橋本治の後期雑文を読む14

『小説すばる』2015年3月号よりインタビュー「花咲く乙女たちのキンピラゴボウ 平成編」
マンガの世界観って、子どもの快楽を満たすという世界観ですから。
今は小学校5年生ぐらいで大人になって、あとはずーっとそのまんまみたいな。だからそういう意味では子どももいなくなってますよね。最近のマンガの主人公は男も女も高校生が多いじゃない。それは読者である老若男女の共通体験が"学生"だから、というより、その世界から出られないからだと思うんですよ。
すごく単純で当たり前の話をすると、マンガって大人のものじゃないんですよ。だから『ビッグコミック』が最初の成人向けマンガ誌として発刊されたとき見たけど、「つまんねー」って思いましたもん。なぜなら理に適い過ぎてるから。つまりマンガが理詰めなんです。圧倒的に絵空事感がないんですよね。
少女マンガも少年マンガもその本質は、子どもの快楽主義的なデフォルメにあり、現実を直視したリアルさを持つ必要はないわけです、大人マンガは別として。絵をね、リアルにすると動かなくなるんです。
最近のマンガは、ファンタジーを自分の胸に持ってくるんじゃなくて、ファンタジーの中に自分が入って行くようになっちゃってるから、自分を取り巻く現実は、虚構性が高くても「リアル」になってしまう。だから逆にそこから出られなくなっている気がするんです。
そもそも少年少女マンガの役割っていうのが、今と昔じゃ全然違ってきているよね。70年代の終わりのマンガって通過儀礼としての意味がすごくあったのね。だから連載が終わると読者は卒業しちゃうんですね。
そして世代が交代して、「マンガであるなら永遠の少女や少年のままでいいんだ」という結論を出すんですけど。今や読者は通過儀礼のトンネルの中に住み続けてるし、マンガは「産業」として確立されちゃったから。
産業化するとどこかにひずみが生まれるんですよ。だいたいひとりの先生に何十巻も延々と続くマンガって描けるのだろうか?とかね。本人が終わりたいと言ったって、人気があり続ける以上、終わらせてもらえないだろうし。でもそういうことをやっているとだんだん長続きするものを描ける人の数が減ってきちゃうんだよね。
現実を描いてもファンタジーになるものがマンガなんですよ。それが、現実にネタがなくなっちゃってファンタジーの世界の中でリアルを描き始めると、読者はもう外(現実)に出られなくなっちゃう。それが一番怖いところなんですよ。っていうか、そっからみんな出たくないんだね。出ろよ(笑)。

『中央公論』2015年3月号戦後70年忘れられないこの一瞬
より
「昭和天皇崩御(1989·1·7)」
1989年1月6日の深夜、私はドラマ出演のため都心を離れたテレビ局のスタジオにいた。外の情報はなにも入らない。明け方、撮影が終わって送られる車の窓から、朝日に輝く日の丸を見た。「昭和天皇危篤」だったその年の元日に、国旗を掲げるところはなかった。7日になってようやく日の丸を見た。天皇崩御の半旗で、そうして私は昭和の終わりを知った。

『中央公論』2015年5月号特集:アイドルが輝いていた頃
より
島倉千代子
振袖でイヤリング付けてマイクの前に立って、泣きながら歌って淡谷のり子に怒られていた点で、アイドルの元祖だと思います。可愛くてせつなかったし。

『演劇界』2015年7月号巻頭特集:遊里に生きる女たち
より
「誇りと憂いと天然さ」
傾城というのは派手で豪華な歌舞伎の花ではありますが、よく考えれば彼女達全員には「勤めに出なければならない」というよんどころのない事情があって、亭主持ちの傾城だっていくらでもいる。そこを下手に描けば、傾城の華やかさとはそぐわない、ウェットなものになってしまうから、傾城にはやっぱり昔からの「ぼんじゃり」と言われるような天然さが必要なのかもしれません。その点で、私は『ひらかな盛衰記』の傾城梅ヶ枝が好きです。
愛する男のために三百両の金が必要だからといって、揚屋の庭にある石の手水鉢を「ほんにそれよ」で柄杓で叩き始めてしまうというのは、ぶっとんでますね。
その根本には「三百両の金が手に入れば、愛する男のために私は地獄へ堕ちてもかまわない」という強い決意があるわけですが、その愛する梶原源太も浮わついた和事師だから、似合いと言えば似合いのバカップルではありますが、今はなき六世歌右衛門が演じたこの梅ヶ枝が素晴らしかった。
華やかであってしかるべき花魁道中が、ここでは小規模で寂しい。それでも八文字を踏んで花道を出て来る梅ヶ枝は、夜に咲く白梅のように美しい。華やかさは捨てず、花道の七三で立ち止まりもしないのだが、その道中の内にふっと「愛する男のために苦界勤めをする女の悲哀」が垣間見える。これがあればこそ、後の「バカバカしい」と言える展開にも真実味が生まれる。「あの夜にもう一度出逢いたいな」とは思います。

つづく


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