「生き残った6人によると」第5話を見て思ったこと
第5話というか監督と明美のシーン、特に観覧車の下りを見て思ったことなのだが。
まず、梨々が監督と明美の幻と会話するシーンが切なくて、なぜそう感じたんだろうかと考えていたら、自分の中で黄泉がえりの終盤と重なったからだということに気づいた。草彅剛が竹内結子に思いを伝えるシーンである。
テレビドラマはよく見るが映画をほとんど見ない自分が映画において切なさを感じる数少ないシーンだったから本作においても何かを感じたのかもしれない。勿論、前提として人の生死にまつわる物語という共通点が両作品の間にあったのは確かだけれど。
そして、人の生死という点で何とも言えない気持ちになったのがまさしく観覧車のシーンであった。
この世の人じゃないんだなという感覚
一応見出しを書いてみたものの、やはり言葉では説明しにくい何とも言えない気持ちになったのだ。
監督が明美を観覧車に誘って、それに明美が応えるというやり取りに違和感を覚えたことがきっかけとなった。
たしかに監督は気さくで面倒見も良さそうで、実際に梨々や明美に慕われてることから人望の厚さが窺える。とはいえである、年頃の娘を観覧車に誘うことに抵抗があるのが人情ではなかろうか。その辺りに違和感を覚えたのだ。
同時に、立場や性別という概念は既に彼ら (監督や明美) の中には存在しておらず、だからこそ互いに違和感なく接することができたんじゃないかとも考えた。
そこには只々懐かしい日々と美しい思い出だけが在るんだろうかという思いと、もうこの世の人ではないんだなという思いが交錯して何とも言えない気持ちになったのだ。
単に切なさや悲しさを感じるだけでなく、得も言われぬ気持ちになれたという点だけでも今回のドラマを見た甲斐があったなと思った次第である。
また、5話の感想記事を最終回が終わった直後に上げるということについても何とも言えない気持ちになった次第だ。