急に降りてきた育児論②
の続きになります。
そんなある日、子どもが幼稚園に行けないという出来事が起こりました。
私がどう頑張ってもその状況が変わることはなく・・
結局幼稚園には通いはしましたが親子で辛い経験となりました(;_;)
(またいつか書きたいと思いますが本当にこの時は自分攻めをして苦しかったです(;^ω^))
その後小学校へ行ってもその出来事を引きずって気を使いながら見守っていましたが、ある時担任の先生がとっても寛容な方で苦手なものを無理に克服させるんじゃなくて「いーよ。そのままで。」というやり方で子ども達から人気の先生に持たれることになりました。
そこから毎日学校が楽しくて仕方ないという感じで無事に卒業することができました。(本当に先生には感謝しきれない!)
で、結局言いたいことは
適当な方が子どもは安心して本当の力が出せるということ。
自然と自分で克服しようとしていく姿が見れました。
努力努力の昭和世代にはこれを府に落とすにはこういう実体験がないと受け入れることができなかったんじゃないか?と今では思います。
そんな心配だった子にはいまだに勉強や部活の事であれこれ心配することはありますが、ある程度適当でいいよと。
そんな言葉を掛けられるようになっていました。
そして題名の降りてきた子育て論。(やっと!)
今朝またあれこれ子どもの心配をしていたのですが
適当にさせた事を少し後悔していたところ
ふとこんな言葉が降りてきたんです。
「子どもがこの世界で楽に楽しく生きていけるように自分の背中を見せるんだよ」
「親が楽しんでないと子どもは真似できないでしょ」
③につづく
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