夜の冒険
おいでませ。玻璃です。
武家屋敷に引っ越してくる前くらいか、母方のトメおばあちゃんが入院した。
入院した先は同じ堀内にある市立病院だった。
建物は古く趣があり、70年代頃の松本清張原作の映画に出て来そうな病院で、子供の私から見て少々怖い雰囲気の病院だった。
更におばあちゃんは、一般病棟ではなく離れのような個室にいた。
草木が生い茂った離れの病室は古く静か。昔は結核病棟として使われていたらしい。
なんの病気だったのかは、よくわからない。ただ、最後についた病名は「肝硬変」だったとの事。
お酒もたしなむ程度しか飲まなかったトメおばあちゃんがなぜ肝硬変なのか?
あちこち臓器が弱っていたらしいが、当時は医者にもわからなかったらしい。
そう考えると、ファブリー病はトメおばあちゃんからの繋がりではないかと予想される。
武家屋敷に引っ越したのはもしかしたらこの市立病院の近くがいいとの判断だったのかもしれない。
今の完全看護とは違い、あの頃は家族が夜も付き添っていた。
姉たちが帰省していたのも看護の交代要員だったようだ。
ここでも私は留守番が多かった。
なんの病気かはっきりしなかったおばあちゃんのところには、子供の私はあまり行かせてもらえなかった。
ある夜、父も帰っておらず一人で武家屋敷にいた私。
ハッキリとは覚えてないが、どうしても病院にいるおばあちゃんや母や姉に会いたくなった。
用事があったのか?寂しかったのか?
時計の針は午後9時を回っていた。
城下町の夜は暗くて静か。
街灯も今のように明るく道を照らしてくれることもなく、暗い電球のような灯りがポツリポツリとあるばかり。
昼間は友達と楽しく帰る通学路も夜になると全く別の顔を私に向けてくる。
私は小さい頃から、幽霊は自分には絶対に見えないという自信があった。
もしも暗い夜道で首だけのお侍さんに会ったら
「こんばんは」
と挨拶しよう。
もしも白い着物を着た髪の毛の乱れた女の人に会ったら
「あ、前を通りまーす」
と言って通り過ぎよう。
そんな事を考えながら白壁の狭い道を自転車で走る。
夜風がなんだか心地よい。
あっという間に病院に着いた。
玄関の前に立ったが、薄暗く中に入れない。
おばあちゃんの病室のある裏門の方に回ってみたが、聞こえるのは野良犬の遠吠えだけ。
私はもう一周病院の周りを自転車で回って、諦めて自宅の武家屋敷へと帰った。
今思えば怖いのは変質者の方なのだが、その頃の私にはそんな事は浮かばず、ただ家族に会いたくて不気味な雰囲気をまとう病院に自転車を走らせた。
なぜあの時に何かに突き動かされるように病院まで行ったのか。
今でもあの顔に当たる早春の夜風を覚えている。
私にとってはなんだか少し大人になれたような爽やかな冒険だった。
それからしばらくして、トメおばあちゃんは離れの病室で静かに息を引き取った。
では、またお会いしましょう。