BTSという名の沼
私の親友曰くいわゆるアイドルと呼ばれる人たちにハマっていくことを「沼にハマる」というのだそうだ。沼歴の長い彼女を横目に見ながら「ふーん」と思っていた私にまさかそんな日が訪れようとは。
はっきりといつなのかは今となっては分からないけれど、2020年10月に誰かのインスタ の投稿のBGMでDynamiteを聞いたのだと思う。地球上の多くの人が暗く悲しい思いをしていたに違いない2020年だからこそ、この曲が気になり始めたのかもしれない。個人的にはフリーランスになった最初の年にパンデミックに見舞われた私にも不安はあったと思う。ありがたいことに不安でいる時間よりも、がむしゃらに頑張っている時間が長かったのだけれど。Shining through the city with the little funk and soulという歌詞が頭から離れなくなって繰り返しサビばっかり口ずさむようになった。(他のところはなかなかすぐには歌えなかったから。)
DynamiteのMVをYouTubeで見た。カラフルな世界観がとても気にいったのを覚えている。振り付けもいいなと思った。(いろいろな曲を知るようになった今、Dynamiteの振り付けはBTSの曲の中ではかなりシンプルな方だと思うけれど、それでもレトロな衣装と振り付けが好き。)今この記事を2020 Billboard Top 100を見ながら書いているのだけど、38位にDynamiteが出てきた。歌詞を見ながら歌ってみる。歌えるようになっていた。とにかく歌えるようになりたくて、歌い方動画を見て一生懸命に練習していたのだ。何年も音楽は移動中に聞くだけのものになっていた私をここまで夢中にさせたものは何だったのだろう。音楽は大好きでいろいろなジャンルの曲を邦楽、洋楽ともに聞くけれど、あんなに同じ曲をリピート再生して聞いたのはDynamiteだけだと思う。この頃に前述の親友に「目覚めた瞬間からDynamiteが脳内で流れる。病だわ。」とLineしている。「本当に珍しいね」と言われた私は、「疲れ過ぎてる自分のご機嫌をこの曲で取っている」と答えていた。
10月の私は仕事と学業で気持ち的に追い詰められ始めていた。大好きな英語を仕事にして、コロナ禍でありながら「忙しい」と言える状況に嬉しく思ったけれど、月に1-2日しか完全な休みのない日々をどう切り抜けたらいいのか、新米フリーランスの私にはその術がまだよく分からなかった。Dynamiteの動画を見て、歌詞を見ながら歌う練習をするのがストレス解消になった。音源を購入しなくてもいくらでも動画が見られる今の世の中だから可能なことなんだとありがたい気持ちに満たされていた。(けれど彼らの音楽が本当に好きになった私は彼らのアルバムをiTunesで数枚購入した。その前に誰かのアルバムを買ったのがいつなのか全くもって思い出せない。)
忙しいとはいえ日課の散歩をする時間が取れる日の方が多かったこのころ、散歩がてらにAmerican Music AwardやThe Late Late Show with James Cordenなどの動画を見るようになった。まだメンバーの顔と名前が一致しなかったけれど、JamesがBTSの音楽を本当に愛していることはハンドルを握りながらの熱唱具合で分かった。素直にすごいなと思った。歌もそしてトークもRM以外はほぼ韓国語なのにCarpool Karaokeに出ているなんて。(顔と名前が一致して曲も分かるようになってから、もう一度見てやっぱりことの凄さを噛み締めている。Friendsのテーマソングで、ててだけが一人手を叩いてしまう場面も微笑ましくて忘れがたい。)
アメリカの音楽ショーは把握していれば必ず録画して見るので、Boy with LuvでのHalseyとの共演は見覚えがあった。確かそれを最初に見たときは「Halseyが韓国人のグループと共演しているんだ。なんでだろー。ふーん。」って思っていたのだ。そして動画を色々探して見るようになってもまだ「Dynamiteは好きだけど他の曲は別に」って思っていた。よく考えればBillboard Top40を必ず見ている私はMIC DropだってDNAだって見ていた(何かをしながらのこともあるので正確には「聞いていた」)気がする。うっすらとした既視感はあったので。何かを見ても聞いてもそれを必要にしないときには気づきもしないということなのだろう。5−6年前に職場のあった渋谷のビルにあった「防弾少年団」という巨大な広告を見て「変な名前」って思っていた私が世界でBTSとして知られるようになった彼らと「出会う」とは。
どんどん忙しさと疲れが増す日々の中、とまどいと照れ臭さとともに自分をArmyだと認識し始めた私の救いはやっぱりBTSだった。とまどいが大きかった理由は、彼らがいわゆるアイドルといういう括りで語られること(その括り方はどうかと思うけれども)と、彼らよりずっと年上の私がこの沼にはまるのはどうなのだろうと思ったこと。この気持ちはまだ完全には消えていない。それでも寝る前やお風呂のわずかな時間で彼らの曲や番組の動画を見続けた私のYouTubeの検索履歴は全てBTSになった。それだけが日々の楽しみだった。
11月4日、仕事場に向かう途中の電車の中で、アメリカにいた時も今もよく聞いているNPR(アメリカの公共放送)によるTiny Desk Concertという動画を見つけた。1曲目がDynamiteで生バンドとの共演で基本座っているのでダンスはないのだけど、「歌上手だな。楽しそうだな。」と思いながら見ていた。引きずるような疲労感とともに電車に揺られていた私は、RMの「必ず春は来ます」という語りかけの後に歌われたSpring Dayに不覚にも涙しそうになった。私は残念ながら韓国語を解さない。でもそのメロディと歌声に感情を激しく揺さぶられた。あっと言う間に目的の駅に到着し、慌てて「仕事人」としての仮面をつけ直して大きく深呼吸をしたのだった。
