アメリカのキャンパスで見た大統領選の風景
長かったこの2日間を、深夜の大学図書館で思い返している。
世界が注目するこの激しい選挙戦を、アメリカの大学のキャンパスで、それも公共政策大学院で迎えることができたのは、今後自分の留学生活を振り返っても大きなハイライトになるだろう。
だからこそ、眠い目をこすってでも自分が聞いたこと・思ったことを書き残しておきたいと思う。
熱気に包まれるキャンパス
11月5日、大統領選当日のキャンパスは言わばお祭り状態だった。
選挙の論点を整理するイベントに続いて、学生・教授たちが一堂に会して開票速報を見守るライブビューイングが夜中まで続いた。どちらの候補がどの州を取った、という「当選確実」がディスプレイに大きく表示されるたびに、学生たちは大きく盛り上がった。
「マサチューセッツ」「ハーバード」と聞けば想像がつくかもしれないが、ここで学ぶ生徒たちの大半は民主党・カマラハリスを支持している。ハーバード大学があるマサチューセッツ州や西海岸のカリフォルニア州などは、伝統的に民主党支持が根強い「ブルーステート(青い州)」として知られている。
逆に共和党支持が根強いテキサスやアラバマなどの州は「レッドステート」と呼ばれ、どちらでもないジョージア州などは「パープルステート」「スウィングステート」「バトルグラウンドステート」などと呼ばれ、選挙で一番の注目を浴びることとなった。
予想を裏切る大敗
スウィングステートで当確が出るのには時間がかかる。接戦であればなおさらだ。選挙前の評判では、今回の選挙は2000年に法廷闘争にまでもつれ込んだブッシュ対ゴアの大接戦に張るほどの接戦だと伝えられていた。
多くの人が、全容が判明するのには何日も何週間もかかることを覚悟していた。学生たちも、お祭り騒ぎで鑑賞する中で、「どうせ今日中には勝者はわからないだろう」とたかを括っていた。
しかし、結果は予想よりも早く、それもかなり早く突きつけられることになった。トランプの大勝、ハリスの大敗だった。
激戦州の中でも重要なノースカロライナ州を早々にトランプが取った時点で、ハリスの勝ち筋は大きく狭まった。
そして、学生たちが解散して家に戻って一息ついたころ、米国東部時間の夜中2時半頃には、トランプの当選確実が伝えられた。
あっけなかった。
ふたを開けてみれば、激戦州7州と言われた州を全てトランプが取る可能性が高い。既に5州で当選確実、残りの2州(アリゾナ・ネバダ)も今現在トランプが優勢である。
これでもこの選挙を「接戦だった」と評する人もいるが、実態はどう見ても大敗だろう。ハリスが226人に留まる中、トランプは300人を超える票を集めたのである。
意気消沈するキャンパス
トランプ当選の翌日、キャンパスは静かだった。
移民・難民の人権を扱う授業では、予定を変更して最初の15分を選挙の振り返りに使おうと教授が提案した。しかし、このテーマは特に選挙戦の大きな争点だっただけに、当然15分で収まるはずはなく、この日の授業は75分間全てが大統領選の結果の振り返りへと変わった。
学生はみな意気消沈といった様子で、それでもそれぞれの思いを語り、一部からは鼻をすする音が聞こえてきた。
午後には教授陣と結果を振り返るイベントが開かれた。昨夜同じ場所でライブビューイングのお祭り騒ぎがあったのが信じられないほど、みな真剣な顔で(あるいは呆然と)教授陣の議論に耳を傾けていた。
友人たちのSNSには選挙の結果を嘆き、悲しみ、内省する投稿が並んだ。今夜友人宅でディナーをともにする中でも、大統領選の話題は尽きなかった。
この戦いを目の当たりにして
そんな、なんとも表現しがたい圧倒されてしまいそうな一日を終えて、多くの人の思いを聞いて、自分なりに多くの気づきがあった。
そのすべてをここに書くことは難しいが、それでも、2024年にアメリカで、ブルーステートで、そして公共政策大学院でこの日を過ごした数少ない日本人として、心に残ったことを書き留めていく。
1. 「民主主義」の国、アメリカ
まず、この選挙期間をアメリカで過ごす中で最も印象に残ったのは、何と言ってもこの選挙にかける人々の思いや民主主義の盛り上がりである。
選挙活動に参加するために学生が大学を休学する。毎日のように選挙を取り上げた番組が流れる。出かければ"Trump"や”Harris"と書かれたヤードサインを山のように見る。歩道橋の上では車に向かってMAGA(Make America Great Again)の旗を振るトランプ支持者がいる。イーロンマスクをはじめ著名人たちが続々と選挙戦に参加する。SNSを開けば両陣営への寄付の呼びかけが目に入る。35億ドルもの大金が選挙戦の広告に投じられる。.…
