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「桃井かおり」になりたくて ~おデブ女子高生のまんじゅうダイエット~
「私は太っているのだ」
そう気づいた(というか気づかされた)のは中学に入って間もない頃だった。入学直後によその小学校から来たシラオ君が、初対面で私の全身をジロッと見て、
「丸大根みたい」
とニヤリ。若い方にはわからないかもしれないが、丸大根とはカブラのような丸く短い大根のこと。早い話が、お前はデブだという訳である。
この私がデブ??
まさかまさか。
父親はガリガリに痩せているし、兄は野球部で鍛えたスリムマッチョだし。それに当時の私は自分のことを「薄幸の美少女」だと密かに思っていた。少女雑誌で「余命わずかの幸薄い美少女」がヒロインのマンガを読み、すっかりヒロインと自分を重ね合わせていたのだ。病気で痩せた細い肩。残された日々を日記に綴る細い指。何もかもが華奢ではかなげ。美人薄命って聞いたけど、きっと私もこうなるのね。
美人なんて一言も言われたことはないのに、ヒロインになりきるうちに私まで美人って思い込むようになってしまったおめでたい私。若気の至りとはいえ恐ろしい。
とまあ、悲劇のヒロインに酔いしれていたところに、まさかの「丸大根」である。
しかしその時、衝撃の事実を思い出した。
私には母がいたことを。
ガリガリの父を吹き飛ばすような巨体の母。70キロは軽く超えていただろう。水色の服を着たらまさにドラエもん。家の廊下を歩くと床が抜けるのではないかと思うほど大きな音を立て、笑い声まで「がっはっはー!」と大音響でご近所まで響き渡る。貫禄たっぷりでネアカな母は近所の人から「おっかさん」と親しまれ、頼りにされていた。
もしかしたら私は母に似てしまったのだろうか?
母を思い出したとたん「華奢な薄幸の美少女」のセルフイメージは一瞬にして崩れ落ち、リアルな未来像が見えてしまった。そして悲しいかなそれが現実になってしまうなんて。それも、たった3年後に。
3年後。
私は高校2年生で、演劇部に入っていた。体のどこを切っても真ん丸にスライスされるのではないかと思うほど、丸大根は豊かに育っていった。演劇部でヒロインをやりたくてもまず体型がアウト。あてがわれるのはヒロインの母親か、ヒロインから金をむしりとる強欲ババアといった脇役。ヒロインになるのはたいていスリムで小顔の可愛い女の子だった。ああ私も一度でいいからヒロインをやってみたい。
でもただの可愛いヒロインじゃイヤ。私が目指すのは「桃井かおり」なのよ!
当時アンニュイな魅力で大人気だった桃井かおり。今は映画監督もこなす映画界の重鎮らしいが、20代の彼女は個性派女優として頭角を現し、飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍していた。
男に媚びない自立したオトナの女。そんな彼女にどんなに憧れたことだろう。出演するテレビや映画を見まくり、女性雑誌などで写真を集め、喋り方やしぐさ、彼女の定番スタイルだったボブヘアまで真似をした。桃井かおりだからボブだが、私がやるとただのオカッパ。おデブのワカメちゃんである。しかし私は桃井かおりになりきり、ひたすら「かおり道」を貫いていた。
そんな矢先、ある映画雑誌で「キャスト募集」の記事を見つけた。
夏休みのことである。
当時若い世代に人気があった映画監督の新作で、「ヒロインの友達の女子高生役を一般募集します」と書いてある。
「これだ!」
記事を読んだとたん、いっきに心に火がついた。ヒロインじゃないけど重要な役みたいだし、何たって映画デビューだよ?女優だよ、女優!このワタシがアクトレスよ?
いやいやちょっと待て。
応募要項を見て私は冷静になった。「第一審査のため、顔のアップと全身の写真を同封してください」とある。ということは・・
「痩せなきゃダメじゃん!
せめてあと5キロは落とさないとアクトレスは無理っしょ?」
と桃井かおり風に言ってみた。これに受かれば、いずれは私も彼女みたいな女優になれるかも!いっきに興奮が高まった。
しかし締め切りまであと10日しかない。急がねば!
