最後は気持ちが大事!!
毒親に育てられた夫と暮らす妻
幸せパンダです。
父が認知症が進み、筋力も落ち
なんとか去年まで出来ていたことが
できるようになるまで回復させたいと
家族と協力し、本人のやる気もあって
何とか以前の出来ていた事を遅い
ながらも出来るようになって
きました!
これは何度もいいますが本人の
やる気なしではとうてい戻ることが
出来なかったので最後は気持ちの
大切さを実感した経験で、この事は
自分の子供にも重要案件として
伝えました!
よくテレビで絶望からハッピーエンドへの
奇跡エピソードを見たけれど、現実に
目の前で父親から奇跡の物語を見さ
せてもらった気分で、元気になったから
すごいね!なんて喜んでいられる事に
感謝するばかりであります。
私が実家に帰るといつも父のお出かけ
に付き添うのですが、7.8分で着く
距離を3.40分かけて行きます。
それでも付き添う度に父の歩く様子
や歩き方を見ているとどんどん体も
元気になっている様子がみてとれる
ので父に前より歩けるようになった
ね!
と伝えると
『おう!いけるようになった!』
と嬉しそうにいいます。
でも休憩ポイントがあるのですが
休憩回数は今だに減りません。
私が実家に帰ることができない時は
母が父に付き添うのですが、母が
いると父が知り合いが話かけてきて
くれないので一緒にいてほしくない
といい、母も父の知り合いと話をする
ことは気を使うので嫌みたいで
そのうち母も父に付き添いたく
なくて、初めから付添たくなかった
のですが父の様子では1人にさせない
というところからだいぶ回復してきて
私がGPSが用意し、父の上着の内
ポケットに入れてもらいお守り
代わりに位置確認をしてとても
助けられています。
格安携帯だと相性が悪い場合がある
との口コミがあったのですがダメ元
で使用してみると不具合なく使用
できていて探して購入してくれた
夫に感謝します。
そんなこんなで父はまた1人で
出掛けているのですが、疑問が
でてきまして、私といる時は
私が押し車を押して歩き父は杖を
持って歩き、休憩する時はその
押し車に腰をかけるのですが、
1人の時は絶対に押し車を押し
たくないらしく、それなら
どこで休憩しているのだろうと
思うのです。
ガードレールなどに腰をつけて
休憩しているのか低いブロック塀
に腰をかけているのか、私の
記憶では腰をかけられるような
ところは道中に1.2個くらいしか
ないのです。
もしかして休憩ほぼなしでいけて
いる??
という疑惑がでてきました。
介補してくれるのが心地いいと
感じてる?
と思いますがこれも私が父の老いを
受け入れる気持ちの練習なの
でしょう!
大黒柱として長年働いてくれた
父が、どんどん心も体も衰えて
いく様子を見てただ私の気持ちが
ついていけなくて、ずっと母に
任せていたので母はもう何年も
前からこんな気持ちを抱いて
いたのだろうと思います。
認知症にならずに最期はお酒を
飲んでいきたい父の願いは
そう簡単には叶わない現実
それでも早くに両親を亡くした
友達からすれば両親の老いを
見届けることができている事を
羨ましく思っているのかも
しれません。
心の葛藤や時間のやりくりなど
今の悩みもマウントなのかも
しれないなと思う今日この頃です。
今の願いは押し車の概念を崩す
スタイリッシュな新世代の
ハンドクラフトカーの発売を
待っています。
もう世の中にあるのかな?
探してみよう!