大人の喘息 助けてもらってばかり 気合いでどうにもないことがある
2度目の冬が近づく
頬にあたる空気が冷たい
2回生はとにかく体力勝負だった
バイトが深夜勤務なのに1限から授業があり
常に寝不足だった
高い弓具買うんじゃなかったと後悔する
好きな本を読む余裕もなかった
毎朝疲れと共に目覚めていた
ビタミン剤を気休めに飲んでいた
確実に年々回復しなくなっている
ついに異変が起きた
*
加えてバイトも部活もない完全オフの時は
遠距離の恋人に会いに行っていた
結構な頻度だったと思う
ホコリとタバコの吸い殻だらけの部屋
半ば諦めながら仕事の資料を集めたり
散らかったゴミを片付けて袋に突っ込んで縛る
風呂場に山積みになった洗濯物を洗濯機にかけて
シンクの中の食器を洗って
適当に料理をして買い出しに行く
ついでに机の上に無造作に置いてあった取りに行ってないクリーニングの引換券を持って
見知らぬ近所の街を散歩する
地元の駅からは直接買えないほど遠い街
深夜に帰宅する恋人と少しだけ会話をして
次の日にまた4時間近く
電車に揺られて帰宅した
目の下の隈がヤバかった
身体がもう無理に近い気がしていた
こんなことをするならしっかり眠って回復に努めるべきだろうな…分かっていても週末には駅へ向かっていた
そしてなぜか恋人に会った後、咳が止まらなかった
私はハウスキーパーじゃないのにな。
私が好きで勝手にやってることだから文句を言う筋合いはない。
*
それは月曜日だった
朝から体調が悪かったが休むほどでは無かった
眠気と疲労と戦いながら授業を終わらせて
外周のランニング運動の時息が吸えなくなった
しかも胸が痛くて押さえて足が止まる
え?なに?心臓?
地面に膝をついて必死に息を吸おうとする
気管支からヒューヒューと音がする
あ、心臓ではない気がする
一緒にいた同期の女の子がすぐに助けてくれる
声が出ない 口パクで必死に伝える
汲み取ってくれて
「誰でもいいから練習場のお茶とってきてあげて、あと上着とタオルも」
遅れてきた1回生たちが騒ぎ出す前に
「大丈夫、騒がない。練習続けて」と指示を出してくれた
楽な姿勢に寝かせてくれる
「ごめん、しんど…息が…」
「喋らなくて大丈夫。ゆっくり息吐いて、出来ればあんまり吸わないで」
「お茶とか持ってきた!」
足の速い男子が持ってきてくれた
お礼を言って受け取って少しずつ口に含む
動けるようになるまでずっと背中をさすってくれる
先輩たちも来てくれた
「歩けそう?冷えるからゆっくりでいいから動こう」
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その日は帰り道に病院に行った
子どもの頃何度も訪れた呼吸器科だ
喘息発作を予防する吸入薬と発作時のスプレーを処方される
恋人は喫煙者だった
そしてバイト先も煙だらけだ
治っていた喘息が再発症したらしい
大人になっても再発するケースがある
診断結果を先輩に伝えて数日間休みをもらった
担当の1回生は先輩が見てくれることになった
授業には出ているから顔は合わせるので一緒にはいるが、薬の副作用で声が別人。
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服薬を続けながら、相変わらずバイト先でも副流煙を吸いまくっていた
まだ分煙なんてされてない時代だ
あとしっかり休んでおけば発作は出ないと思っていた
*
投薬で血中濃度が安定した頃、全体練習に復帰した
6本射ったら50m走って記録して矢をとらないといけない
4回目を射って走って点を確認しに行く
的の前で記録していると息苦しくて堪らない
自分の身体から変な音がする
あの時のことを思い出して血の気が引いていく
点数の調子は悪くないのに
なんとか自分の矢を抜き立ち胸を押さえて止まりながらシューティングラインに戻る
普段ならトロトロ歩いていたら罵声が飛んでくるだが事情を知っているので先輩も待ってくれる
「すみません、もう、走れません。抜けます」
リーダーに伝えて携帯している発作時の吸入薬を使って残りの練習は見学していた
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今普通に走れるのが400mなのか
1Rも射てないなんてもうダメだ
こんなんじゃそのうちスコアも抜かれる
1番の特技の足がダメになった
常備薬の副作用で声もかすれている
強めのステロイドを使っていた
副作用が出ないように処理もキチンとしたのに