四の五の言わず、その日からさっそくダイエットを実行。「目指せ一週間で五キロ!」である。
とは言っても時は1970年代後半。ダイエット情報は今ほど出回っておらず、短期間で痩せる方法がわからない。当時王道だったのはカロリー計算法で、確実に痩せられるが時間がかかると知り、即諦めて独自の方法でいくことにした。
それは
「一日にまんじゅう一個作戦」。
一日にまんじゅう一個しか食べないという、断食に近い作戦である。何も食べずに一週間は身が持たないので、まんじゅう一個だけ許してやろうと自分に許可を出した。朝食、昼食は我慢して水だけでしのぎ、夕方になるとスーパーでまんじゅうを一個買い、夕食に食べる。いつもは食欲旺盛な育ちざかりの娘が食事を一切取らないのを見て、
「どうしたの?具合でも悪いの?」
と母は心配したが、
「暑いから食欲なくて」
とごまかした。映画のオーディションに応募することはまだ内緒にしていたからだ。普通に結婚して家庭を持つというカタギな人生を望んでいた親に、とてもじゃないが女優になりたいとは言えなかった。
「合格したら言えばいいや。反対されそうだけど、桃井かおりも最初は親に反対されたらしいし。女優ならみんな通る道なのね」
またまた桃井かおりを気取り、アンニュイに語るアホな私。すっかり合格を信じているのだから何てポジティブなんだろう。この根拠のない自信が人生には大事なんだよと、また違う機会に熱く語りたい。
はてさて、ダイエットに話を戻そう。
最初の日から3日目ぐらいまでは何とか空腹を我慢できた。夕方まで我慢すればまんじゅうが食べられる!そう思うと「意外と平気♪」と乗り切れたが、4日目からが難関だった。空腹すぎて体に力が入らない。フラフラで身動きがままならぬのだ。
「ああ・・親子丼が食べたい・・」
「分厚いトンカツで白ご飯をどんぶりいっぱい食べたい・・」
「焼きそばの大盛りとラーメンライスをお願いします」
と、頭の中は食べる妄想でいっぱい。クーラーが効かない暑い部屋でほとんど思考停止状態。夕方に食べるまんじゅうも、一気にガツガツ食べずにゆっくり味わうように食べる。あんこを一粒一粒噛みしめながら。
そんな私を励まし、支えてくれたのは桃井かおりだった。彼女の写真を見ながら、
「これを耐えれば桃井かおりになれる」
そう思うことで、何とか予定の一週間を耐え抜いた。
そして一週間後の朝、フラフラになりながら体重計に乗ると・・
な、なんと!5.5キロも減っているではないか!わずかではあるが目標の5キロを超えている。
「ヤッター!これで私も女優になれる!」
フラフラだった私はいっきに元気が湧き、シャワーを浴びて髪を整え、よそ行きの服でおめかしをした。鏡を見ながら桃井かおりっぽい表情を作り、「よっしゃー!」とガッツポーズ。たまたま家にいた兄に頼み、庭で写真を撮ってもらった。
「アップと全身でヨロシク!」
いったい何に使うのか一切興味のない兄は、面倒くさそうに写真を撮ると、サッと消えてしまった。いいのいいの。いずれ映画デビューしてびっくりさせてあげるから。大女優を妹に持ってお兄ちゃんも幸せね。
すっかり頭がお花畑の私はすぐに写真屋さんに行き写真を現像。仕上がった写真を見ると、「ちょっとぽっちゃり系ではあるが、桃井かおり系のアンニュイな女子高生」に見えないこともない。
「やったね!」
ニタニタしながら応募用紙と写真を封筒に入れ、大急ぎで郵便局へ。なんとか締切日に間に合うよう、速達で送ってもらった。
発表は一か月後。応募者全員に審査結果が郵送で送られてくるという。
この一か月と言ったら、私は毎日「これからの女優人生」について思いを巡らせた。しかも桃井かおりになりきって。
有名監督からオファーを受け、次々と主演作に出演。その都度記者会見をし、メディア記者から抱負を聞かれる。
時には
「俳優の〇〇さんとの恋の噂がありますが、本当のところはどうなんでしょうか?」
と聞かれ、けだるそうに髪をかきあげ、余裕たっぷりな微笑でこう語る。
「恋と年齢を女に聞くのはタブーよ」
そんな場面まで想定し、部屋で鏡を前に練習する私。勉強もせずにそんなことばかりしてるなんて想像もせず、
「たまには外に出て運動でもしなさいよ」
などと勉強疲れを心配する母に、心の中でペロッと舌を出した。
「お母さんごめんね。いつか大女優になって大きな家を建ててあげるから♪」
前からアホな娘だと思っていたけど、ここまでだとは母も思っていなかっただろう。アホにつける薬はないようで、私はますますアホな妄想を繰り返すのだった。
そして一か月が経ち。
学校から帰ると、
「郵便が来てたよ」
と母がのんきそうに言いながら夕食を作っている。食卓に目をやると、私宛の白い封筒が一通。
「もしかしてもしかして!!」
はやる思いを抑えきれず、封筒を胸に、急いで部屋に飛び込んだ。
差出人は映画会社。
「キター!!!!」
もう嬉しくて笑いが止まらない。やっと来ましたね!女優人生への招待状が!
