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幻想世界の住人(詩)

自分の中に内側と外側がある

誰にも見せず 密やかに抱え込んでいるもの
ホントウ の ジブン

誰の目に触れてもいいよう 人生かけて選び出されてきた
許可されたことば、振る舞い
許可された 「自分」

自分を取り巻く「内側」の世界の外に
比較的質が異なる「外側」の世界が取り巻いている

そんなリアリスティックな 幻想

内と外

”外の世界はコワイ”

内側の世界は 柔らかくて
不用意に 外に出ると

刺し貫かれてしまうかもしれない
矢のような言葉に
正体のないまま膨らむ悪意に

凍り付くような無関心に
息の根を止められてしまうかもしれない

いっそ消えてしまえたらと
時に思ってしまうほど
想いに飲み込まれてしまいそうなほど
外の暗闇は深く
その眩しさはわたしに影を落とす

そんな眠りから目覚めるために

本当の「わたし」は告げる
すべては「幻想」だと

あまりにリアリスティックで
目覚めるのが難しい夢のようなものなのだと
既に知っている「わたし自身」に告げる

「あなた」は外側だけれど
「わたし」は内側にいるから

あなたの痛みを知っている
わたし自身の痛みとして

幻想でも
夢でも
痛い ――

「わたし」が外側の世界に力を与えているから
わたしは容易に「傷つけられて」しまう
幻想によって傷ついてしまう

痛いのは嫌なのに

怖がることに慣れ過ぎて
怖れに支配されていることに鈍くなってしまったから

幻想から抜け出す魔術を思い出して

恐れが住んでいる場所
それは「分離」のあるところ

自分が何から「分かれて」「離れて」しまったのか
すぐには思い出せないかもしれない

内側と外側があるという幻想
わたしはいつから自分を誤解してしまったのだろう
いつから?

この宇宙は
外側だと思ったものが内側であり
また外側となって巡っていく

表だと思ったものは裏側であり
終わりだと思ったものが始まりである

この世の理に沿って
わたしは自分の誤解を解いていく
怖れが住処とする「分離」を無くすため
「理解」のひかりをあてる

「あなた」を内側に抱きしめ
「わたし」は外側と内側をひっくり返す∞

その先の世界が見えるだろうか

内側の分離がなくなった世界
外という幻想がなくなった世界は
優しく温かく 輝いている

わたしがわたし自身に優しくなった分だけ
「理解」のひかりで照らした分だけ

どこまでも 愛に満ちている


* * *
今日も拙い文をお読みくださりありがとうございます。
「理解」というものが持つ怖れに対する力を知ったのは学生時代国語の教科書で触れたどなたかの小論文的なものでした。

その後、愛というものについて悩んでいた折エーリッヒ・フロム氏の「愛するということ」に出会いました。
ご興味のある方は読まれるといいと思います。
そして、得たものを人を裁くためでなく許すために、愛するために用いられますように。
読まれた方の本来持つ全体性と、時の癒す力を信じています。
ありがとうございます。

「愛するということ」新訳版/エーリッヒ・フロム 著https://www.amazon.co.jp/dp/4314005580/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_ZST0AP3PH7SR6A91FX10

ありがとうございます╰(*´︶`*)╯♡ お預かりしたエネルギーが人と地球のために廻っていくよう活動します!