。
福島原発事故で考えたこと
山本太郎氏は政治家に転身してから街宣活動に力を注いでいる。特に福島への政治活動は事欠かない。街宣では聴衆にマイクを渡して対話をする。しかし、選挙期間中は山本氏自身で演説を行う。福島県だけは時間を延長し、聴衆からの質問に正面から受け止め、人々との対話を重ねている。その理由について、次のように語る。
山本氏は被災された福島県民に追い詰めるような言葉をかけてしまったことに悔恨の念を抱かざるを得なかった。放射線量基準を定めた国の説明を信用した人々に「本当にそれでいいのか?」という疑問を投げかけたり、それに対する提案や説得する力を持っていなかった。単に「危険だ!身を守れ!安全な場所へ避難して!」と声高に叫ぶことしかできなかったことに心を痛めていたのだ。このような苦い経験から、震災と原発事故から幾年か経ってもなお、政治家として国民の声を聞き、面と向かって対話を繰り返さなくてはいけない。そして、原発事故の検証結果をベースに「事故を起こす引き金は何だったのか」「電力会社にシステムの不備はあるのか」「二度と同じ悲劇を繰り返さないためにはどうすればよいか」を考えた。
辿りついた答えは「脱原発」に至った。
れいわ新選組の誕生
2019年4月1日に山本氏は自ら政治団体を立ち上げた。その名は「れいわ新選組」だ。2019年4月10日付の産経新聞によると、消費税廃止を念頭に置いた経済政策を旗印に政治方針を打ち出したのである。「れいわ新選組」の団体名の由来は次の通りだ。
令和時代に心機一転し、国民目線の政治を追求するれいわ新選組は日本の政界に新たな息吹を吹き込んだ。
山本太郎率いるれいわ新選組はどんな社会を築こうとしたいのか。山本氏はこう語る。
ここに山本氏の思想の源泉が出ていることがよくわかる。福島第一原発事故で多大な被害を受け、県民のほとんどが「切り捨てられた」と感じた瞬間を味わった。山本氏も「いずれ俺も切り捨てられる側になるだろうな」と身震いした。社会の中で都合のよい人だけが優先される。日本社会への貢献度によって順番が決まってしまう。そんな社会が続けば、殺伐とした世界になる。政界や経済界だけではない。芸能界もだ。そのように突き詰めた時、山本氏は母の言葉を思い出しつつ、「社会的弱者の立場にいる人を救わなきゃ。」と襟を正したのだ。
国会議員になって実現できたこと
山本太郎氏は参議院議員として度々国会に出向く機会が増えた。自身が掲げた法案を公約として次々と実現させた。成果の一例として、2015年8月に成立した「女性活躍推進法」において追加した「附帯決議」に関する法律だ。これをDV・ストーカー行為の問題に盛り込んだと説明する。
山本氏の附帯決議に関する法案の一文を追記したことに対し、対話を行ったDV被害者支援団体を運営する吉祥氏は次のように述べる。
実際に、DV問題についてのレクチャーを受けた山本氏の印象はどうか。吉祥氏は続ける。
「附帯決議」という言葉が入ることで、実際にDV被害を受けた人に対して精神面や身体面のケアを行うことで社会に復帰できるようにする。献身的なサポートによってDV当事者は少しずつ「生きる力」を取り戻し、前向きな意識へと好転するようになる。この法律が可決されたことで性暴力による被害を最小限に抑えるようにしたのだ。山本氏はレクチャーを受けながら、DV被害を受けた女性側の立場になって、彼女たちの塗炭の苦しみを理解した。「これは人間の尊厳を著しく傷つけるものだ。」と納得したのであろう。被害者にも加害者にも寄り添う温かな姿勢は人間的魅力に映ったと吉祥氏は喜びを感じたのだ。
令和時代を迎え、SMILES UP(旧ジャニーズ事務所)で発生したジャニー喜多川氏(故人)の性加害問題といい、とある映画監督からの性暴力を受けて”自死”に至った問題といい、性暴力をめぐる事件は後を絶たない。先述のワンストップセンターを設立するなどの例を参考に、新たな対策を講じなくてならない時期に来ている。
国のリーダーとして立つ時に必要なこと
では、熱い心を持った人情深い山本太郎氏は今後、総理大臣として国の舵取りを行うときに必要なこととは何だろうか。
衆議院議員を務める政治家の小沢一郎氏(2019年当時)はインタビューで「山本太郎は総理大臣になれますか?」という質問に対し、このように答えた。
小沢氏の話は極めてシンプルだ。多くの人と出会い、多くの人と話をし、この国に何を求めているのかを聞く。聞いた内容を政策案として出す。「選挙が危ない」という意識は持たない。他の政党や議員たちの選挙のことまでしっかり把握する。その上で選挙に強くなるための修行を継続することだと言う。
ただし、令和時代を迎えた現代は「コスパ」「タイパ」の大流行だ。2024年東京都知事選で2位になった石丸伸二氏はSNSを駆使した選挙戦略(特に短時間動画やショート演説を重視する)を行い、見事に結果を残した。国民民主党の玉木雄一郎氏も「手取りを増やす」というキャッチフレーズで有権者を集め、20代・30代の若者たちや就職氷河期世代の中高年たちに向けて生活力を底上げできる経済政策を実行することを訴えた。先の石丸氏のSNS戦法もフルに活用し、若者たちの心を惹きつけている。
「雑巾がけをひたすらやればよい」という言葉はもはや時代錯誤と言ってもいい。ぐずぐずしていると、若者たちは国民民主党や石丸新党などのニューエリートたちが集う政党に取られてしまう。彼らのほうが魅力的な経済政策を打ち出してくるからだ。
山本太郎氏の「全世代に寄り添う政治を実現する」という信念は今後、彼自身の活動ぶりと力量が試されることになる。
ここまでは「山本太郎とはどういう人物なのか」について書いてきた。次回以降は日本で起きている社会課題についてテーマごとに取り上げていく。その内容はいずれまたの機会に筆を執ろう。
<参考文献>
山本太郎『#あなたを幸せにしたいんだ 山本太郎とれいわ新選組』集英社 2019
山本太郎, 雨宮処凛(取材・構成)『僕にもできた!国会議員』筑摩書房 2019
森崎めぐみ『芸能界を変える』岩波新書 2024
<参考サイト>
※写真を借用させていただきました。この場を借りて御礼を申し上げます。
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