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からあげの思い出

自宅で揚げ物をしない母が、珍しくから揚げをすると言った。
父が、職場の同僚を自宅へ招くらしい。
料理の手伝いをしてほしいと母に頼まれた。
春休み中だし、料理は好きなので快く引き受けた。

お昼の時間に合わせてお客様がいらっしゃった。
客間からは賑やかな声が聞こえてくる。
母は、すでにできあがっている煮物やおひたし、おつまみなどを運んでいる。
客間からすぐには戻ってこない様子をみると、母は父の同僚に挨拶をしているのだろうと想像できた。

私は、ひんやりとしたキッチンで母の戻りを待っていた。
鶏肉にはすでに粉がまぶされおり、油で揚げるのを待つだけの状態だった。

客間からどっど笑い声が聞こえてきた時、母の甲高い笑い声が同時に聞こえてきた。私は動揺してしまった。
なにやってんだか、、動揺が怒りに変わっていった。

母は、持ち場を離れてしまうことがしばしばある。
持ち場というか役割を忘れてしまうといったほうがいいかもしれない。
職場では絶対やらないであろう行動を家庭の中ではよくやっていた。
今回は、ホスト役がゲストになってしまった。

少し経つと、母が客間から笑いながら出てきてこう言った。
「悪いけど、唐揚げ、揚げてくれる?」
私がやる以外選択肢がないお願い。お願いという要求だ。

大量の鶏肉を黙々と揚げる私は、何を考えていたのだろう?
何分揚げたらよいのか、揚げ粉の袋の裏面を読んで、ひたすら忠実にやっていた気がする。
不満とかはなく、ミッションを無事終えることに集中していたのだと思う。

全部揚げ終わった私は、指定された大皿にから揚げを盛りつけた。
盛りつけてみてがっかりしてしまった。
大皿は立派な和食器。母の自慢の食器の中から選んだに違いない。
茶色い皿に茶色いから揚げ。まったく美味しそうではなく、むしろグロテスクだった。
このままお客様に出したくない。
代わりのお皿がないか辺りを見渡す。
おしゃれな食器はすべて客間のサイドボードの中だった。

もう一度台所を見渡した時、菜の花が目に入った。
農作業用のカゴに入っていたから、祖母が畑から摘んできたのだろう。
私は、菜の花の、花の部分を摘んでから揚げのお皿においてみた。
すると、茶色い殺風景だったお皿が一気に華やいで見えた。
菜の花の黄色だけでは物足りなく感じた私は、つぼみの部分も添えてみた。
つぼみの部分のきみどり色。茶色のお皿にのせてみると、お皿の色が引き立った。
花とつぼみをお皿とお肉に散りばめて、客間にお持ちした。

客間のドアを開けると、大人たちは赤ら顔で談笑していた。
私はから揚げの大皿を母に手渡して客間を出た。
台所へ戻る途中、「わー!美味しそう!」という歓声が聞こえた。
大人たちが、から揚げのお皿に驚いた様子が伝わってきた。
人の心が動いた瞬間。
私の胸は高鳴った。
この時の高揚感は、私にとって忘れられないものとなった。
母に代わって揚げたから揚げ。私が料理にのめり込むきっかけとなった。

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