「105歳のワンちゃん」ーサリーの思い出「ダーリンとマダム」番外編 カレンの友だち
何年前だったか、65歳どうしのカップルのところに久し振りに遊びに行った時の話である。
その男性は放送作家のダンディな叔父様、女性はコマーシャルフィルムの監督さんでとてもステキなカップルだ。
私がカップルとあえて書くのには理由がある。
もう何十年も一緒に連れ添っているので事実上は夫婦だが結婚をせずに他人に説明するときは、パートーナーがいる、と言っている。
仕事の関係上名前を変えたくなかったり、結婚する必要性を感じないからと最近は、様々な理由で多くのカップルが一緒に夫婦のように住んでいることも増えている。
その日に夕方、私は約束の時間に少々早く着いてしました。言い忘れたがそのカップルは男性がイギリス人で女性は東欧系。
イギリスでは、約束の時間より早く行く事は遅く行く事より失礼になることがあるのだが、何せその日はとても寒かった。思いがけずに相手の家に早めについたが私は外で待つことに我慢ができなかった。
私は、最初近所の公園で待っていたが、寒さに耐えるのも時間をつぶすのにも限界があって10分くらい早く訪問してしまった。
がしかし、知人宅に着いてドアをノックしても誰も出て来ない。
日曜日でクリスマス前ともなると皆、買い物に余念がないので約束の時間ぎりぎりまでショッピングをしているのかもしれない。
私はそこにくる前に立ち寄ったハマースミスという町の古本屋で本を買っていた。それで、その本を立ち読みしようと思いついた。バッグから本を取り出そうとゴソゴソとやっていると、ドアの向こうに何やらゴソゴソと動く気配がした。
それはサリーという犬でした。ゴールデンリトリバーで推定年齢15歳のメス。
とても性格の優しいワンちゃんですが不審者がくるとちゃんと仕事もして吠えてくれる。
なのに、頭が良くて一度会って気に入ると覚えていて二度と吠えられることはなかった。
そのサリーがドア向こうでパタパタと動いている。私は郵便受けのホールから覗いてみた。
やはり、パタパタと音を立てて動いていたのはサリーのしっぽだった。
サリーは私の歓迎のために見えないドアごしなのに私に向かってしきりのしっぽをふってくれた。
老犬で白内障を患っていて目はあまり見えていなかったのに。
怪しく覗き込む私の顔は見えていないのだ。なのに
ドアの下の方をを前足で軽くノックして入ってこいという仕草をしている。
私は思わず
「サリーお久し振り、まだ覚えてくれてたのね」
と声をかけた。しかし、彼女は私が何故家の中に入ってこないのかがわからない様子だった。
そのように私は老犬サリーに相手をしてもらっているうちに知人のカップルが帰ってきてめでたく家の中に入れてもらえたのだった。
私達は、数ヶ月ぶりの再会で近況報告をしてクリスマスカードの交換をしてお茶を飲み楽しく過ごした。
すると話がひと区切りしたところでサリーがディナーの催促に来ました。大変頭がいい犬なので何だかいつもタイミングというものを知っていたのだった。
サリーは聞き分けがよくて時々切なくなるほどだった。
約10年前に初めてサリーに会った時彼女は遊んで欲しくてボールをくわえて私の方にやって来ました。その時、ちょっとした仕事の話をしていたので私がサリーに「サリー。今、忙しいから、後でね。1時間したらボールで遊んであげる」と言ったら彼女は約1時間部屋の外のドアの前で待っていました。私たちが話し合いを終えてドアを開けたらそこにはボールを咥えて、今度は私の番でしょう、といわんばかりにしっぽを嬉しそうに振っているサリーの姿がありました。私は、もちろんそんな、従順でかわいいサリーとの約束を破るわけにいかないので少しだけでしたがサリーと一緒にボールで遊びました。
そんなサリーももう推定年齢15歳です。推定というのはサリーは動物愛護施設からもらわれて来た犬だからです。飼い主のラリーがもらいに行って聞いた話しによると前の飼い主はアルコール中毒のおばあちゃんで随分とひどい扱いを受けていたらしかった。
どういう経緯だかまでは知らないが、保護されて現在のラリーの元にめでたく家族として迎えられたのだった。
パートナーのオルガは仕事でしょっちゅう世界中を駆け回っているのでラリーはサリーがいてくれて大助かりでさびしくないとのこと。
しかもサリーちゃんのために散歩に行く事が日課になっているので健康維持にもいいということだった。
そんなお役立ち犬サリーだが、3年前に加齢と肥満のため椎間板をいためて腰が悪くなった。
当時、サリーは痛みのためあまり動けず少々ボケたりする症状も入って回りの者は随分心配した。
しかし、その3年前のある日に私がラリーを訪ねて玄関のドアを開けたら驚いたことに、サリーが走って出迎えてくれました。
ほんの数週間前までもう別れの日も近いかもなどと悲観的な話を皆でしたこともあったのに!信じられない
私がいったいどうしてこんなにサリーが元気になったのかを聞くと、ラリーいわく。「ダイエット(食事療法)を始めてあげようと思ってね、おやつも食事も内容を変えたのさ」
とのことだった。つい1週間程前ほどから野菜とチキンのシチューを食べさせ始めてたらなんだか元気になってきたとのことだった。
犬の種類にもよるし玉ねぎなどの与えてはいけないものもあるけれどじゃがいもとにんじんブロッコリーチキンかブタの足と肉キャベツを大なべに入れて弱火で煮て約1時間で出来上がる特製のシチュー。
そのシチューは味を付けないものをサリーにその後でそれを小さいなべに移して塩コショウやお好みの味付けにしたものをラリーやオルガが食べるとのことでした。
犬は肉食という概念があるけど、自然に捕って食べる獲物でないとビタミンやミネラルの入ったレバー部分を食べることができない。
それだと老犬に必要なミネラルが消化能力の衰えでドッグフードから摂取できなくなるとのこと。それで栄養失調になっていたところにミネラルとビタミンの豊富なシチューを食べさせていたら、段々元気になったらしい。
サリーは人間でいうと約105歳。週に一度リハビリのためにプールに泳ぎに行く。多くの時間は執筆するラリーの傍らで寝転び、時々庭で遊び、リスと追いかけごっこをして、散歩に行き、シチューをおいしそうに食べて元気に過ごしている。
最初の飼い主のところではひどい扱いを受けていたが、その後幸せになれてよかったね。もうすぐクリスマス、私は、サリーにも何かプレゼントを買わなくちゃと思いを巡らしたものだった。