見出し画像

これが最後の夏休み ~野宮 有『どうせ、この夏は終わる』を読んで~

 8月に入り子供たちはすっかりと夏休み。ラジオ体操や夏祭りといった夏特有のイベントもそろそろ顔を出してきた。夏休みは創作作品においても重要なイベントであろう。長い間授業の無い自由な時間、夏祭りでのデート、次元は違えど楽しみがやまないのは確かだ。

 中には夏を通過点にせずにこの季節の中で完結してしまう物語もある。今回紹介する『どうせ、この夏は終わる』もタイトルの通り、夏の間のお話となっている。実はこの作品、刊行は2023年の12月(捕捉:書き下ろしではなく電撃ノベコミ+の掲載作品)で、私が読んだのも2024年の2月とメタ的な話をすると冬のイメージが強い。だが、折角夏の物語なのだから紹介は季節に合わせようと決めて、約半年越しの紹介である。それでは、今一度エアコンが効いた部屋の中で夏の世界を反芻していこう。

あらすじ

 「3年後、直径1.2kmの小惑星が地球に衝突し、人類は滅亡する」そう全世界同時中継で発表されてから2年ほど経った。発表された時こそは世界中のあちこちでパニックが起こったが、それも小惑星衝突まで1年を切った今だと落ち着きを取り戻している。

 世界規模で小惑星の軌道を逸らして衝突を避ける計画も進んでいるらしい。この冬には実行予定だとか。だがこの話の主題はそこじゃない。これは、日本のいち都市に住む高校生達が過ごす、人類最後"かもしれない"夏の物語である。

詳細と注目ポイント

そろそろ地球が終わるようですが、

 人類が滅亡する! ヤバいぞ! 何とかしなきゃ! というのがこの手の世界観の王道のようにも思えるが、本作ではまだ行く末が確定していない中で流れる日常を取り扱っている。もちろん、人類は滅亡のために抗おうとはしているが、世界観はファンタジーよりも現実に寄っているため、ただの高校生は世界を背負ったりもしない。その代わりに、それぞれが最後の夏を過ごすのだ。

 パニックも落ち着きを見せて、日常が流れているとは言っても滅亡の危機から脱したわけでもないし、パニックの影響が残り続けていることも珍しくはない。そうした変わってしまった日常、それが物語の鍵となることも少なくない。そのどれもが辛く心にのしかかってきたのは印象深かった。

 また、世界と世間の事情だけではなく、終わり行くであろう世界を目の前にしてどのように向き合っていくのか。そういった心の動きにも目が離せない。

1周まわってノスタルジック

 本作の世界観は上記の通りであるが、物語に登場する高校生達の生活に関してはもう少し興味深いギミックも確認できる。この物語の中では何と混乱を防ぐためにインターネットがマトモに機能していないのだ。因みに会話の端々に出てくる単語から推察するに、作中の年代はリアルタイムに近いと考えられる。

 現代では重大なライフラインとなったインターネット及びそこから派生した文化。いち早くそれらを取り入れることも多々あるが、本作では敢えて使われない。突如として消え失せたインターネットは人類滅亡のカウントダウンと相まって退廃さを殊更強調しているようにも見える。

 また、こういった設定故なのか、現代っぽさを残しながらもどこか懐かしい雰囲気を味わうことができたのも印象深かった。

私とあなたの青春の夏

 ここからはストーリーについても触れていく。この物語は同じ世界観で起こる5つの物語をまとめた本、所謂連作短編形となっている。どれも退廃的ながら青春を全うしていて、読んでいて楽しい。勿論、全てが同じ雰囲気という訳ではなく、どの短編にもそこにしか無いような個性がある。これぞ青春でありどれも青春。これも連作短編ならではの醍醐味だ。

 世界観が同じとはいっても、話が独立しているなら登場人物が多くなってややこしくなるかもしれないと思った方もいる事であろう。基本的には1つの短編につき2人の人物とその関係性に焦点が絞られている。

 また、だからと言って全ての話が完全に独立している訳でもない。中心となる人物が違うとしても、それぞれが1つの物語として結実していながらも全体を通して読むと『どうせ、この夏は終わる』という1つの作品になる。まさしく王道の連作短編形式だ。

 また、短編同士の繋がりと言えば、この作品は夏休みながらも高校生達が学校にいる描写がとても多い。普通に考えると部活なんだろうと思われるが、この作品の舞台と世界観による事情も影響しているのが個人的に面白い設定だと感じた。

さいごに

 人類滅亡が迫りながらも、どこか普段のような、それでいて唯一無二の青春劇達が繰り広げられる。世界観の噛みあいもさることながら、王道の連作短編形式でもあり、それの良さを十分に堪能することができる作品だった。最後はどのように纏めていくのかにワクワクし、そしてまとめ方はそう来るかと思わせながらもとても納得のいく締め方だった。

 世界が終ろうとしていても青春の眩しさは失われない。どこか懐かしさを感じるような、それでいて目新しい。今一度、切なくもアツさを感じさせられるこの夏に丁度いい1冊なのではないのだろうか。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?