急いで封を開けると、ペラペラの白い便箋が一枚だけ入っている。
ん?
なんだこのチープ感は。
招待状にしてはお粗末すぎない?
戸惑いながら便箋を開けてみると・・
「この度はご応募いただきありがとうございました。
残念ながら今回は第一次審査不合格となりましたのでお知らせいたします」
・・・・・・・
「不合格となりましたのでお知らせいたします」
・・・・・・・
「不合格」
・・・・・・・
「なんだとー????」
ワナワナと震えながら何度も読み返した。
あんなに苦労して5.5キロも痩せたのに!
桃井かおりになりきってたのに!
女優人生をビジョンしてたのに!!!
親に家を買ってあげる約束までしたのに!(心の中でだけど)
頭が真っ白で何も考えられない。もう合格すると信じ込んでいたからだ。まさか第一次審査で落とされるとは!写真審査、つまり、外見で落とされたワケだ。痩せ方が足りなかったから?胸がないから?足が太いから?美人じゃないから?でも個性派女優と思えば顔なんて関係ないし!そんな女優いっぱいいるし!しばらくショックでベッドにうずくまっていたが、だんだん腹が立ってきて、壁に向かって思い切りわめいた。
「ああムカつくー!私の貴重な夏休みを返せー!」
するとすっきりして、猛然とお腹が空いて来た。
まんじゅうダイエットの後、「合格したら女優人生」と思い込んでいた私はまだ食べるのを控えていた。リバウンドしては撮影に支障を来たす。丸大根な顔がアップになるのは恥ずかしい。そんな乙女心が食欲をセーブしていたのだ。
「コンチクショー!もう食べてやる!!」
私は火がついたように夕食をドカ食いし、食後のおやつを口に放り込んだ。無理なダイエットで体が飢餓状態だったのだろう。毎日食べて食べて食べまくり、数日立つと近所のおばさんに、
「太ったんじゃない?
と言われるようになった。ギョッとして恐る恐る体重計に乗ってみると、なんと5キロのリバウンド。あんなに苦労して痩せたのがいっきにパー。
「こんなに苦しいのなら、もう女優なんてやめた!」
思い込みが激しいが諦めも早い私はあっさりと女優人生の夢を捨て、桃井かおりへの執着も無くなっていった。演劇部でヒロインを演じることもあきらめ、「もういいや、ババア役で」と開き直るようになった。おかしなもので、そう思ったとたん演技に身が入るようになり、
「あの婆さん役良かったよ」
と褒められることが増え、お芝居がますます楽しくなっていった。
「桃井かおりは諦めて丸大根でいこう。丸大根には丸大根にしかできない役がある」
そんな悟りのような境地になり、私は丸大根ならではの魅力を磨くことに専念した。おかげで演劇部の仲間とますます楽しい演劇活動を重ね、思い出深い高校時代を過ごすことができた。
桃井かおりにはなれなかったけど、思い出すだけで笑っちゃうダイエットの思い出と、オーディションに落ちたことで
「私は私でいいんだ」
と思えたこと。高2の夏休みに、私はそんな素敵なプレゼントを受け取った。
私はその後も思い込みの激しさとたくましい想像力のおかげで、波乱万丈なアホな人生を送ることになる。時にはアホな自分が情けなくなるけれど、何かやらかすたびに笑っちゃうような思い出の引き出しが増えて行く。きっと死ぬ前にはその引き出しを見てはクスクス笑うんだろうな。
「アホでよかった」
心底そう思いながら。
それが何年後か、何十年後かわからないけれど、私はこれからもアホな私でいよう。
もっと引き出しを増やすために。
それを見て笑って死ねるように。
そんな引き出しの中から、いろいろと書いていきたいと思う。