心理職なのに、親友がいない。
わたしは医療従事者なので、医者と会話する機会が少なくない。
なんなら精神科勤務の心理職なので、精神科医と話す機会が多い。
ある日の午前中、わたしの上司と精神科医が話していたときのこと。
こんな何気ないやりとりを聞いていて、わたしはドキッとしてしまった。
わたし、親友いないなぁ…。
友達、と聞いて思い浮かべる人はいる。
上司との仲は良い(辛辣なツッコミを入れ合えるくらい)し、先輩や同僚とも仲が良い(プライベートな相談もできる)と思っている。
辛い思いをした時には夫に一方的に話してスッキリさせてもらうこともある。
でも、いないのだ。
親友が。
小学生の頃は、なみちゃんという親友がいた。転校してから疎遠になったけど。
中学生の頃は、もなみちゃんという親友がいた。高校に進学したら疎遠になって、気がついたら引っ越していたけど。
高校生の頃は、3人組で仲良くしていた。でもやっぱり大学生になってからたまにしか会わなくなって、それぞれが結婚・妊娠・出産をしたりコロナ禍になったこともあり今では疎遠になってしまった。
大学生の頃は、同じサークルの男友達と性別関係なく友情関係を築いた。でも卒後数年経ったら怪しげなコーチング事業を立ち上げていて、何かに巻き込まれそうになった。距離を置いたらもちろん疎遠になった。
大学院生の頃の友人たちとは、今でも年に1回は集まっている。家庭・職場以外でほとんど唯一といって差し支えない、わたしの所属集団だ。
でも、その十数人のメンバー内でも小さなグループはそれぞれ形成されていて、年1回の会合以外にもちょこちょこと集まって交流している。
わたしはそれを知っていて、それでもその中にわたしは所属していない。
心理職なのに、親友がいない。
心理職なのに、圧倒的コミュ障である。
こうして書いてみると、自分で自分にちょっと傷つく…。
そうして心の中のわたしはちょっと傷つくけど、その一方で「いやいや、そんなこと大したことないさ」というわたしもいる。
強がりなんかじゃないよ!ほんとうだよ!!
結局のところわたしという人間は、
ちょっと寂しがり屋だけど圧倒的な面倒くさがり屋なのだ。
友達がインスタで、他の友達と遊んでいるのをみるとちょっと寂しくて傷つく。
でもいざ誘われると面倒だなと思って行きたくなくなる。
今も、「涼しくなったら会おうね!」とことばを交わした友人のことを思い出す。
もうとっくに涼しくなっているし、なんなら割と寒い。
じゃあ「そろそろ会いましょうか」と連絡すれば良いところなのだが、いざとなると腰が重たくなってしまう。
だって来月の予定、家族の予定とピラティスの予定で結構埋まっちゃったし。
世の中、なんとなく「親友はいた方がいい」みたいな風潮があるような気がする。
成熟した大人だったら、親友の一人や二人はいるよね〜みたいな。
でも、本当に親友って必要??
わたしという人間は、寂しがりやなめんどくさがり。
休みの日に人と会ってたくさんの時間を共有してしまうと、楽しいんだけど疲弊しちゃう。ちょっとどこかで気を使ってしまうのだ。
わたしという人間は、そこまでアクティブな人間ではないのだ。
でも寂しがりやだし話したがりだから、気持ちが動いた時にはいろんなことを話して共有したい。聞いてほしい。仕事柄、いつも聞き役だからこそ聞いてほしい気持ちが強いのだ。
だからわたしは、noteをはじめたのかもしれない。