なめる。
私の好きなもの。それはアイスクリームです。
アイスクリームをなめるときは、目を閉じます。舌から脳へ、舌から手や足の先まで、冷たさや甘さの伝達経路を全身で感じながら味わうのです。
私、舌先が敏感なのです。ふふふ。だから、なめるって行為そのものも好きです。
本当はね、冷たい食べ物は苦手。子供の頃から、ジュースや西瓜などを口にしたあと、決まってお腹が痛くなりましたから。腹部の奥を刺すような痛みで、息が出来ないくらい苦しくなるのですよ。
でも、アイスクリームだけは別なのです。その冷たさが私の内部を激しく走りまわり、痛みを生じさせても、なめるのを止められないのです。
私を痛めつけながら、私を虜にする、冷たくて甘いもの。
そうです、まるで彼。
私にとっての彼は、アイスクリームそのものでした。
彼も、私を愛していました。
私たちの住むアパートは、斜めに向かい合っていて、毎晩、彼は帰宅すると電気を点けて合図をしてくれました。
私はすぐに、おかえりなさいの電話をします。すると彼は携帯を持ったまま窓辺にきて、カーテンを少し開けて、私の方を見るのです。
二人だけのサイン。愛してるの合図。
それから私は、もう一度鏡を見て、自分の肌の状態を確認するのです。彼がなめるかもしれない私の身体。その肌を自分の手で触りながら確認をするのです。首筋、胸、脇腹、そして……。
ええ、彼は忙しい人ですから、毎日会えるわけではありませんでした。残業で遅くなって終電に間に合わず、帰宅しない日もありました。
そんなときは、私も眠らないで、彼のことを一晩中想っていました。
彼に、私以外の女がいるとわかったのは、そうですね、先月、十一月です。
少し様子がおかしいなとは思っていました。帰宅しない日が増えていたし、休日は朝から晩まで、外出するようになっていましたから。
ある日、私が電話をすると、沈黙する彼の後ろから女の声が聞こえたのです。
「ねぇ、先にシャワー浴びてもイイ?」
彼よりも先に、私が電話を切りました。肺が無くなったみたいに息苦しくて手が震えました。自分の手が震えるのを、たぶん、生まれて初めて見ました。
怖くて、彼に直接確認することは出来ませんでした。
でも、翌朝、カーテンの隙間から見ていると、マンションから二人がコソコソ出てくるのを目撃したのです。手を繋いでいました。
えっ?
実際には、彼と付き合っていないだろう?
刑事さん、私の話をちゃんと聞いていましたか? そこの人が記録している、えっと、調書でしたっけ? それを読んでみて下さい。
言ったでしょう? 彼は帰宅すると、電気をつけて合図をしてくれたのですよ。私たちは何度も窓ガラス越しに見つめ合ったのです。
そうですよ。彼とは同じ会社で二週間だけ働きました。隣の席でした。
えっ? クビになった理由? 私の精神状態がおかしかったからじゃないです。誰がそんなことを言ったのですか? あの会社の女たちが、私と彼の仲に嫉妬して、私を追い出したのですよ。
ええ、もちろんです。彼の部屋には何度も行きましたよ。ええ、合鍵は作りました。隣の席でしたから、彼の鞄の中の鍵を持って、昼休み中に勝手に作りました。だって、彼の部屋をお掃除をしてあげたかったから。
そうです。最近、彼は鍵を変えました。私の合鍵では入れなくなりました。突然の残酷な仕打ちですね。
でも、そんな別れ方もアイスクリームのような彼らしいですよね。私は冷たくされても彼を愛し続ける、そう思いました。苦しくても彼のことを見て想い続ける。
刑事さん、本当の愛って、そんなものでしょう?
あの日ですか? 十二月二十五日、クリスマスの日ですよね。
私は彼の体調が心配だったんです。咳をしているようだったから。
私は自分の部屋にいても、彼の声が聞こえます。そうです、聞けるようにしたのです。
彼は夜中も咳き込んでいました。でも、時々出入りしているあの女は、看病にも来ない。ひどい女でしょ?
だから、やっぱり私しかいないんだわ、と思いました。彼を世界中で一番愛しているのは、私だと確信しました。
近くのスーパーに行って、お見舞いの品を買いました。水やフルーツを選びました。
そのときにね、見つけたのです。アイスクリームのケーキを。上にサンタさんや柊がデコレーションされた、可愛い美味しそうなクリスマスケーキでした。
あぁ、クリスマスというのに風邪で寝込んでいる彼に、冷たいケーキを食べさせてあげたいと思いました。熱があるときのアイスクリームって嬉しいですよね。
刑事さんも分かります? 好きな人を想いながら買い物をするって、楽しいですよね。ふふふ。
私は彼の部屋のドアをノックしました。ノックするのは初めてでした。ドキドキしました。
はい、彼のマンションは、オートロックでもないし、インターフォンもありません。
しばらく待っても出てこないので、ドアを激しく叩きました。
すると、彼がパジャマのままで、ドアを開けたのです。
「メリークリスマス」
私はそう言いながら、さっと玄関の中に入りました。
とたんに、彼が怒鳴ったのです。
「お前か! ストーカー! 電話も、留守中に部屋に入ったのも、お前なんだろ! 出ていけ」
「これ、お見舞いの」
私が渡そうとしたお見舞いの品は、彼の手で払われました。床に落ちました。水、フルーツ。そして、アイスのクリスマスケーキが入った箱も。
落ちた物を、彼が私に向かって投げ始めました。
「出ていけ! 気持ち悪い! 出ていけ!」
彼は大きな声でそう言いました。
彼が投げたクリスマスケーキの箱は、私の身体に当たって、中身が飛び散りました。
アイスクリームでできた冷たいクリスマスケーキ。私の服や顔に、ぐちゃぐちゃになった冷たいクリームがべっとりと付きました。
その冷たさを感じたとたん、何故だかわからないけど、すごくすごく悲しくなったのです。
彼は、アイスクリームそのものだったのに。ぐちゃぐちゃになって崩れたアイスのケーキ。
それで‥‥‥。
え? 今、彼はどこにいるのか?
もちろん冷凍庫の中ですよ。冷凍保存です。溶けないように。ときどきなめられるようにね。
本当になめたのか? 当たり前でしょ。詩人の谷川俊太郎だって、なめてあなたは愛する、って書いてるでしょ。目を閉じてね、彼を感じながら味わってます。彼の存在の秘密を、なめて愛しているのです。
冷凍庫がある場所?
はぁ、もう刑事さんったら、質問が多すぎ。
私、こんなに沢山、お話ししたのですよ。
それくらいは、ご自分でお探しになったら、いかがですか?
山根さんの企画に、参加させていただきます。
山根さん、よろしくお願いいたします。