一色洋平×小沢道成「漸近線、重なれ」(2024観劇感想その4 心に残った舞台②)
「漸近線、重なれ」は。
演劇ユニット「一色洋平×小沢道成」による舞台の第三弾です。
役者さんが演出美術も担当される二人芝居。
脚本は須貝英氏。
音楽はオレノグラフィティ氏。
第一弾と第二弾は配信で拝見していて、そのことはその2でお話ししましたが。
これまでは謎の男性とか近未来とか、ミステリーというかSF要素が強く。
なかなか面白く、また素敵なお話だったのですが。
今回は。
主人公は普通の、むしろ地味な青年で。
彼が引っ越してきたアパートが舞台で。
彼と他者が少しずつ関わりを持ちながら見えてくるもの。
みたいなお話です。
優しく、穏やかで、丁寧で、深く、切なく。
心の底に大切に仕舞っておきたいような。
宝物のような舞台でした。
一色洋平×小沢道成「漸近線、重なれ」
出演 一色洋平 / 小沢道成
脚本 須貝英
演出・美術 小沢道成 / 一色洋平
音楽 オレノグラフィティ
2024年4月1日(月)~2024年4月7日(日)
新宿シアタートップスにて
2024年4月4日に観劇しました。
1 一色さんのこと。
一色洋平さんは「虚構の劇団」(第三舞台の鴻上尚史氏がプロデュースされた劇団です)にゲスト出演されたりしていたので、お名前だけ知っていました。
実力派の役者さんのようですね。最近は2.5次元舞台などでも活躍されているみたいです。
漫画的な激しく難しい殺陣もバッチリ。
身体能力もかなり高い方のようです。
「一色洋平×小沢道成」第一弾と第二弾でも素晴らしい演技と動きを拝見したのですが。
今回の一色さんは。
どちらかというと押し出しの弱い、朴訥な青年という感じの役で。
アパートに引っ越しを決めて、新しい生活に戸惑いながら、ちょっと癖のある住人たちや大家さんと少しずつ関わっていって。
それから故郷の幼馴染とか友人と電話や手紙でやりとりしたり。
物語が進むにつれて主人公の人となりが少しずつ見えてきます。
高校時代、おそらく彼は成績の良い優等生。
真面目で、ピアノが上手。
でも今は、まるで逃げてきたかのように故郷から遠い場所で郵便局員をしている。
それは昔の彼を知っている人が聞いたら驚く仕事のようで。
どうやら彼が学生時代に予想していた、あるいはされていた未来と今は違うらしいことも分かってきます。
心に何か重いものを抱えて、昔の友人たちと関わるのも躊躇う。
友人はいい人たちに見えるのに、彼は関わることに消極的で。
すごく微妙な、複雑な感情を秘めている主人公。
後方が高くなる斜めの壁というか屋根の上のような舞台セットにアパートの窓がついています。
そこから一色さんは上半身を出してお話をすることが多いので、これまでよりも動きが制限されています。
主人公の性格的に、セリフも躊躇いがちであったり、控えめなので。
彼は言葉少なに、その一つ一つに万感の思いを込める。
そんな表現が本当に素晴らしくて。
見ているこちらはただただ切なくなります。
後半。
彼はこんなことを母親に話します。
人から優しくされると申し訳なくなってしまいそれを避けてしまう。そして厳しい言葉ばかり集めてしまう。でも厳しい言葉には耐えられなくて。そんな自分は弱い人間で。
自分が世の中でうまくやっていけないのは自分が弱いせいなのだと自分を責める彼。
溢れそうな思いを堪えながら、一つ一つの言葉を噛み締めるように発する姿が胸に痛いです。
前回お話ししましたが。
一色さんはこの後、夏に「朝日」の舞台に出ています。
こちらは膨大なセリフとかギャグとかパロディとか。
バーチャルアイドル(?)の女の子になりきったり。
「漸近線」とは全く異なる役です。
でもどちらも素晴らしくて。
素敵な役者さんだなあと思いました。
2 小沢さんのこと。
小沢道成さんもものすごく上手な役者さんだと思います。
(なんていうのも烏滸がましいですが。)
初めて拝見したのは虚構の劇団の第14回公演「ピルグリム2019」でした。
作・演出を鴻上尚史氏。昔第三舞台で上演されたものの再演です。
なんだかすごく上手な女優さんがいるなあと思ったら終演後グッズ販売とかもされていて握手までしてくださって。
素敵な女性だなあと思って家に帰って確認したら、小沢道成さんという男性だとわかってびっくりしたのですが。
(女性を演じるのが上手いというより、女性の役者さんとして、お芝居がすごく上手な人って感じだったんですけど。うまく伝わるかなあ。)
「漸近線」では。
なんと彼は、主人公以外の全ての役を演じます。
アパートを紹介する不動産屋さんからアパートの住民、大家のおばあさん、その息子さん、主人公のお母さん。さらに主人公と電話で話をする幼馴染の女性の声、手紙のやり取りをする故郷の友人。全て。
女性も男性も、おばあさんも巧みに演じ分けるのですが、舞台上で即座に役をスイッチできるのもすごくて。笑いを作るのも上手で。
