第1話 足音
昼と呼ぶには遅く、夕方というには日が落ちてないくらいの時間、この折り畳み式のベッドから重たい体を起こしながら「あぁ、また飲みすぎたのか」とぼんやりした頭で認識する。
最近、こんな日が続いている。
別に無職とかフリーターというわけではない。
この業界、昼夜逆転がデフォルトでついてくるのは仕方ないと。というかそもそも昼夜逆転が俺の体に合っている。
大学を中退してなんとなく始めたバーでのバイトがすごく性に合っていた。適当におっさんたちの仕事の愚痴を聞きながら適当に酒を作っては出して、時々一緒に飲んで。
「気が付いたら自分で店まで構えちまってたんだよなぁ。」
当時のバーのマスターが他のエリアに二号店を出すからやってみねぇ?って言ってきたから「そんな気さらさらないっす」って言ったんだが「やること今と変わんねぇよ?」と言う返事だったので「じゃあまぁ給料も上がるならやるかぁ」位の感じで店を任されることになった。
確かにやることは全く変わらなかった。
それまで曜日によって「店で酒を作りながら飲む」のか、「どこかで酒飲んでいる」かの割合が半々くらいだったのが若干酒を作る割合が増えただけだ。
この店を始めてからもう5年になるが昨年のちょうど今頃から客足も増えて常連もたくさんついた。
それに合わせてバイトも一人雇っていたがこいつがなかなか筋が良い。
バーを盛り上げるのに必要なことは良い酒を作れることじゃない。立地と接客だ。
接客がとにかく素晴らしかった。
バーに来る客達のほとんどは「自分は酒を飲みに来ている」と思っているみたいだが俺はそうは思わない。
自分の、もしくは自分たちだけの時間を作りに来ている。
酒を飲みたいなら居酒屋でもなんなら自宅でもいい。そうじゃなくてバーに来るってのはそういうことだ。
バイトはそのポイントをものすごく理解している。
さらに客の時間を邪魔することなく、しかも話しかけられたら7割相槌、3割会話位のペースで相手している。
確か23歳くらいだったと思うがこれが出来る奴はなかなかいない。
おかげでここ半年くらいは俺が店に顔を出す頻度は一週間に1回から2回になっちまった。
「店長、実は自分、就職が決まりまして。ぼちぼちここを辞めようと思います。」
先月、そんなことを言い出して昨日がバイトの最終日だったから今日からまたしばらくは俺がまた店に出続けることになりそうだ。
「まぁ結局、店で酒飲むか、よそで酒飲むかの違いか」
シャワーを浴びて、コンビニの弁当を適当に食べて、適当に歯を磨いて。
外はもうすぐ冬を迎える為なのか暖かい夕日の中で冷たい風を吹き始めていた。
店に到着して支度準備をしてぼちぼち客が来始める時間になる。
カウンターでぼーっとスマホを見ていたが何かおかしい。
そろそろ客が数人来ていてもいいはずだ。
今日は金曜日だ。普段ならこの時間帯だと少なくても3~4人、多いと10人以上来ている時間帯だ。
なんとなく変だなと思いながらその日は朝までぼちぼちとしか客が来なかった。
バイトがいなくなるだけでここまで減るか?
もちろんバイトのファンもいただろう。
でもそいつらはじゃあどこに行った?
「おかしい」が「やられた」に変わったのはそれがちょうど一週間続いた後だった。