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氷上の女王 カタリナ・ヴィット
先日のニュースで、パリ・オリンピック開催まで、あと1年になったと知った。
アインシュタイン、シーボルトに続き、あるドイツのスポーツ選手について。
オリンピックの話題とも関係する、私の心にいつまでも残るかただ。
久しぶりに、彼女の姿をテレビで見た。
彼女は、あるクイズ番組に出演していた。
カタリナ・ヴィット。Katarina Witt
この記事を読んでくださる方の中には、ご存じないかたもいらっしゃるだろうか。
私が若くない証拠にもなるが、彼女が活躍していた時期が、私の幼少期だ。
東ドイツ出身の彼女は、東ドイツの誇りだったそうだ。
非常に愛されており、今でもこうしてテレビ番組に呼ばれているのは、その証拠なのだろう。
彼女は、Eisprinzessin 氷のプリンセスと呼ばれていた。
ちなみに、アナと雪の女王のドイツ語名は、Die Eisköniginで、氷の女王。
そのため、私はこの映画タイトルを聞いた時に、カタリナ・ヴィットさんを思い出してしまったほどだ。
記憶にある中で、私が彼女の演技を初めて見たのは、1988年のカルガリーオリンピック。
すでに1984年のサラエボオリンピックで金メダルを取っていた彼女は、注目選手だった。
私は彼女が演技をするのが楽しみで、テレビの前を陣取って、食い入るようにその姿を見ていた。
ショートプログラムでは、トーマス選手が1位、ヴィット選手が2位に付けていた。
同じカルメンの曲を使うという事で、カルメン対決などと言われた。
そして、忘れもしない、フリースタイルのカルメンの演技。
真っ赤な衣装自体が、とても目を引いた。
あのように魅惑的に見える衣装を着る選手は、当時あまり記憶がない。
初めて、スケートを見て鳥肌が立った。
彼女は、その衣装のように魅惑的で美しく、氷の上を滑っていた。
最後に氷上に横たわる姿は、脳裏に焼き付いて離れない。
彼女は、このフリースタイルで1位になり、金メダルを獲得した。
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私の記憶に残るスケート選手がドイツ人だったのだと再認識したのは、ずっと後の事だった。
演技中はきっとその国名を何度も聞いていたのだろうけれど、特定の国を応援していたわけではないので、私は彼女を一人の『アイススケート選手』としてしか見ていなかった。
気付かないうちに色々なところで、私はドイツ人の影響を受けていたのだと思うと、不思議な気持ちになる。
ドイツに来てから、彼女にまつわる話を耳にすることがあった。
彼女のコーチは、とても厳しい人だったそうだ。
厳しい環境下、東ドイツ国民として栄光を手にし、また統一後はドイツ全体のスタートなった。
ミュージシャンとの恋愛なども、当時は相当話題になったらしい。
競技を離れプロに転向した後も、彼女のアイススケートショーは大変な人気だったそうだ。
アイススケートショーは、『カルメン』が特に人気だったとか。
プレイボーイの表紙に起用されたこともあったそうで、タイム誌からは『社会主義最高の美貌』と評されたそうだ。
そんな彼女が、とうとうスケートリンクから離れることになったと聞いた。
ラストツアーをすると聞き、デュッセルドルフにも来ることが分かり、私はチケットを取った。
2008年のことだ。
私は一人で見に行っていたのだが、すぐに隣の人達と打ち解けてしまった。
子供の頃に、カルメンを見て非常に感動したことを話したところ、あの時の事を覚えているの?と驚かれた。
日本人は幼く見えるので、私が年齢よりもずっと若く見えたのだろう。
私の歳を伝えると、再度驚かれた。
彼女の演技の時間は、それほど多いわけではなかった。
しかし、彼女がスケートリンクに立つと、割れんばかりの拍手が沸き上がった。
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隣のかたと一緒に、やっと彼女が出てきたと、一緒に喜んだ。
子供の頃に、カルメンを見た時と同じように、鳥肌が立った。
氷上の女王。
2大会連続の金メダル。
世界選手権では、4つの金メダル。
欧州選手権においては、6つもの金メダルを獲得している。
彼女は最後まで女王であり続け、そしてこれからも女王として国民の記憶に刻まれるのだろう。
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あれから、さらに15年。
テレビで見る彼女は、少しふっくらしていて、年齢相応の皺もある。
それでもなお、彼女の姿はとても美しい。
私は、スケートのテクニカルな事は、恥ずかしながらあまりよく分からない。
ただ、アイススケートの華やかな舞台に憧れ、またその陰にある血の滲むような努力を思い、毎回打ち震える。
氷上の女王は、たくさんいらっしゃる。
カルガリーで5位入賞された伊藤みどりさん。
伊藤みどりさんの技術は、ヴィット選手よりも高かったと言われていたのを思い出す。
伊藤みどりさんの演技のあとの盛大な拍手は、今でも覚えている。
荒川静香さんのトリノオリンピックでの金メダル獲得も、私はテレビで見ていたのを思い出す。
美しい水色の衣装を着て、しなやかに氷の上を滑る荒川さんを見て、うわぁ、と思わず言葉が漏れた。
当時は一人暮らしをしていたのだが、興奮して誰かと話したくなり、今の演技を見ていた?と友達に連絡した事まで覚えている。
浅田真央さんの優しい笑顔と、凛とした表情はとても美しかった。
最後まで、国民に愛される選手でいた浅田真央さんを、心から尊敬している。
その他も、思い出すとたくさんの選手の演技を前に、手に汗握り応援し、毎回それぞれの感動があった。
でも、私に初めてスケートの美しさを教えてくれたのは、カタリナ・ヴィットさん。
私にとっての氷上の女王は、やはり彼女が一番相応しい。