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汗と"笑い"の青春劇 ~新田 漣『君と笑顔が見たいだけ』を読んで~

 青春をジャンルに掲げる作品の中には「何か」に熱中する少年少女が描かれるケースが少なくない。王道で行けばスポーツの類だったり。だがこの「何か」には様々なものが当てはまる可能性がある。

 そんな中で私の目を惹いたのが『君と笑顔が見たいだけ』だ。実はこの作品、主人公達が漫才コンビを結成する話だという。漫才をはじめ、お笑い系の番組や大会の規模と注目度はさることながら、実は私も一時期お笑い系のテレビ番組をよく見てた時期があった。そういう事もあってこの作品を知った時、珍しさと同時に懐かしさを感じてしまった。

 という訳で、今回は色々と衝撃だったお笑い青春ものを紹介しよう。ただのお笑いものではない。お笑いに力を注ぐ青春の物語を。


あらすじ

 瀬音せおとしずくは笑わないことで校内で有名な高校1年生。そんな彼女に恋する同学年の市井晴比古いちいはるひこは彼女の笑顔を見たいが故に入学当初から体を張ったアプローチを続けていた。例え噂が広がり他の女子から冷たい目で見られてもお構いなし。

 そんな晴比古の噂を聞いてやってきたのは先輩、中屋敷結羅なかやしきゆうら。彼女もまた奇行をすることで有名な生徒。しかしそれは彼女の一面に過ぎない。彼女はアマチュア芸人として活動する中で様々なスタイルのお笑いをすることを夢としていた。そこで、結羅は晴比古のツッコミ力を見込んで漫才コンビの結成を打診してきたのだった。

詳細と注目ポイント

笑わせるってどういうこと?

 それでは紹介に移りましょう。今回まず初めに着目するのは、ズバリ漫才パートだ。最後に回してもいいかなと思ったけど折角の全面的なテーマなので王道に最初に持って来た次第だ。

 漫才を始めとしてお笑いがテーマとなっていることもあって、作中のネタはほどよいテンポ感もありつつ、1つのストーリーとしての読みごたえもある。お笑いと聞くと矢張り音声と映像を中心として楽しむことが多いから文章を追いながら笑うのはあまり経験したことが無い感覚だった。それでいて言い回しが実際の漫才らしくて、脳内ではセリフ回しというよりも漫才を聞いているような雰囲気の声で脳内再生ができてしまう。

 また、この作品ではお笑いをする側に焦点が当たっているため、ネタを作る過程やどうやって笑いを生み出すのかについての記述もあるのが興味深く感じた。そういうプロセスを踏まえてギャグシーンを読んで考えてみたりするのも、いつの間にか新たな楽しみの1つになってしまったほど私にとって盲点だった考え方なのかもしれない。

 もちろん、日常の突如自然発生するボケツッコミの遣り取りもクスッと笑えるのでお見逃しなく。

コンビも良し! だけど更に……

 これは個人的に意外だったのは思っていた以上に沢山のキャラクターに焦点が当たっていたことだった。漫才コンビを組む話だから完全にその2人の関係性がメインになってくるのかと勘違いしていたのだった。コンビの関係性については後程改めて書くとして、次は周囲のキャラについても触れていこう。

 まず真っ先に衝撃だったのは、晴比古が好きな人とコンビを組む相方が別の人だったのだ。これは本当にびっくりした。でも個人としては男女の恋も恋愛の絡まない男女バディも好きなので1度で2度美味しく感じた。また片思い相手のしずくについても、二つ名(?)に相応しいミステリアスっぷりを見せつけてくるので彼女にも目が離せない。

 また、他に登場するキャラクターもチョイ役かと思いきやその予想を上回る出番の多さや行動原理で印象深いことも多い。コンビものでありながらも周囲のキャラにも目が離せない。読む際には是非注目していただきたい。

プロを目指すのも、青春するのも

 芸人として高みを目指す、高校生として青春を謳歌する。プロの世界に足を踏み入れながらも青春することはフィクションの世界では何も珍しいことでは無い。ただ、この作品では両者の両立というよりかは両者の交錯と表現する方が相応しいのかもしれない。

 漫才コンビとしての世界を知る場面で現実を知る事もありながらも校内での人間関係にも目が離せない。特にコンビの関係性では本気でありつつもその距離感の変化には納得せざるを得ない。そういった秘密が紐解かれていく転換のポイントに入る度に心打たれてしまう。

さいごに

 笑うということはどういう事なのか。そういうものかと受け入れてたけどその奥には何が潜んでいるのか。笑うを書くと共に人間のパーソナリティーについても興味深いシーンが多い印象の作品だった。思った以上に普段とは違う視点で物語を楽しめたのかもしれない。

 今回は内容を整理した結果少し難しく考えてしまった。だがこの作品は、お笑いをテーマとした物語としても、青春をテーマとした物語としても楽しめるため、どちらかの要素にピンときた方には気楽に手に取っていただきたい。

 余談になるが、久々にお笑い見もたくなってきた。この作品で知った笑いのポイントを踏まえたらそちらの方でも新しい発見ができそうだ。

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