【映画】バジーノイズ
映画「バジーノイズ」を観ました。
ビックコミックスピリッツで2020年まで連載され音楽界の現実がリアルに描かれていると高く評価された
むつき潤氏の作品を映像化した
この作品のテーマは「音楽×夢」。
これまで多くの同テーマの映像作品たちを観てきましたが
この題材が選ばれるのはやっぱり
「夢」を叶えようと踠き成長してゆく登場人物たちに
今まさに「夢」を追っている人
「夢」を手にした人
「夢」は叶えるのではなくずっと見ているものと信じている人など
それぞれの環境にいる
観る側自身を投影しやすい、ということがあるからかもしれませんね。
今回の映画「バジーノイズ」もまた
パンフレットに謳われていた「共感」という言葉を裏切らず
思いがけない嬉しい出会いのような1本でした。
【ストーリー】
住み込みでマンションの管理⼈をしながら一⼈暮らしをしている清澄(川西拓実)は
仕事を終えると自宅のPCで曲作りに没頭していました。
他人と関わることを避けていた彼はただ彼自身のために音楽を奏でていましたが
ある日、管理人の仕事を通してマンションに住む潮(桜田ひより)という女性と言葉を交わします。
清澄は管理人でもあるため彼女の存在は知っていましたが
清澄の部屋から漏れていた曲に失恋をした潮が励まされていたという事実を初めて聞かされます。
清澄の音楽にシンパシーを感じた潮がそれをSNSに投稿すると大きな反響があり、
清澄と潮はいつしか寄り添いながら「音楽」と「社会」
そして「人と関わること」に向き合っていきます。
【黄金バランス】
映画やドラマ、小説には
主人公とその人物を支える共演者の関係性に『光と影』のようなバランスがありますよね。
主人公が感情豊かで周りからも慕われている
明るい光のようなキャラクターが
突如現れたいつもひとりでいて控えめで何かを抱えているような
陰を持つ人物に惹かれドラマが展開していく…という流れや
その反対に
主人公がおとなしい性格なら
その人物を支える者は
明るさいっぱいに生きていて
時に涙を見せながらも主人公に希望を与える…
という人物描写バランスをよく見ます。
時代が変わって
これからAIが人の代わりに気持ちを代弁するようになっても
映像や小説などにおいてこのバランスが崩れることはほぼないと思いますが
今回の作品もこの『黄金バランス』に沿って
過去の苦い経験から
世間と距離を置き人と関わることを嫌って
感情を出さない陰のような「清澄」と
人懐っこく眩しい笑顔で彼を照らしてゆく
光のような「潮」のふたりが描かれていました。
物語の始めはふたりの距離が縮まるスピードに違和感もありましたが
次第に心地よく観ることができました。
【清澄のいる背景】
この映画にはネット社会ならでは(というかもはやこのスタイルが主流)の音楽ビジネスの世界がリアルに描かれています。
清澄は類い稀な音楽の才能を持っていました。
と同時に生まれてから物心ついたときには
すぐそばに整ったインターネット環境とさらに軽くてコンパクトながら
高度な音楽機材がありました。
もはや周知の事実ですが
(私は作曲をしないので細かくは語れませんが)以前のようなスタジオやスタッフは必要なく
機材や楽器はアプリで買い揃え
また、それまでのアーティストたちが時間をかけて
プロのライブや教室などで実際に演奏する様を見て身につけていったであろう
演奏技術やメロディラインは
無料の動画サイトを見て真似ることで
容易に手にすることができるようになりました。
誰でもプロフェッショナルな楽曲を
PCやスマホで5分で作り、
5分後には世界へ発信できるという環境。
良いか悪いかは別として「音楽ビジネス」は本当に様変わりしたと感じます。
さらにAIが加わるので
これからの音楽ビジネスの世界は
劇中にあった台詞を借りるなら
「独りよがりな作品」や
「多くの共感を呼ぶ作品」が混在し
生まれては消えるを繰り返してゆくのかもしれない…ということをこの物語にあらためて思い知らされました。
【川西拓実のいくつもの、そして繊細な無表情】
そんな環境で制作を続けた清澄の音楽を
潮は愛してくれました。
潮の想いを知るにつれ
極端に人を避け、傷つくことを恐れていた清澄は
やがて自分が誰かに傷つけられるということもあれば
自分も誰かを傷つけていることもあると知ります。
口数が少なく消極的に見える清澄ですが実は
「積極的」にひとりでいたいとちゃんと主張していました。
物語が進むにつれそんな清澄が
人間らしくなんとも可愛いく見えましたね。
清澄の「無表情」には
いくつもの「無表情」がありました。
