地下道のヒーロー
おいでませ。玻璃です。
私の教室は古い校舎の一番端で、裏門がよく見える。
なんだか今日は、裏門辺りが騒がしい。
「あの人だよ。鑑別所に行ってた人。」
小柄でセーラー服の上着の丈はこれでもかというほど短く、スカートは長い。
薄っぺらな学生鞄をブラブラさせながら、髪を染めた3年生の先輩が向こう側の新校舎に向かってゆっくりと歩いている。
「あー、あの人が例の先輩ね。」
私はとんちゃんと初めて見るその先輩を廊下の窓から眺めた。
そして、その日の昼休み。
「このクラスに玻璃って子おる?サッサと出てきぃよ!」
と、大きな声が聞こえた。
振り返ると例の先輩の姿が。
「あのぉ、私ですが…。」
「ちょっと、ウチについてきぃ。」
私はその先輩にセーラー服を掴まれて、引きずられるように裏門の方へ連れて行かれた。
「玻璃ちゃん!」
とんちゃんの声が追いかけるように聞こえる。
私は先輩に引きずられながら、学校近くの地下道へと降りていった。
「ここに正座しぃ!」
セーラー服を掴まれていた手を乱暴に突き放され、私は倒れ込むように正座をした。
「あんた、ウチの悪口言いふらしとったらしいね。わからんと思ったら大間違いよ。」
「え?私は先輩の事…今日初めて…知りました…。何にも言ってません。」
半泣きになりながらやっとの思いで喋った。
「ちゃんとソームラたちから聞いとるんよ。」
「ソームラ?」
私は一気に事態が飲み込めた。
ソームラとは、同級生のカバに似た女子だ。小学6年生の時、隣のクラスだったが、ひょんな事から喧嘩になり、それからずっと険悪な仲だ。
廊下ですれ違っては睨み合い。
そんなソームラには、ひとつ上の姉ちゃんがいた。
妹のソームラが告げ口をしたようで、姉ちゃんのソームラにもすれ違いざま睨まれる。
どうやら今回の事はソームラ姉妹がやった事のようだ。
「あんた、いくら言ってもわからんのやったら仕方ないね。」
と、先輩はタバコに火をつけた。
あぁ、ヤキを入れられるとはこのことか…。これが根性焼き?
絶望したその時…。
「ちょっと待てや!」
地上に繋がる階段の上から大きな叫び声が聞こえた。
見上げると男子生徒が駆け降りてくる。
後光が差していてよく見えない。
アリジ先輩だ!
とんちゃんが呼んでくれたのだ。
助かった…。
神様、仏様、アリジ様。
「コイツ、オレの彼女のダチで、お前のこと知らんし、悪口言いふらすような奴やない。ソームラにはめられたんやろ。」
「はぁ?何それ。」
事情を聞いた先輩は
「ごめんね。知らんやったけぇ。怖かったよね。」
と、私を立ち上がらせてくれて制服の汚れを払ってくれた。
その瞬間、滝のように私の頬を涙が流れ落ちた。
なんとか先輩に肩を抱かれながら学校まで帰った。
「何かあったら、今度はウチに言いよ。」
そう言って先輩は新校舎に消えていった。
「大丈夫?玻璃ちゃん!」
「とんちゃん、ありがとう!」
泣きつく私と抱き合って、とんちゃんも一緒に泣いた。
だが、それからその先輩を見ることはなかった。少年院に行ったのかどうなのかわからない…。
ではまたお会いしましょう。