【舞台レビュー】母と暮せば(2024年)
今年(2024年)の夏は本当に暑いですね。温暖化の影響を感じざるを得ません。
そして海の向こうの争いごとに
一層、胸騒ぎを感じる夏になりました。
8月4日
沖縄県糸満市にある「シャボン玉石けんくくる糸満(大ホール)」にて
舞台「母と暮せば」を観劇しました。
終戦から3年後の1948年の長崎。
原爆で亡くなった息子が母親のもとに幽霊となって現れる物語。
母の背中を柔らかく愛おしく見つめる
息子の瞳には人間の尊さが映っていました。
〈「母と暮らせば」の背景〉
「母と暮らせば」は2010年に亡くなった作家・井上ひさしさんの戯曲「父と暮らせば」の対の作品として
井上さんが残したメモをもとに山田洋次監督が2015年に松竹創立120周年記念作品として映画化、
母役の吉永小百合さん、息子役の二宮和也さんのキャスティングで上映される多くの賞を受賞するなど大きな話題になりました。
2018年に山田洋次監督監修にて舞台化され
母親の福原伸子役に富田靖子さん、息子の浩二役に松下洸平さんが参加し
脚本を畑澤聖悟さん、栗山民也さんの演出によって上演、
栗山さんは26回読売演劇大賞で大賞と最優秀演出家賞を、松下洸平さんは杉村春子賞を受賞しました。
2021年に再演され2024年の今回も同じスタッフ・キャストでの再々演となりました。
〈ストーリー〉
1948年(昭和23年)8月9日
長崎のある一軒家の十字架と遺影が飾られた部屋。
原爆が投下され長崎医科大学に行ったまま行方不明となってしまった息子・浩二の帰りを諦めつつも祈り、母・伸子は助産婦の仕事を続けていました。
ある日、伸子は何かの気配に気づきます。
振り返ると死んだはずの浩二がいました。
驚きながらも喜び涙する伸子に浩二は自分はもう死んでいることを告げますが
昔のように笑い話をして2人はささやかなひとときを過ごします。
やがて浩二が原爆が落とされた日のことを、伸子がそれからの3年間を、互いに語り…。
〈はじまってすぐに〉
食事を用意してテーブルに置く伸子役の富田さんのシーンからステージは静かに始まりました。
食料がなかなか手に入らないと息子の写真にボヤくものの終戦後の苦労は言わず
一日一日を懸命に丁寧に生きようとする伸子の力強さを富田さんの穏やかな語り口に感じました。
つづけて
舞台照明がその背中を見つめて佇む浩二役の松下さんを照らしました。
浩二の伸子に似た真っ直ぐな人柄を
彼が着ていたシワのない白いワイシャツが現しているようでした。
母のもとに幽霊となって現れた息子。
伸子は驚きながらもすぐに生きていた頃のような「いつもの」ふたりになって言葉を交わします。
はじまってすぐに私はふたりが好きになってしまいました笑。
そして
ああ
この作品は
私の心にこれから先もずっと居座って笑
人間らしく生きてゆくことを教えてくれるんだな…と思いましたね。
〈親子の無念〉
浩二には結婚を約束していた女性がいました。伸子も彼女を可愛いがっていました。
浩二が原爆で亡くなってからも彼女は伸子を気遣ってくれましたが伸子は彼女に新しい人生を歩くよう促しました。
浩二は亡くなってからもずっと彼女を愛していました。そして彼女に新しい恋人ができたことも知っていて…。
切ないですね。
戦争当時、浩二のような境遇の人々はどのくらいいたのでしょうか。
伸子はそれまで続けていた助産婦の仕事をあることをきっかけにやめようとしていました。
続けてほしいと幽霊になった浩二が言っても伸子はもう助産婦の仕事はしないと拒みます。
浩二が理由を聞き出すと、原爆で亡くなった人々の尊厳を踏み躙る出来事を目の前にし
怒り、憤り、悔しさでいっぱいになったから続けられないと打ち明けました。
終戦後、伸子のような悔しく辛い思いをした女性はどのくらいいたのでしょうか。
やがて浩二は
原爆で身体が焼け亡くなっていく自分の様子を伸子に話しました。
伸子の怒りと
その日大学に向かう息子を止めなかった後悔。
浩二の悔しさと
母と恋人への行き場のない愛情。
穏やかなふたりと深い怒りに満ちたふたりの対比表現は素晴らしかった。
自分の身体が燃え
無くなってゆく怖さ。
この場面を演じた松下さんもまた素晴らしかった。
〈あたたかいごはんをお腹いっぱいに〉
好きな場面は
伸子がおにぎりと汁物を作り
浩二が美味しそうに頬張る場面でした。
まるで湯気まで見えるようでしたね。
「温かい食事をお腹いっぱい食べさせてあげること」
第二次世界大戦で中国に出征した経験のあるアンパンマンの作者、やなせたかしさんはあるインタビューで
「国は国民にひもじい思いをさせてはいけない。お腹いっぱいに食べさせることが国の役目だ」
※要約
というようなことを話されていました。
アンパンマンが弱っているものに自分の顔を分けてあげるのは
誰もひもじい思いをさせてはいけない、
という思いから着想されたんですね。
戦争でたくさんのものが失われました。
温かい食事ができること、
お腹いっぱいに食べられることは
平和を意味しているということ。
令和6年の世界情勢を見てそう思います。
幽霊となった浩二は温かいおにぎりを美味しいと食べていました。
それを見た伸子はとても嬉しそうでした。
泣けました。
〈「今」に繋がる〉
可笑しくて哀しくて心地良い。
この作品がそんな舞台になったのは素晴らしい脚本と役者さんの高い演技力に加え
やはり栗山さんの演出の素晴らしさもあると思います。
原爆は「国」に投下されたのではなく
国に暮らす
「人々」に
「人々の暮らし」に
「人々の未来」に投下されました。
「母と暮らせば」のラストで
幽霊の浩二は伸子の前から姿を消します。
それでも原爆から生き残った伸子の毎日は続きます。
そして私たちの今に繋がっています。
〈松下さんの声に〉
レビューで最後に付け加えたいのは
松下さんの声についてでしょうか。
松下さんの声のトーンには
成人男性なのにどこか自然な子供っぽさが有るんですね。
母に甘える子の台詞の声の出し方、
母を説得する力強さ、
恋人への愛を語るときの抑揚、
それぞれの台詞とあいまった声質がとても良かったです。
演出なのか、ご本人が役作りとして計算したもの?
あるいは持って生まれたトーン色でしょうか。
原爆を語るシーンは
もしかしたら耳を背けたくなったお客様もいらしたかもしれません。
それでもこの作品に温かさを感じたのは
観る側に届く長崎弁の優しい響きと
松下さんの声に理由があったと思います。
彼は映像作品でも魅力を発揮していますが舞台でも活躍して欲しい俳優さんですね。
これからも期待しています。
…叶うならば
沖縄に住む者として
井上さんが書かなければならないとされていた
「ヒロシマ」「オキナワ」「ナガサキ」の戯曲に今後も出演してほしいですね…
(無茶ぶりかな笑?)
〈作品は育ってゆく〉
あまりにも不条理な戦争を忘れないために、繰り返さないために。
この作品に携わっておられる皆さんの思いがひとつになって上演が繰り返されるこの舞台を見て井上さんは安堵されているといいですね。
きっと私が考えるよりもずっと
多くの人々によってこの作品はこれからも大事に育ってゆくのだと思っています。
そして
世界が「平和」を取り戻せますように。
世界が「平和」を思い出しますように。