再生ボタンを押した。#かくつなぐめぐる
天にいる友を想った。
「私は宇宙を信じているの」悟りをひらいたかのような穏やかな笑顔で話していた友人は宇宙に還っていったから、今は宇宙人になっているのかな。
彼女と交わした約束を思い出している。
音楽療法士だった彼女は緩和ケア病棟でボランティアコーディネーターとして働きながら、患者さんたちに音楽と触れ合う時間と空間を作っていた。
明るくてよく笑う彼女が「ブラックホールにおちたみたいな感じで、とても怖かった」と話したのは、癌のステージ4と診断されてから1週間ほど経った頃だった。
緩和ケア病棟に入院している患者さんは癌末期の方がほとんど。
ホスピス緩和ケア病棟の利用対象となる患者さんは、「主として苦痛の緩和を必要とする悪性腫瘍の患者又は 後天性免疫不全症候群(エイズ)の患者」となっているからだ。
「ここで働いていたからこそ、癌末期、私と同じ癌の最期がどんな感じか分かっているから、余計に怖くなってしまったの」
彼女はそう話した。そしてわたしの目を見た。
強い気持ちが目から光線を飛ばして、わたしの身体に言葉を彫るかのように言った。
「お願い、約束して。絶対に無理をしないって。身体の声に従うって。お願い。」
少し低い声でゆっくりと話すその声を脳内で再生する。
脚や腕の血管に血ではなくどろどろ濃い目のトマトジュースが流れているんじゃないかと思うほど、ずどんと重い。
夕飯を作らなきゃと、ゾンビのような姿勢で車まで歩きスーパーまで運転する。
ちょっと買い足せばできそうな八宝菜にしよう。豚肉と息子が好きなうずらの卵をかごに入れる。味付けはクックドゥーにお世話になることにした。
ご飯にのせれば中華丼だ。
帰ってから少しだけ横になろうとベッドに倒れ込む。
わたしの全体重がのったマットがどんどん沈んでいくかのような錯覚。
立ち上がれない。
娘に夕飯は任せて、わたしはそのまま眠っていた。
同居する母はわたしが夕飯を作っていないことに気付いて、娘に言った。
「私がご飯作らないかんの?」
昔からこういう人だ。わたしの心配より自分の心配。
昔、飲みに行きたくて送ってほしかった母は、
気分が悪くトイレで座り込んでいたわたしに言葉の弾丸をぶっ放した。
「送れん? 私飲めないやん」
心配は微塵もなく、飲めないことにイラッとしているのが伝わってきた。
このとき開いた心の傷は、ずっと塞がることはない。
そんな母との同居生活は、なんとなく過ぎる日もあるけれど、イライラしてしまうことも多い。
自分の家なのに、完全に休まることはない。
体の不調が心にも浸透し、何もしたくないとばかり思ってしまう。
毎日書くと宣言し始めたnoteも、書けない日々が続き焦ってばかり。
そんな日々が続いていた。
そんな憂鬱な時間に支配されそうな時、わたしの脳内で再生ボタンが押される。
彼女の声が流れ始める。
休んでもいいんだ、そう自分に許可を出せるお守りなんだ。