桜のトンネル 春の微風
今年も桜が満開になった。
川べりの長い桜並木も今が盛りだ。
小道を挟んで桜の木は、川面へ枝を伸ばす。
まるで花びらを川に浮かべたいように見える。
桜の花で白いトンネルとなった小道は外界から遮断され,、どこか特別な場所へつながる気がする。
春風に舞う花びらがひらひらと宙を舞い、肩に顔に触れてくる。
小道にも川にも、たくさんの桜の花びらが落ちている。
踏んでしまうのがかわいそうだ。
小鳥の声が聞こえ、小枝ごと桜の花が揺れる。
人々は立ち止まり、花を見上げてただじっとしている。
時間がゆっくりゆっくりと流れている。
道の先は白くかすみ、朧げにしか見えない。
日常の知っている場所ではなく、ここは今特別な場所になっているのではないか。
この桜吹雪の中、白い道を抜けると知らない場所に着くのではないか。
呆然とそんなことを考えながら春風に気持ちよく吹かれていると、昔家族で見た桜や、仲の良かった連中と夜桜を見ながら宴会を楽しんだこと、大学受験に失敗し、失望の中で見た学校の桜など、次々に思い出が浮かんできた。
どの思い出の桜もその時は綺麗だと思ったが、一番強く残っているのは父の大きな手術の時、病院の窓から見た桜の木たち。
7時間の長い手術。
不安、焦り。乱れる心で見る桜吹雪は哀しいほど美しかった。
恥ずかしかったが涙が止まらなかった記憶がある。
今は一人でこうして春の微風に吹かれ、散りゆく桜を見るのが一番好きだ。
桜吹雪には生死を超えた静かな安心感を感じる。
西行法師が歌ったように、桜の舞い散る様を見ながら静かにこの世を去るのがいいな。
いつか来るその時は。一人で静かに。
いいな。
絵 マシュー・カサイ「桜の道」水彩・ペン
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