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教え子に会い、自分の教員人生を振り返る

2025あけましておめでとうございます。

大晦日中に出したかった記事ですが、駆け込みでふるさと納税していたら、明けてしまいました!
で、1日、2日とだらだら過ごし、今に至ります。

知り合いの知り合いのように繋がり、年末に初任1年目の学級の教え子たちと再会をはたしました。
実は、前々から、私の所在が判明していたらしく、声をかけてもいいものか迷っていたとのこと。久々すぎて、まだまだ聞きたい話が沢山ありましたがみんな元気そうで良かったです。


2年目から学年が変わってしまい、主に中1でしか関わりがありませんでした。成人式も呼ばれないわけで。覚えていてくれているだけで、嬉しかったです。


話していて分かったのは、


やっぱり当時の指導の仕方は良くなかったと思ったことです。
体罰はNGになりつつも、宿題忘れは名前を書いて張り出していたし、テストに合格できなかったら居残り学習を強制するなど、まだ罰的な文化は残っていた時代。先輩たちの真似をしながら、試行錯誤の日々でしたが、言葉の使い方や言い方が駄目だったなーと思います。


それでもあのクラスは楽しかったと言ってくれて嬉しかったです。
良く思ってくれていなければ、こうして会うこともないと思うので、そこはポジティブ受け止めておきたいです。


申し訳なかったから謝りたかったと言ってくれたけど、明らかに不勉強で、上手くできなかった自分こそ謝りたいという感じでした。

学年が変わってしまったので、やはり自分たちのせいで、と思っていたみたいです。
そこは、全然そうではないのですが、
そう思わせてしまったのは駄目だったなーと思います。未熟でした。

中堅になった今、客観的に考えると、周りのサポートがもう少しあれば違ったかなと思います。


投げだしてしまった感じはもちろんあります。
でも、そのクラスが私の教員人生の始まりで、
彼ら彼女らのクラスがスタートでよかったと思えています。

もちろん全員の名前を覚えています。
話していてさらに鮮明に思い出しました。


会えてよかったな。
誘ってもらえたことがまず、幸せです。


自分が始めて中3を担当したのは7年目のときで、やはり教員のキャリアとしてはかなり遅いので、思い入れもあり、また初任時代のように厳しくしすぎてしまいました。
理想を追い求めてしまいました。

たぶん、楽しくなかっただろうな。

当時のアンケートで、第1印象「怖い」がダントツでした。今のクラスだと、多少「面白い」とかもありそうです。


そう思うと、今の学級経営はかなり理想に近くなってきている気がします。
たまたま良い生徒たちに恵まれた部分はありましたが、化学反応的に良いクラスになっている気がします。

今の良い状態も、初任で担任をさせてもらったクラスから始まり、計8回担任しているので(プラス特別支援2回)そのすべての子どもたち、保護者のみなさまに感謝しています。

重複もありますが、300人ぐらい担任をしてると思うと感慨深いなー。


みんな元気にしているかな、まだ近くにいる生徒もふくまれますが、一人ひとりの関わった生徒たちの人生が気になります。


先日、恩師からあたたかいメッセージをいただきました。自分も、かつての教え子が大人になった後に、何らかの形で再び出会うことができたら、応援できる視野の広さをもちたいなと思いました。

目の前の子どもたちはもちろん大切だけど、過去に関わった教え子たちも大切にしたいと思いました。


うん、これからも頑張ろう。
これまで出会ってきた人たち、これから出会う人たちのために。


もっともっと良い教員になりたいし、
良い教員を育てられる側にもなりたいし、
今の学校の仕組みを変えていきたい。
一人ではできないけど、同僚にも同じ思いで頑張っている人はいるし、去年様々なコミュニティで仲間ができたから、みんなで一緒にやります!


皆様、本年もどうぞよろしくお願い致します。

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