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伝光録 第三十九祖 雲居(うんご)弘覚(こうがく)大師の章 <前半>
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【本則】第三十九祖 雲居弘覚大師。洞山に参ず。
洞山問いていわく、「闍黎(じゃり)[1]、名はいずれぞ」。
雲居大師いわく、「道膺(どうよう)」。
洞山いわく、「向上(こうじょう)[2]、さらに言え」。
雲居いわく、「向上に言わば、そく道膺と名付けず」。
洞山いわく、「我、雲巖大師にありしときの祇対(ぎたい)[3]と異なることなし」。
【機縁】 師は、幽州玉田の人なり。姓は王氏、童丱(どうかん)[4]にして范陽(はんよう)[5]の延寿寺に出家し、25歳にして大僧(だいそう)[6]となる。雲居の師、雲居に声聞(しょうもん)[7]の篇聚(ひんじゅ)[8]を習はしむ。雲居の好みにあらずして、師を捨てて遊行す。翠微(すいび)大師にいたり、道を問う。たまたま僧で、豫章(よしょう)[9]より来るあり。さかんに洞山の法席(ほうせき)[10]を称賛す。雲居、ついに洞山にいたる。
洞山問う、「いずれのところより来る」。
雲居いわく、「翠微(すいび)大師より来る」。
洞山いわく、「翠微、なんの言句ありてか、徒僧(とそう)[11]に示す」。
雲居いわく、「翠微は羅漢(らかん)を供養す。某甲(ぼうこう)[12]が問う、『羅漢を供養す。羅漢はめぐりて来るやいなや』。翠微いわく、『汝、毎日、この何(甚麼(なに))をか食らう』」。
洞山いわく、「実に、この言ありや否や」。
雲居いわく、「あり」。
洞山いわく、「むなしく、作家[13]に参見しきたらず」。
洞山問う、「闍黎(じゃり)、名はいずれぞ」、乃至(ないし)[14]、「祇対(ぎたい)[15]と異なることなし」。
*
雲居大師は、洞水[16]を見て悟道し、すなわち悟りの旨を申す。
洞山いわく、「我が道、汝によりて流伝、きわまりなけん」と。しかるのみならず、あるとき、雲居大師にいいていわく、「我、聞く、思大(しだい)和尚[17]がさらに倭国に生まれて、王となると。」是なりやいなや」。
雲居いわく、「もしこれ、思大(しだい)大師ならば、仏ともまたならず。いわんや、国王をや」。洞山は、これを然りとす。
*
一日(あるとき)、洞山が問う、「いずれのところにか、去来す」。
雲居いわく、「蹣山(ばんさん)[18]しきたる」。
洞山いわく、「何処の山が、住するに耐えたる」。
雲居いわく、「何処の山が、住するに耐えざらん」。
洞山いわく、「恁麼(いんも)[19]ならば、もっぱら、国内、すべて闍黎(じゃり)に占拠せらる」。
雲居いわく、「しからず」。
洞山いわく、「恁麼(いんも)ならば、すなわち、子(きみ)[20]、この入路をえたりや」。
雲居いわく、「路なし」。
洞山いわく、「もし路なくんば、いかでか老僧洞山と相見することをえんや」。
雲居いわく、「もし路あらば、すなわち洞山和尚と隔生(かくしょう)[21]しさらん」。
洞山いわく、「この子(きみ)、以後、千人も万人も、把不住(はふじゅう)ならん[22]」
*
雲居が洞山に従って、川水を渡るついで[23]、洞山が問うていわく、「水、深きか浅きか」。
洞山いわく、「湿(うるお)わず」。
洞山いわく、「麁人(そじん)[24]」。
雲居いわく、「乞う、師、いえ」
洞山いわく、「乾かず」。
**************
洞山が雲居に言っていわく、「南泉和尚が僧に問う、『何の経をか講ず』。僧いわく『弥勒下生経(みろくげしょうきょう)[25]』。南泉いわく、『弥勒、いくときか下生す』。僧いわく『現在には天宮(てんぐう)[26]。到来[27]は下生』。南泉いわく『天上に弥勒なく、地下に弥勒なし』」。
雲居が洞山に問う、「天上に弥勒なく、地下に弥勒なくんば、いぶかし。誰がためにか、弥勒はその名を[もって]案ず[28]」。
洞山は問われて、直(ただ)ちに、禅床(ぜんしょう)[29]、振動することを得て、乃(すなわ)ち[30]いわく「道膺(どうよう)闍黎(じゃり)[31]よ、我は雲巖(うんがん)大師にあって、かつて雲巖老人に問うと、直(ただ)ちに、火炉(かろ)[32]、振動することを得たり。今日、子(し)に1問せられて、直(ただ)ちに得たり、通身(つうしん)[33]、汗流るることを」。
師資(しし)[34]、問答、異なることなし。[洞山との]一会(いちえ)[35]、[雲居と]肩を等しくする者なし。
*
雲居大師は、のちに庵を三峰[山]に結んで、旬(じゅん)[36]をへて、堂におもむかず。洞山が雲居に問う、「子(し)、近日(きんじつ)、なんぞ斎(さい)[37]せざる」。
雲居いわく、「毎日、おのずから、天神(てんじん)の供(く)[38]を送るあり」。
洞山いわく、「我、まさに思えり、汝はこれこの人[39]と、なお這個(しゃこ)[40]の見解(けんげ)[41]をなすことあり。汝、晩間(ばんかん)に来たれ」。