とにかく凄い役者さんです。
大家のお婆さん。
初めの方では可愛いお婆さん人形を操作しながら声だけ演じてたのに、いつの間にか小沢さん自身がお婆さんになっていて。その流れも面白かったです。
でも一番強く印象に残っているのは。
主人公の母親役の演技。
舞台奥にシルエットのように立ち、母親を演じるのですが。
この母の、何かを諦めたような、切り捨てたような、静かに世界に腹を立てているような、そんな話し方が胸に迫りました。
母は祖母と二人暮らし。静かでちょっと寂しい暮らしをしている。それにおそらくあまり裕福ではない。
主人公が子供の頃に弾いた駅のピアノのエピソードに、世の中への怒りとか息子への愛情とかが強く感じられて。
小沢さんの場合、男性が女性を演じるというよりも。
役を演じていたらそれがたまたま女性なのだという感じで。
その「人」の表現というか。
本当に胸に迫る演技でした。
(うまく表現できなくてすみません)
「私を看取って」の言葉の重みとか。
「無理しなくていいよ」の言い方とか。
辛く苦しく、でも愛情が滲むような。
ぜひ、舞台を観ていただけたら。
小沢さんは出演、脚本、演出、美術の全てを担当して一人舞台とか二人舞台とかもされています。
私はそちらを何作か観劇させていただいたのですが、どれも素晴らしくて。
特に好きなのは『夢ぞろぞろ』かな。
小沢さんのお婆さん姿とか女学生が素敵なのはもちろんですが、物語がすごく好きです。
『オーレリアンの兄妹』と『鶴かもしれない2022』は生で観劇できたのですが、こちらも素晴らしかった。
『オーレリアン〜』の、中村中さんとの二人芝居は怖いくらいに衝撃的で。
『鶴〜』の、一人で二人を即座に演じ分ける凄さも。
その2でお話しした『我ら宇宙の塵』はブルーレイで見たのですが、そちらも素晴らしかった。
大好きな役者さんです。
3 須貝さんの脚本のこと。
脚本は須貝英氏です。
「一色洋平×小沢道成」の第一弾からずっと脚本を担当されています。
その2でもお話ししましたが、第一弾、第二弾とどちらも素敵なお話しでした。
その1でお話ししました『デカローグ』の上演台本も担当されています。
そちらは丁寧で無駄のない脚本が素晴らしくて。
さて。今回第三弾。
とても楽しみでしたが。
結果。
これまで観た須貝さんのお話の中で一番好きかも知れません。
物語は穏やかで哀しみがあって。
一色さんのところでもお話ししましたが、主人公の青年は控えめで躊躇いが強く。何か苦しいものを抱えていて人と積極的に関わることをしない人。
遠く離れた故郷にいる幼馴染の女性や友人からアプローチがあっても躊躇うばかり。
その彼の心の動きを丁寧に紡ぐ静かな物語。
幼馴染の女性も素敵な人です。
鬱々とした主人公に「今すぐ飛んでいって抱きしめてあげる。」って言ってくれたりして。
「あなたの素晴らしさをあなたにわからせるにはどうしたらいいのかな?」って彼女は優しく言ってくれるのですが。(素敵なセリフですよね)
主人公はただ「わからない。」と答えます。
人の苦しみはきっとそんなに単純ではなくて、複雑で重くて辛くて。
観終わってわかる題名の「漸近線、重なれ」の意味も。
会場で脚本を購入して家に帰ってから読みました。
胸に染み入るような優しく悲しいセリフがたくさんあって。
(母の庭のことがあったからあのアパートに決めたのかな? とそこで気づきました。)
この脚本。
ト書きの文章もとても素敵でした。
私は脚本に詳しいわけでは有りませんが、ト書きってわりと作家さんによって色々みたいですね。
セリフ以外はほとんど書かず演出にお任せの方もいれば、細かく指示を書き込む方もいるようです。
須貝さんの漸近線のト書きは。
主人公は窓やドアをそっと開けるように躾けられている、とか。イヤホンはなんとなく有線がいいと思っている、とか。
電話で話し終えたセリフの後に、「いつも、いつ終えるのが正しいのか考えてしまう。」と主人公の心情が書かれていたり。
まるで小説のよう
美しく切ない情景も描かれていて、脚本を読むと物語世界のイメージが深まりました。
あとがきの最後に書かれた須貝さんの言葉が印象に残ったので引用します。
4 ユニットのこと。
一色さんと小沢さんはこの舞台の演出と美術も担当しています。
パンフレットでは舞台セットの試行錯誤をされている楽しそうな写真などがのっていました。
脚本の須貝さんもそうですが。
音楽のオレノグラフィティさんも第一弾からずっと一緒です。
音楽も本当に素敵でした。
毎回素晴らしい舞台を作ってくださるユニットです。
第四弾五弾と続けてくださったら嬉しいなあと思っています。
待ってます。
さて。次回は。
2024年観劇感想文その5 心に残った舞台③
『ピローマン The Pillowman』(2024年12月24日公開予定)です。
ただし。
私はまだ、この舞台についてお話しできる自信はありません。