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いざ、壮大な歴史の先へ ~不破 有紀『はじめてのゾンビ生活』を読んで~

 最近、ある人と喋っていた時に出てきた「SNSやショート動画の影響で長いコンテンツに対する集中力が無くなってきている」という話題が深々と胸に刺さった。私も最近は種類によっては10分ほどの動画を倍速にしたり、SNSを横目にテレビ番組を見てたり。ぶっちゃけテレビ付けてる意味なくない? と思わなくもないのでこの癖はできる限り辞めるようにしないとと常々思っております。

 それでも読書は、たとえ長編でもまだ集中して読めている方なのかなとふと考えた。読書はどうしても"ながら"ができない訳だし。そう考えると少し前に読んだ『はじめてのゾンビ生活』が勢いよく読めたのは短いコンテンツが主流の風潮とかみ合ってるのではないのかなとふと思ったのだ。初出が公式のサイト掲載だからというのもあるかもしれないが。

 形式もそうなのだが内容に関しても良い意味でぶっ飛んだ作品な本作。このスタイルで刊行まで持って行った製作陣には賞賛を贈る他ない。


あらすじ

 2150年、日本政府は"ゾンビ"を公認した。当初は謎の感染症だったゾンビ化も時代の変化につれて分かってくることも増えて段々と受け入れられるようになってきた。普通の人間にはできないこともできたりする。

 これはゾンビの存在が明らかになってから人間が滅亡するまでのおおよそ千年間に渡る新人類ゾンビ旧人類にんげんの壮大な歴史のお話だ。

詳細と注目ポイント

最近のゾンビってすごい

 昔の昔、本当に昔の頃に見たゾンビってゾンビ噛まれたらゾンビになるって要素が無かった(たまたまゾンビを知ったのがそういうパターンだった可能性もある)ような気がするからずっと「なんで増殖するんだ?」って疑問に感じたことがある。今ではもうすっかり増える方が馴染み深いです。

 そんなゾンビものの1作でもある本作でも、ゾンビが増えるのはお手の物。しかし本作では噛むのじゃなくて謎の感染症で増えていく。というか人間を襲ってこない、理性的だ。見た目や嗜好がやや変わったり体力や知能が高まったり生殖機能が無くなったりするが体臭や見た目に気を付ければ普通の人間と大差ない。むしろ宇宙はゾンビの本領発揮が如く(詳しくは後述)。なんかもう色んな意味で強すぎる。

 時間軸の広さもあってか、特に中盤になってくると体裁や常識も整ってきて人間のように暮らすゾンビ達。しかし新鮮なものよりも腐った食べ物が食卓に並んだりと所々ポロリと挟まるゾンビらしさが笑いを誘いに来る。

物語は地球に留まらない

 リアルタッチな表紙から一転してファンシー(?)なカラーイラストを経てシンプルさを突き詰めたかのような目次。本文が始まる前だけでもかなりリアクションポイントが多いと思われる本作だが、本文に進む前にもう1つ注目していただきたい場所がある。目次の真ん中やや左寄りのライン。連作短編形式を取るこの作品を大きく4分割するものがある。即ち「地球篇」「月面基地篇」「火星航路篇」そして「新世界篇」。

 ラストパートである「新世界篇」についてはひとまず置いておくとして、本作では起点となる出来事が起きたのが作品が刊行された時代よりも100年以上後ということもあって宇宙進出が進んでいる。寧ろゾンビの登場によって進んでいる。まだゾンビが一般的じゃなかった時代に社会からあぶれたゾンビ達が月に労働に……なんて話もある。時の流れと共に開拓されていく様子もかなり細かい。基準があいまいなので断定はしにくいがSFといっても差し障りがないと思われるほどに。

千年の時を渡り歩く

 さっきの部分でも少し触れたがこの作品は連作短編の形式になっている。幕間を含めてその数53。因みに時系列はバラバラだ。手探りな状況な前期、常識が順応してくる中期、そして退廃的な後期といった具合に雰囲気の違うエピソードがまるで無作為に詰め込まれたかのように並んでいる。しかし別の話に出てきた人物がふと再登場したり繋がってくる部分も多く、不思議と読みやすい。いざという時はどこの話に出てきたのか注釈も添えられる。1つのエピソードが短いから戻って該当部分を探すのも容易だ。特に本編読み始めての2つのエピソードは世界観の導入と共に真実を突き付けるスタイルは実に巧妙だ。おかげで触りだけ読むつもりが最後まで読み切ってしまった。

 個人的には滅亡が近づいてくる時代の話はしんどいけれどもそこが儚く美しく1つ1つが妙に印象に残る。勿論それよりも前の時代のどこか滑稽さもあるエピソードも面白い。

 本作では人と人の繋がりを示すようなエピソードが中心に切り取られてる。だがそれと同時にそこ以外の場所では決して美しいだけではなかったかもしれないことも読み取れる。そういった所を含めても人の優しさにより紡がれていくのはやはり美しい。あったものにしろこれから起こるものにしろ歴史という本質を思い出したような気がした。

さいごに

 もしもネアンデルタール人を始めとしたホモサピエンス以外の人類も生き残った状態で社会が構築されていたら、或いは技術の果てに進化した人類が生まれた時、異なる種族の人間はどのように過ごしていくのかということに思いを馳せながらよんだ1作だった(ゾンビ関係ないじゃん)。そんなことを考えてしまうほどに、この作品は「人類の歴史」という言葉がしっくりきてしまう。それほどまでに千年という時は壮大なのだ。

 この歴史の穴を埋める話でも、もっと別の出来事が起きた世界の話でも、この作者の新たな物語が読んでみたい。そう思わせるほどに奇抜で強い魅力を持つ世界だった。

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