絶望、疲弊、迷い、
そして
潮や仲間たち、ネットの向こう側にある世界へ心を開くまでの
それぞれの「無表情」を繊細に観せてくれた川西拓実さんの演技は本当に素晴らしかった。
感情はほぼ出さないけれど
制作に没頭するときの指先で音楽を楽しんでいるとわかりました。
いつしか潮を目だけで追い、潮の姿を探す清澄の動きの少ない表情に胸の奥の変化を見ました。
川西さんの静かで丁寧な清澄の演技に惹かれました。
アイドルというポジションにいながら
こんなにも繊細なお芝居をされるとは…
川西さんはすごいなあと。
そしてそのお芝居を引き出した風間監督は…
やっぱりすごいなあと笑。
ラストの恋愛にもちゃんと向き合おうとしている姿も良かったなあ…。
その後の清澄と潮を細かく描かず観る側に委ねたのも良かったですね。
清澄は最後まで自分の「夢」を語りませんでした。
でも潮がいて、仲間たちと好きな音楽を奏でる日々を
彼が振り返ったとき
「夢」を叶えていると言ってくれるかもしれません。
【桜田ひよりの愛くるしさ】
実は桜田さんのお芝居をちゃんと観たのはこの作品がはじめてでした。
桜田さんが演じた潮は明るく、元気いっぱい。
失敗しては泣いてしまって落ち込むけれど彼女がいると周りは明るくなっていきます。
頼りがいがあるけれどどこか支えたくなる…
そんな可愛い潮を見ていて応援したくなりました。
なかなか気持ちを聞かせてくれない清澄をリアルな世界へ導いてくれた
感情を隠さない潮の豊かな台詞やその話し方は自然でとても良かったですね。
けれど
潮はひと昔前の女性像⁈
つまり「男子が好む可愛らしさ」を詰め込んだ女性にも感じました。
桜田さんは潮像を作り込み、ご自身の中に取り入れるのに苦労されたのではないか、オーバーすぎるほどの感情表現も難しかったのではないか、と考えてしまいましたね。
無邪気でいつも明るく元気いっぱい!
なんて女性、いえ女の子は現代ではたぶん(学生さんは別として)貴重な存在です笑。
アニメでは見られるかも?ですが昨今の映像作品でもひと味変わったポジションだと思うのですがどうでしょう。
桜田さんは明るさの中に、さらに聡明で冷静な感性を持っておられるという印象があります。
また彼女の新たな映像作品が見られることも楽しみになりました。
【ベースが物語を引き締めて】
清澄と潮の若い2人が物語を展開しますが
後半、ベーシストの陸を演じた柳俊太郎さんの登場で物語の重心がグッと支えられ、さらに奏でた重低音も心地よく
よくありそうな「夢物語」がラストまで退屈にならず引き締まりました。
ベース音って…良いですね笑。
さらに
劇中でスタジオの様子や作品が完成するまでのセッション的なやりとりなど
省かずに描かれていて楽しかったですね。
打ち込み音に本物のベース、ドラムが加わって徐々にPC音との違いをだしたのは見応えありました。
劇中の清澄をイメージしたYaffle氏のサウンド、坂本秀一氏の音楽も素晴らしく、
そのサウンドは映画を見たその日
夜休むまで脳内リピートしてました笑。
また
マネージャーの速水を演じた井之脇海さんの掴んだ夢が逃げようとするのを必死に止めようとする大人の演技も好感が持てました。
井之脇さんはシリアスな役から3枚目半も幅広くこなすことができる役者さんだと思います。
速水のなかなか上司に本音を言えない表情や声のトーンがとても良かったですね。
ほかに
音楽事務所、社長さんのヒール的な描かれ方は残念あるあるですが笑、
シンプルにわかりやすい構図を作るためにはそんな人物が必要だということでしょうか。
【風向きは変わる】
この映画で起こる出来事は
実際にはやっぱりよくあることではありません(キッパリ)。
作品が数回の配信でバズるとか
たまたま知り合いに音楽事務所のマネージャーさんがいるとかあまりないです(あるでしょうけどやっぱりあまりない)笑。
けれど
いきなり風向きが変わる、ということは
よくあります。
物語では(やや強引に描かれてはいますが)潮が清澄に吹いている風の向きを変えました。
私たちの現実世界でも
何かがいきなり始まることはよくあります。
映画を見た人たちの「夢」や「夢のようなもの」がカタチになる日は
明日かもしれません。
洗練されてゆく清澄の音楽と
彼の音楽を愛する者たちが成熟してゆく様が重ねて描かれた物語。
全ての世代に届けたい映画でした。
さ、
話題になった風間監督のドラマsilentを見なくては(まだ見てなかった…)。
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