大統領を選ぶという行為が、ここまで多くの人々を、涙を流すまでに突き動かすのだという事実に、まず衝撃を受けた。民主主義、そして資本主義の大きさを感じずにはいられなかった。
とある教授が、今回の選挙でよかったことは2つあると言っていた(彼は民主党支持)。
第一に、投票率を高く保てたこと。64%ほどと、極めて高いわけではないが、それでも2016年よりも高い水準となった。
第二に、民主主義に基づいた”選挙制度”が機能したと自信を持って言えること。2016年のトランプ対クリントンの選挙戦は、得票数はクリントンの方が多かったにも関わらず、トランプが勝利した。州ごとに選挙人が(概ね)総取りされるという仕組みが、このような不合理にも思える状態を可能にする。今回は、トランプが勝ち、そして得票数でも過半数を取った。人々の民意が、きちんと結果に反映されたのは、結果がどうであれ素晴らしいことである。
一方で、「民主主義」と言えばトランプが扇動した議会襲撃を思い出す人も多いだろう。2020年の選挙結果を不服としたトランプ陣営は、2021年1月6日に米連邦議会に乱入し、施設を破壊した。
アメリカで"January 6"といえばこの事件を指すほど、この出来事はアメリカ人の記憶に深く刻まれており、「民主主義への攻撃」として批判されることも多い。
今回の選挙でも、有権者の多くがこの「民主主義の実現」を経済政策と並んで投票の論点にしていた。
しかし、それではなぜアメリカ国民は、民主主義による選挙で、「民主主義的でない」大統領を選んだのだろうか。
それは、私たちが思う「民主主義」と、トランプに投票した人々が思う「民主主義」が異なるからである。
私たちが、選挙結果を暴力で覆そうとするトランプを「民主主義的でない」と感じるのと同じくらい、アメリカ国民の多くは、富める者がさらに富み、労働者がインフレにあえぐ今のアメリカ社会を「民主主義的でない」と感じているのである。
現政権下で「自分の声が届いていない」という思いを持つ人々にとって、トランプが魅力的に映ったのは確かだろう。(そのトランプを強力に後押ししたのが”富める者”代表格のイーロンマスクなのだから、本当に皮肉な話である)
つまり、議会襲撃を容認するような候補者でさえも「民主主義的」に見えてしまうほど、今のアメリカ人の大多数を取り巻く経済状況は、不公平に満ちているのだと、まずは理解しなくてはならない。
2. 生活苦の中に「議論する余裕」などない
今日大学で聞こえてきた声の中で目立ったのは、ハーバードで学ぶ教授・学生たちによる大きな反省だった。
選挙期間中、私の学ぶハーバードの授業やイベントの中で議論されてきたことは、いつも人権・思想・主義に関する仰々しいトピックばかりだった。
いかにして女性のリプロダクティブヘルスを取り戻すか、いかにして移民の人権を保障するか、いかにしてイスラエルの暴走に外交的な歯止めをかけるか、いかにして民主主義の崩壊を食い止めるか…
しかし、そんなことを悠長に議論する余裕がある人が、今のアメリカにどれだけいただろうか。
ここで衝撃的なデータを紹介したい。アメリカ人の実に半数近くは、貯金額が500ドル(約7万5千円)を下回るといわれている。5%や10%ではない。半数近くである。そして32%の若者が、自分が将来ホームレスになるかもしれないと不安を抱いている。
そのような苦痛を抱える人々にとって、アメリカを襲っている急激なインフレがどれだけ過酷なものか、果たして私たちはどれだけ理解できていただろうか。
私の通うケネディスクールのモットーは"Ask what you can do"(自分が何ができるかを問え)というものである。これはケネディ大統領が大統領就任演説で残した言葉で、「国が自分たちに何をしてくれるかではなく、自分がどう国に貢献できるかを問いなさい」という趣旨のものである。
しかし、このモットーを「そうですね」と飲み込める人が、現在のアメリカにどれだけいるのか。大多数の人にとって、大事なことはwhat you can doなどではなく、what I can eat(今日何が食べられるのか)という切実な問いなのではないか。