場据えのスナックのベテランママくらい枯れていた
苦しかった
辞めどきかなとすら思った
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後日練習前に先輩から呼ばれる
「体調どう?」
「薬飲んでればなんとか日常生活はいけてます」
「そっか」
先輩も年々優しく丸くなってきている
「全体練習なんだけどさ、矢取り走らなくていいよ」
「昔、車椅子の人がいた時に矢取りは一緒に練習してる人が代わりにしてたし」
「その代わりスコープ使ってどこ刺さったかは自分で記録しな」
周りを頼りなさい
もうかなり助けられてる
「ありがとうございます、正直もうダメかと思って辞めないといけないと思っていました」
「ここまで育ったのに勿体無いでしょ」
「下級生もなんかあったら真っ先にそっちに相談いくでしょ。出来ないことがあってもいいから出来ることで力になって」
「ありがとうございます。なるべく発作も起こさないように気をつけます」
「試合はさ、射つ本数が少し減るし歩いて矢取りいけるから大丈夫かもしれないし、頑張ってね。」
後輩にも助けてもらう機会が増えた
「先輩!矢取りしてきました!グルーピング率高いですね」と両手で差し出される、大切に扱ってくれてありがとう。
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私もここらへんで気持ちを切り替えないといけないと思った。
バイトも前に働いていた禁煙の飲食店に戻った
店長は「ひと通りできる子が帰ってきてくれて助かるわぁ、大学生なら出前のバイクにも乗れるし頑張ってね」と迎えてもらえる
常連さんも「あれ?久しぶりやんか〜、なんや大人っぽくなったなぁ〜」と覚えていてくれる人が結構いた
高校1年からだから変化はそれなりに大きい
薄くだが化粧も覚えた
髪も少し巻いていた
少しだけ大人の色に染まった
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今働いている、深夜バイトを辞める事になった
「繁忙期だけ来て〜お願い!」と頼まれる
短期ならなんとか頑張れる
ヘアセットも慣れていたし
イベント時には和装で接客することもあった
お金も必要だったし短期で高時給なのは有難い話だ
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あっという間に春の練習試合ラッシュもリーグ戦も終えた
成果は例年通り。変化なし。
先輩たちの晴れ舞台になる
目に焼き付けておきたい
最後までかっこよくあって欲しい
勝っても負けても自分が出ていなくても
もうすぐお別れだと考えるとぐすぐすと泣いていた
下級生に「調子悪いんですか?座りますか?」と心配をかける
「ごめん、ただ涙腺が弱いんだよ」
感動してるだけ
先輩たちとはみんなよりも少しだけ思い出が多いんだ
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また3度目の春が終わった
そして春先から雲行きが怪しかった恋人と夏にはと完全な別れも体験する
この春から夏にかけては少し記憶も記録も曖昧だ
記録にはネガティブワードが溢れている
とてもじゃないが家族に見せれないので破って捨てておいた
「元彼を◯して死ぬ」とか「バレない暗◯」「◯い、強力」とか調べていた
そんな方法はない
判例集を見ても半数以上は痴情の絡れで事件になるんだな…と犯人側に心底共感してしまう
危ない思考だ
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持病の発作は少しずつ改善されていた
少しならジョギング程度に走れるようになった
落ちていた筋肉を取り戻したい
実はあの時期新しく入ってきた1回生の名前をほとんど覚えていない
記憶力が死んでしまったようだった
頼もしい一つ学年の下の子に面倒を見ててもらったのもある
1番大きな変化は、3年の授業はもう一つのキャンパスで行われることになっていて、1時間のバス移動を強いられた。しかも山道。
毎日酔い止めを飲んでも到着する頃にはトイレで倒れてるような地獄の春のはじまりだった
練習場に行っても酔い止めのせいか的でぐにゃぐにゃとなってまともに練習出来なかった
環境の変化に弱い
ここでも同期に助けられる
それまではバスに乗りたくなくて交通費も時間も2倍かかるが電車で通学する事にした。
何気に初定期券デビューである