雲居は、晩に洞山に至る。洞山は雲居を、「膺庵(あん)主(じゅ)」と召す[42]。雲居は[その職を]応諾す。
洞山いわく、「不思善、不思悪、これなんぞ」。
雲居は、庵に返って、寂然(じゃくねん)[43]として宴坐(えんざ)す[44]。天神、これよりついに[庵に]訪ぬれども、[雲居を]見えず。かくのごときこと3日、[天神は]乃(すなわ)ち[訪問を]絶す。
*
洞山が雲居に問う、「何をかなす」。
雲居いわく、「醤[油]をあわせさる」。
洞山いわく、「多少の塩をか用いる」。
雲居いわく、「やや入る」。
洞山いわく、「なんの滋味をかなす」。
雲居いわく、「得たり」。
*
洞山が[雲居に]問う、「大闡提(せんだい)[45]の人が、五逆罪[46]をつくる。孝養(こうよう)[47]、なんかある」。
雲居いわく、「初めて孝養をなす」と。
しかしより[48]、洞山は[雲居を]許して、室中(しつちゅう)の領袖(りょうしゅう)[49]となす。雲居は初め、三峰山にとどまりて、その化(け)[50]、いまだ広まらず。のちに、法を雲居山に開き、四衆[51]、臻萃(しんすい)[52]す。
[1] 闍黎(じゃり):阿闍梨(あじゃり)と同じで、僧への呼びかけの敬称。
[2] 向上:迷いの境から悟りの境に入って得られた悟りの智見。
[3] 祇対(ぎたい):応答すること。
[4] 童丱(どうかん):子供
[5] 范陽(はんよう):現在の河北省と北京市にまたがる地域
[6] 大僧:比丘(出家得度して具足戒を受けた男子)のこと。沙弥(小僧)に対していう。
[7] 声聞:阿羅漢になることを究極の目的とする仏弟子。その目的とするものが、個人的解脱にすぎないので、大乗の立場からは小乗の徒とされる。
[8] 篇聚:律で、比丘・比丘尼の具足戒をその罪の軽重によって類別した名目。精確には五篇(ひん)七聚。
[9] 豫章:現在の江西省北部、南昌(ナンチャン)市。洞山のあるところ。
[10] 法席:禅林で、修行者を指導する場。
[11] 徒僧:弟子の僧
[12] 某甲:ある人。諱(いみな)を避けるときに使われる。
[13] 作家:財を成した者。ここでは宗師家
[14] 乃至:すべての事柄を列挙することをしないで、主な事柄を挙げ、他は省略する。
[15] 祇対(ぎたい):応答すること。
[16] 洞水:洞山に流れる川。禅師の名ではなく、禅師がもっていた僧堂があった山。現在では、雲居大師の名を取って、雲居山といわれる。
[17] 思大和尚:慧思(えし)(515―577)。中国、南北朝時代の僧。天台宗の開祖智顗(ちぎ)の師。思大は諡号(しごう)。洞山(807―869)の生没年代から300年前の人。だからここの問いは、慧思(えし)が外国(日本)で生まれ変わってその国の王になったということ。
[18] 蹣山:蹣山渡水ということで、散策すること。
[19] 恁麼:いま話題にしていることをさす指示語
[20] 子:あなた、きみ。
[21] 隔生:生をへだてた死後。
[22] 把不住:把は捕まえること。不住は中国語で~できない。
[23] ついで:~するときに
[24] 麁人:ぶしつけな人。がさつな人。
[25] 弥勒下生経:。釈尊滅後、56億7千万年後に弥勒菩薩が兜率天からこの娑婆世界に下り、衆生を済度することを待望する下生信仰を説く。
[26] 天宮:弥勒菩薩のいる兜率天
[27] 到来:時機がくること
[28] 案ず:衆生済度についてあれこれと考えをめぐらす
[29] 禅床:洞山が坐禅をするためのこしかけ
[30] 乃ち:動作が終わったその途端に
[31] 闍黎(じゃり):阿闍梨(あじゃり)と同じで、僧への呼びかけの敬称。
[32] 火炉:暖をとるための火鉢あるいは香をたくのに用いる器。
[33] 通身:体全体
[34] 師資:師匠と弟子
[35] 一会:一度ごとの対面
[36] 旬:10日間。
[37] 斎:食事をする
[38] 供:そなえもの
[39] これこの人:真の道を求める偉大な人
[40] 這個:この、これら。そこから転じて、仏性をさす
[41] 見解:仏性を見きわめる力
[42] 召す:呼び出して官職につかせる。御任命になる
[43] 寂然:煩悩(ぼんのう)を去って、心が静かであるさま
[44] 宴坐:身心の動揺を静め、坐禅すること
[45] 闡提:仏法をそしり、成仏する因をもたない者
[46] 五逆罪:母を殺すこと、父を殺すこと、阿羅漢を殺すこと、僧の和合を破ること、仏身を傷つけること。これを犯すと無間地獄に堕ちる
[47] 孝養:親に孝行を尽くすこと
[48] しかしより:このようにして
[49] 領袖:修行僧たちの頭に立つ人
[50] 化:教え導くこと。教化すること
[51] 四衆:仏の教えに帰依した人を四種に分けたもの。比丘・比丘尼・優婆塞(うばそく)・優婆夷(うばい)
[52] 臻萃(しんすい):数多く集まること