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読む鈍器

可処分時間のほぼすべてを京極堂に支配されている。『姑獲鳥うぶめの夏』の序盤の、京極堂と関口の会話は踊る、されど進まず、な時間が長すぎて「いったい何を読まされているんだろう。」と訝しみながら小刻みに中断しつつ読み進めていたあの頃が懐かしい。

京極堂の憑き物落としスイッチが入ってからはもう中断なんてできなくなってしまう。ページを繰る手が止まらない。しかし重い。文庫本だっていうのに信じられないくらいに厚くて重い。とても寝転がってなんて読めない。分厚くて重たいので持ち歩くのは難しく、通勤タイムに読むのも不向き。京極堂の世界に入り込んでしまって、電車の中で読んでしまったりしたら乗り過ごしてしまわない、わけがない。そんなわけで京極堂は自宅のソファに腰かけて読むにかぎる。ソファに腰かけるとお尻に設置された京極堂スイッチが稼働して流れるように京極堂を読み始めるという自動点灯装置を実装してしまったようである。大きめのクッションを活用したり膝を支えにしたりして負担の少ない体勢を模索しながら、気づけば2時間3時間はあっという間。『姑獲鳥の夏』の前半を2ページ刻みでちょこちょこ中断しながら読んでいたなんて今となってはとても信じられない。

あっという間に、京極堂シリーズ第2弾の『魍魎もうりょうはこ』、第3弾の『狂骨の夢』を読み終えた。

『魍魎の匣』(476g)も『狂骨の夢』(435g)も、『姑獲鳥の夏』(288g)とは打って変わって、冒頭から一般的なミステリーのような導入で(悪口ではありません)、『姑獲鳥の夏』以上に分厚くて重たいのに、すいすいすすーいと前半を読み進めてしまう。『姑獲鳥の夏』みたいな京極堂と関口の無駄に長い不毛とも思えるおしゃべり(悪口ではありません)のような展開はもう聞けないのかしらと思っていたら、京極堂の憑き物落としスイッチが入った後半に、それはもう飽きるくらいに存分に味わえて(悪口ではありません)、先の展開が気になりすぎてノンストップで読み進め、腕に心地よい疲労感を感じながら最終ページを迎えて、余韻に浸りつつ眠りに落ちる、という塩梅である。京極堂を読み始めてから腕がムキムキになってきたような(これは完全に気のせいである)。

あんまり続けて京極堂シリーズを読み続けるのは、精神衛生上良くないような気がして(悪口ではありません)、間に他のを読もうかなと積読本の山を眺めながら考えてみたりはしているのだけれど、「は、はやく次の京極堂をください!」と心の中の深津絵里が叫ぶので、請われるままに与え続けている。急性京極堂中毒に対する処置としては最悪であるが、深津絵里に請われて断れるわけがない。

しかし、ここにきて、まさかこんなにハイスピードで読み進めるとは思っていなかったので、続いての第4弾『鉄鼠の檻』、第5弾『絡新婦の理』がまだ手元に届いていないという緊急事態発生!『姑獲鳥の夏』は高いなと思いつつも新品を買ったけれど、『魍魎の匣』以降はその価格におののいて、新品で手に入れることは諦めて中古市場で探しているので到着までに少し時間がかかるのである。はからずも、休肝日ならぬ休京極堂日ができて、ほっとしているのも事実。心の中の深津絵里をなだめながら過ごす妖怪を感じない日曜日はとても心が穏やかである。京極堂にはまったタイミングが受験生でもなく、資格試験を控えた時期でもなくてよかった。京極堂シリーズの中毒性は人生を狂わせる可能性だってあるなと考える呑気なわたしは、今のところ京極堂や榎木津に冷遇されたり罵倒されたりしがちな関口巽に肩入れしながら京極堂シリーズを楽しんでいる。仕事がない日に床ずれができるほど寝てばかりいて奥さんに叱られたというエピソードを持つ愛すべきキャラクターである。たぶん体育は2。

わたしが京極堂シリーズに興味を持ったのは凛さんのこちらの記事がきっかけであった。毎回、あらゆる分野に造詣が深くて驚いてしまう。

普段はあまりミステリーを読まないし、妖怪にも馴染みがないし、本屋さんで見かけた『鵼の碑』の分厚さに腰を抜かしたし、京極堂シリーズはわたしには難しそうだなと思っていた。そして実際、京極堂シリーズは難しい。ぐいぐい読ませる筆致ではあるけれども、京極堂はわたし(と関口くん)を置いてきぼりにして話を進めていくので、京極堂がなにを言っているのかさっぱりわからなくて時々途中で意識が混濁してしまうことがある。読めない漢字が出てきても、ちょっとページを戻ってフリガナを確認するという作業が面倒なので、そのまま適当に読み飛ばしたりという7歳男子みたいな読み方もしている。そんなわたしでも次を読みたくて読みたくて震えるほど、京極堂シリーズにはまっているという不思議。食わず嫌いで京極堂を読まないまま人生を終えるところだったので、おもいがけず新しい世界を知れてよかったねという気持ちで『鉄鼠の檻』(612g)の到着を心待ちにしている。ついに500gを大きく超えてくるのか。正気の沙汰ではないな。

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