私はしばらくメンバーの見分けがつかなかった。ててのことを片岡愛之助みたいって思っていたら、そういう日本語字幕のついた動画を見つけて一人で大笑いした。久しぶりに声を出して笑った気がした。それ以外のメンバーをどう見分けられるようになったのか、今の私にはもう正確には思い出せない。
Run BTSという彼らのキャラクターが垣間見えるバラエティ番組を英語字幕で見るようなって、口を四角くして笑うてて、無口なようでMCとしての仕切りが最高なSuga、頼れるリーダーだけど色々破壊したり不器用さも見えるRM、笑顔とリアクションが素晴らしいJ-Hope、私が原語で理解できないオヤジギャグの名手、そして拗ねている時の叫びが印象的なJin、気配りを欠かさない Jimin、そして黄金マンネ見たりって思わされるJungkookを勝手に少しだけ知ったような気持ちになっている。(もちろんあくまでも「番組」だって、本当の彼らを知ることなんかできないって分かっているけれど。そしてメンバーそれぞれにここには書ききれない魅力があるのだけど。)英語字幕が急に大量に出ると読みきれないので、スピードを0.75にして見ているなんて、仕事関係の動画はほとんど1.25-1.5倍で見ている私には信じられないことだ。
メンバーに愛着が湧いてきたからなのか、何度も聞いているからなのか、どんどん好きな曲が増えていった。激しくキレキレのダンスをびっくりするぐらい揃えて踊るその姿は私にとってまるで瞑想のようだった。「何も考えない」ことがとても苦手な私にとっての癒しになった。無料のYouTubeの恩恵を受け続けながら、この時の私はそれでもまだアルバムを買うことを躊躇っていた。自分の好きで好きで聞きたくて仕方ない曲だけを持っていたいというわがままな感情ゆえだ。そのときはDynamiteやBoy with Luvのようなポップな曲かSpring Dayのようなバラードが好きだけど、MIC DropやOnのような激しいビートの聞こえる曲はどうかなぁと感じていた。
アルバムを買うことをぐずぐずと迷いながらも、Make it RightのYou are the lightという歌詞を聞いて彼らとArmyとの関係性に感嘆した。(feat. LauvのバージョンのMVを見て泣きそうになっていた私。)「僕たちが辛いときに君はずっとそばにいてくれた。僕は間違いを犯したけれどこれからはちゃんとする。」Make it rightの和訳が我ながらいまいちだけど、こんな趣旨の歌詞もこれまでのBTSとArmyとの歴史をいろいろなところで読むと納得できる。私にとって出会うべき時にバンタンに出会ったのだろうけど、彼らを何年も応援し愛して支えてきた人達のことを羨ましく思う自分もいる。新米Armyの私を彼らは、そしてfellow Armysは温かく迎え入れてくれるだろうか?
彼らは若いのにどうしてこんなに真摯で温かくて一生懸命で素敵なのだろう。元々ほとんどなかった無邪気さを失ったであろう私には本当に眩しい存在だ。人は変わる。状況も変わる。BTSがずっとBTSでいてくれる保証はない。先のことを心配するより今を精一杯生きることだとRMが言っていた。もちろん今を一生懸命に生きるのだけれど、同時に今の私は彼らのパフォーマンスを会場で見たくて仕方がない。年末年始に彼らのLove Yourselfツアーの番組をいくつも見た。ニューヨークでもロンドンでもサンパウロでも観客を魅了する彼らのコンサートに行きたいと心から思う。その歌声に、踊りに、表情に、空気に自分を浸してみたい。それがたった数時間の幻のような時間だとしても。コロナ禍を経て、「早くArmyに会いたい。Armyの前で歌いたい」と言ってくれる彼らに会える日は来るだろうか。今の私にとってはそれがSpring Dayなのかもしれない。
こんな短期間だけれど、これまで彼らが受けてきた傷、抱えてきた苦悩、それでもいろいろなことを真摯に受け止めて改めるべきところは改めて前進しようとする彼らの姿勢を少しは理解できたように感じている。きっと彼らを取り巻く環境はまるで一つの大企業のようになって、ある日「辞めます」なんてどうしたって言えないのだろう。20代の青年達が背負わされるにはあまりにも重い責任だ。世界中をツアーするということはそれだけ「普通の日々」を奪われているわけで、アーティストである前に一人のただの自分でいたいと思うことだってあるだろう。
彼らにはアーティストであっても一人の人間として幸せになってほしいと思う。その気持ちに偽りはない。でもファンが彼らのショーを求めれば求めるほど、彼らが母国を離れ飛び回らなければならないことも分かっている。それでも先の見えない今の状況に光があるとすれば、今の私にはそれがBTSなのだと思う。こんな矛盾した願いをててが信じる天使様はかなえてくれるだろうか?
まるで職人のように歌や踊りを磨き、光や希望、自分を愛するメッセージを送り続けてくれている彼らが眩しい。自分の職業を職人に重ね合わせている私にはこれ以上ないぐらいの眩しさだ。そしてその一途な努力が評価されている。私はそんなふうに誰かに光を与える存在ではないし、比較するような次元でもないのだけど、ただただそれをリアルタイムで知ることができた幸運を感じると同時に今の私のこのEuphoriaが終焉を迎える怖さも感じている。
なんか最後はとても感傷的になってしまったけど、今までと今の気持ちを記録したかった。そしてとにかくYou are the lightという言葉を彼らに送りたい。彼らがどんどん音楽界の記録を塗り替えるように、私にも前代未聞のことが起き続けている。たった3ヶ月弱で私の世界を大きく変えてくれた7人がこれからどんな未来を見せてくれるのか、BTSという時間が続く限り見つめていきたい。