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親から放れる(離れる)ということについて


親子の関係に悩んでいる人は、一度あっさりした関係を試してみてはいかがでしょうか。「もう親のことを精神的に手放そうよ!」と伝えると、多くの人は「わかりました。それではもう連絡しません」「絶対に会わないようにします」と答えがちです。それも一つの選択肢ですが、何かもう一つと思います。
それが悪いとは思ってはいません。
悩み度の違いというか、時期というかによってはそれでいいのだと思います。というかそれしかないです。

私も家族と音信不通の時期があったし、というか家族から逃げました。
で、約7年間物理的に遠い場所で暮らしていました。

ここからお話しすることは少し変わった例えかもしれませんが、ぜひ想像してみてください。

皆さんは、塩気の強い魚や食べ物から塩気を抜く方法をご存知ですか?真水に漬けると抜けるように思われるかもしれませんが、実はそうではありません。実際には、薄い塩水に漬けることで塩を抜くのです。この方法を「迎え塩」と言います。迎え塩は、濃度1〜1.5%程度の塩水に5時間ほど魚を浸すことで、適度な塩分を残しながら余分な塩気を取り除くことができます。

家族との関係もこれと同じようなものです。もし家族との関係を薄くしたいのなら、まずはいつもより少し濃い関係を築くのが良いかもしれません。急に関係を真水のようにあっさりしすぎるものにすると、かえって家族はより濃い関係を求めるかもしれません。ずっと会わずにいたら、その分溜まった不満や恨み言を聞かされる可能性もあります。

家族との関係は、まず適度な距離を保ちながら徐々に薄い関係に慣れてもらう方が、うまくいくことが多いのです。

私が伝えたいのは、家族との関係を断つ際に、ただ「もう家には行かない!」「電話もしない!」「LINEもしない!」と一切の接触を断つよりも、例えば電話で「声が聞けて良かったわ。これから出かけるので今日はこれで切るね」と短い会話をしたり、実家に行っても長居せずに「顔を見て安心したわ。○時に荷物が来るので帰るね」と言って帰ることが大切です。

もちろん、これが難しい場合もあるでしょう。その場合でも、自分に合った方法を見つければ良いのです。逃げてもいいと思います。一生和解できないのもありだしそれはそれで仕方ないのだと思います。

私が書いている小説『灰色ポイズン』の主人公、森野カナタも親子関係を断つために極端な行動を取ります。それも一つの選択肢です。人の心や脳の癒やしには時間がかかるので、自分を大切にするために親子の問題から逃げても良いと思います。

それで、是非、やって欲しいことがあります。
これまで辛い中で色々と頑張ってきた自分に対して「えらかったね」「しんどいのに頑張ってきたよね」と自分自身に言ってあげて欲しいのです。それができないなら、信頼できる人に頼んで言ってもらうか、想像力を使って他人に声掛けするように自分にも呟いてみてください。

昭和時代の「親の面倒は子どもが見るべき」という考え方は、今の時代には無理があるかもしれません。
親子関係に疲れてしまったら、親子の呪縛から離れても大丈夫です。

そのためにはコツがあります。「お父さん、大丈夫?」「お母さん、元気?」と実家を訪れるけれど、長居せずに帰る。そうしているうちに、親は「最近、あの子はよく来るね。不思議だね」と感じるようになるかもしれません。そうなればしめたものです。その時には、すでにあなたの意識は親から離れつつあるということです。

そして、家の中をよく見回して、欲しいものがあったらおねだりして持ち帰る。これは「甘える」という行為です。親に要求はするけれど、一緒に長くはいない。自分の愛のエネルギーは親に使わず、ちょっと拝借するだけです。自分をこれ以上すり減らす必要はないんです。

自分の子どもには、ある程度は愛を注ぐのも良いでしょう。しかし、注ぎすぎると子どもが溺れてしまうので、程々に。もっと注ぎたいと思っても、その手前でグッとこらえることが大切です。
自分は色々と試みながら少しずつ、親と精神的に離れる罪悪感から抜け出していくことが、結局は親子関係の問題を解決する近道になると思いました。

今日の私が妄想していたのは、そんなことです。お説教くさかったらごめんなさい。

ちなみに、私は7年間親から逃げ回りました。
逃げ回っている間物理的な距離の為にもっと楽になると思いきや罪悪感からそうはなりませんでした。

想像の中での親は時には実際以上に私を苦しめて支配してきました。
けれども、物理的に安全な場所で少しずつ色んな方法で自分を癒し、精神的な親離れを徐々に進めていきました。

最後には、親を近所のおばさんや親戚のおばさんのように思うことにして、親子関係の問題を癒しました。長い戦いでした。
親を許すとか、許さねばとか、関係を修復するとか、親に自分のことをわかってもらうとかもらえないとか拗れ尽くしたら、そういうことは一切どうでもいいのです。と私の場合は思いました。
大切なことは親も子も精神的に成長して自立して生き抜くことだと思います。
親子の問題は自分がなるべく楽になれる方法を、なるべく辛くない方法で理解していくしかないのかもしれません。

勝手ながらもう充分に苦しんだと思うので苦しい作業はなるべくしない。苦しまない道こそが妙薬になると信じていたい私です。

使えるものは使って癒して、癒されていく。すっきりはしないけど、ここらで、まいっかと思えたらそれでいいのだと思います。
親も子も老いていく、精神的な力関係は逆転する日が訪れます。自分が思うほどには、もうすでに若い頃の親のようなパワーは持ち合わせていないかもしれません。

過去が過去という認識をおまじないのように自分に認識させるような方法を見つけて楽になっていこう!
楽になっても大丈夫。

私は人の数だけ問題解決の方法はあると思います。
ご縁のある自分に最適な方法見つけてこれからの人生を楽しんでも良いのです。

このエッセイがその一つの参考になれば幸いです。
最近,色々思うことがありいきなりこれを書きたくなった私でした。

わかりづらい文章を
最後までお読み頂き感謝いたします。

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