闇鍋本格ミステリの"ミステリ"が凄い 〜青崎 有吾『アンデッドガール・マーダーファルス』を読んで〜
近年ライト文芸ではミステリ作品の刊行が目立っている。その中で活躍する探偵達はミクロな分野の知識のみを用いて活躍する。探偵像は私達が幼い頃にイメージしたものから少し遠ざかり、現実に近い世界観で物語が展開されている。『アンデッドガール・マーダーファルス』もまたライト文芸レーベルから刊行されているミステリシリーズだ。しかしながら、いくつかの王道要素を踏まえながらも他作品では味わえないような独自の雰囲気を持っている。その異質さを一言で言い表すならば、3巻目の帯にて称された「闇鍋本格ミステリ」が最もだろう。今回はそんな『アンファル』の中で個人的に魅力に感じたことについて記録していきたい。
あらすじ
19末世紀ヨーロッパでは近代化が進む中、吸血鬼や人造人間などの異形が存在していた。人の形をしながらも人とは違う特性を持つ彼らに関わる事件を専門に扱う鳥籠使いと呼ばれる探偵がいた。本名は輪堂鴉夜。彼女は奪われたあるものを取り返すために同行者と共に日本からヨーロッパ各国を渡り歩いている。
詳細と好きなポイント
話の内容をざっくりとまとめてみるとこんな感じだろうか。鴉夜については少しもったいぶった書き方をしてしまったかもしれない。すでにアニメのPVを見ている方には申し訳ないが、原作にはこれに関わるちょっとした叙述トリックが仕組まれているので、このシリーズについて何も知らない方はぜひ楽しみの一つとしてほしい。
ここからはなるべくネタバレをしないようにしながらこのシリーズの個人的な魅力について書いていきたい。
ミステリのトリックが巧妙
何をおいてもまずはこれについて語らねばなるまい。あらすじでも述べた通り『アンファル』では異形に関わる事件が取り扱われる。私はその事を知った時ミステリというよりはファンタジーやバトル要素がメインでミステリはおまけなのだろうと考えていた。「ノックスの十戒」や「ヴァン・ダインの二十則」で超常的なものを用いらない方が良いという文言があったのをうっすらと記憶していたからだ。しかしながら『アンファル』ではそれぞれの異形の特徴をなるべくシンプルに明言されているため、追加ルールほどの気持ちで捉えることができる。また、事件自体も全体的にはシンプルでそこに異形の要素が付け加えられる形となるため、トリックまで理解がしやすくなっている。この構造のシンプルさがあるからこそ、以下に挙げるような要素があってもミステリと調和し、引き立てあっているような気がする。
欲張りクロスオーバーな登場人物群
やはり『アンファル』の醍醐味としてこれを挙げないわけにはいかない。ホームズ・ルパン・切り裂きジャック……詳細は知らずともどこかで名前を聞いたキャラクターが1つの物語に集結している。まさに人気作品のクロスオーバーだ。特にホームズが会ったばかりの人の素性を推理するシーンは原作を彷彿とさせ、本人そのものが登場しているかのように錯覚させる。
さらに凄いのは『アンファル』独自の人物が他の物語の中心にいる彼らの中に埋没しないどころか強烈な個性を放っている。
例えば鴉夜の弟子を名乗る真打津軽。彼は落語風の口調でしゃべる。それどころか話の途中に言葉遊びを挟み、しまいには他人の前で落語の一幕をやりはじめる。だが、言葉遊びは日本語基準で落語に至っては日本語で行っていたりする。周りにいるのは日本語を知らない外国人ばかりなので当然の如く受けが悪い。このおかげもあってか、異邦人或いは彼自身の異質さがより引き立っている。
テーマに合わせた作風の変化
ここについては少し言葉で表現するのが難しく、違ったニュアンスになっているかもしれない。同じ事件とはいっても巻ごとに内容が違ってくるため、同じ作風で纏めるのではなく、1巻1巻雰囲気を変えているのだ。例えば1巻目だと準備体操の意味合いも兼ねてか推理が丁寧に論理立てながら行われる。一方でルパンが出てくる2巻目では探偵VS怪盗によるリアルタイムの騙しあいになる。こうした元ネタに合わせた作風に演出するのも個人的には魅力の1つだと考える。
最後に
現在の流行作と比べると目立ってはないのだが、作風の独特さやストーリー構成はそれらに一切引けを取らない。1度読めば虜になってしまうだろう。バトルシーンも豊富だが、個人的にはミステリの良さに強く惹かれた。もっと刺激的なミステリを味わいたい人にはぜひとも読んでほしい。
また、『アンファル』はメディアミックスもされていて、コミカライズの他にも2023年7月からはアニメが放送される。これらを通して『アンファル』の魅力に取りつかれる人が増えることを願っている。
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