生活がままならない人々が大勢いる今のアメリカ社会で、「トランプは人権を無視する政治家だから投票をやめよう」という主張が、一体どれだけの人々に響いただろうか。そのような主張が無意味だというつもりは全くないが、率直にいえばそのような議論は恵まれた人々のサークルの中だけで起きている「贅沢品」のディスカッションなのではないだろうか。
「将来を見据えると」「大局観で語れば」「歴史を振り返れば」― そういった枕詞をつけて議論ができることは、本当に恵まれた一部の”エリート”の中でだけ通用する、いわば既得権なのである。ガザに対する抗議デモもその例外ではない。毎日の生活に困る人が、遠い異国の戦争に関心を持てるだろうか。
そしてもう一つ。「トランプの当選にハーバード生の多くが落胆する」という事実そのものが、ハーバードの多様性の低さを象徴している。なぜなら、国民の過半数はトランプに投票しているというのに、その人々の声がキャンパスではほとんど聞こえてこないからだ。
いくらキャンパスに黒人や女性が増えても、500ドル以下の貯金で生活する人が学生の半数を占めることはまずない。キャンパスの多様性が確保されることは本当に重要だが、我々が今こうして大学に通えているという時点で、そのコミュニティが真の意味でアメリカ社会の縮図となることは決してないということも、また理解しておかなくてはいけない。
ハーバードの中だけでいくら議論を深めても、本当の社会は見えてこない。
3. 「応援する」より「相手を知る」
ハリス陣営の誰もが、ここまでの決定的なトランプ勝利を予測できなかった背景には、我々の多くが、実のところ「誰がトランプを支持しているのか」をよく理解していなかったことにある。
「白人の既得権益層がトランプを支持している」
「女性の中絶禁止に賛同するクリスチャンがトランプを支持している」
「移民排斥を求める右派がトランプを支持している」
こういった思い込みの元で、民主党側が「いかに自分たちが正しいのか」を主張する選挙戦を行ってきた。ハリスの演説に熱狂し、その主張をまとめた動画を拡散し、選挙活動で投票を呼びかけた。ハリスの陣営にはトランプにはない勢いがあったのは確かだろう。
しかし、そのハリス支持者の中で、トランプ支持者を嫌うことなく、彼らの声にしっかりと耳を傾けられた人がどれだけいただろうか。
私自身、放っておけば耳に入ってくるのはいつもリベラルで民主党寄りな声ばかりだった。授業のリーディングにはニューヨークタイムズやニューヨーカーなど、自由主義的なメディアの記事が並ぶ。SNSを開けばフィルターバブルの世界。トランプ支持者の意見は(イーロンマスクを除けば)ほぼ入ってこない。
本当に必要だったのは、自らが支持する候補を全力で応援することよりも、まず相手を正確に理解することだったのではないか。トランプの演説を聞き、FOXニュースを聞き、トランプ支持者の声をネットで探すことだったのではないだろうか。
事実、今回の選挙ではこれまでに見られた民主党・共和党支持の色合いが大きく変わっていた。民主党が取り込んでいると思っていた労働者階級は(上述の通り)トランプに流れた。中絶の権利を擁護する女性は皆ハリスを支持するかと思いきや、女性の44%はトランプに票を投じた。ヒスパニック系はトランプを嫌ってハリスを支持すると思われたが、実際は45%もトランプに取られている。
今回の選挙は決して、「右派 vs 左派」や「人権無視 vs 人権重視」の戦いではなかった。格差が広がる今のアメリカ社会・仕組み・政権に対する "Yes or No"の戦いだったと言える。
そのような分断が広がる社会の中で、それでも支持を広げようと思うのであれば、やり方は二つに一つである。ポピュリストとしてその分断を煽って生きていくのか、あるいは自らまずその分断を超えて、相手を知ることに徹した上で、人々の気持ちに寄り添い・説得していくのか。
これが今回の選挙から読み取るべき第一のメッセ―ジなのではないかと私は思っている。
自分は投票権も何もないただの留学生だが、この大統領選挙期間をアメリカで過ごせたことは、非常に多くの学びをくれる貴重な体験だったと感じる。
さて、本来ならここから移民問題や大統領公選制、女性の権利についても書きたかったのだが、残念ながら夜も更けてきたので(明けてきたので?)一旦ここでPCを閉じようと思う。ただ、今日一番書くべきだと思っていた上記のことについては自分の言葉を残せたので、選挙翌日の記録としては十分意味があるだろう。
そう願いつつ、FOXニュースでも聞きながら、家に帰ってぐっすり寝ようと思う。
ではまた。