家の前に痰が吐かれるんだが……
家の前に痰が吐かれるようになってから、3ヶ月が過ぎた。
そいつは朝に現れる。長男と夫が家を出る7時半には吐かれていない。保育園に長女と次女を連れて行く時間帯になると、必ず家の前に泡立った白いヤツが鎮座している。初めは1ヶ月おき、そして1週間おきになった。
その度に、エントランスにいるマンションの管理人さんに掃除を依頼する。彼は愚痴を言うと必ず「僕が勤務してた前のマンションなんてね、他人の家の植木鉢に犬の糞を毎朝させていく人がいたんだよ。その人に比べればだいぶマシだよ」と返してくる。かつて“ミドリムシ並みの単細胞”と呼ばれた私でも「ウンチじゃなくて良かった~!良かった確認!今日も幸せ!感謝しています!」とはなれない。
だから痰が吐かれるたびに彼に掃除をしてもらい、その間に私は子どもたちを保育園に送る。「監視カメラを置こうか。それとも『痰を吐かず、いつもきれいに廊下を使っていただいてありがとうございます!』という張り紙をしようか。いっそ『神はあなたを見ている』と書いて大きな目の写真を貼ろうか……」と、7年も使われて悲鳴を上げる電動自転車を漕ぎながら考えを巡らせる。
保育園の送りから戻ると、エントランスで管理人さんと「掃除をしてくれて、ありがとうございました」という類の会話が発生する。すると必ず「奥さんの家の前の痰を見たけど、あれはつい出ちゃった!って感じだね。恨みを込めた痰とは大きさも色も違う。大丈夫、憎くてやられているわけじゃないからね」と、どこか見当違いな慰めが始まる。
我慢できなくなった私が「いやいや他人の家だぞ?!どうかしてる!ぶっ殺す!」と鼻息を荒くすると、彼は「そんなことより僕は前世が見えるんだけどね、奥さんは〇〇で長女ちゃんは△△で……」と得意のスピリチュアルトークを始めてしまう。私もそういう話が嫌いではないから「へえ、そうなんだ……それで? 次女は誰だった?」と聞き入ってしまう。そうして、彼がアメリカの新興宗教にスカウトされた話(入団試験で教団の批判をしたら落とされてしまったらしい)とかをしているうちに、うやむやなっていき、解決しないまま3ヶ月が過ぎている。
人生で解決しない問題は多い。だいたい1割くらいしか解決しないんじゃないだろうか。だから“問題解決術”のような本が売れるのだろう。でも問題について、いつまで考えていても仕方ない。ほとんどの問題は他者によって引き起こされているから。自分を変えることはできても、誰かを変えることはできない。そんなものを解決させようとする労力がもったいない。
私の場合は死ぬわけでもないし、生活に困るわけでもない。とりあえず掃除をすれば済む話なのだから、ひとまずは管理人さんとスピトークをして誤魔化しながら何とかやっていこうと思っている。とか言っておいて「もう限界だ!いい加減にしろや!」と痰を採取して、夫の働く病院でDNA鑑定を自費でやってもらう日も近いかもしれないけれどね~~~?(おい犯人!見たか?!ワイは本気だぞ!)