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私の男

【読んだ本】

「私の男」桜庭一樹(文春文庫)

【あらすじ】

小学4年生の頃家族を震災で亡くした花と、その養父淳吾の15年間の歪んだ愛の物語。

【感想】

圧巻という言葉が最初に出てきた。
「私の男」という題名がぴったり。全ての元凶は「私の男」であり、狂っている。

冒頭の文章から戸惑いがあった。

私の男はぬすんだ傘をゆっくりと広げながら、こちらに歩いてきた。日暮れよりすこしはやく夜が降りてきた、午後六時過ぎの銀座、並木通り。彼のふるびた革靴が、アスファルトを輝かせる水たまりを踏み荒らし、ためらいなく濡れながら近づいてくる。店先のウィンドゥにくっつきて雨宿りしていたわたしに、盗んだ傘を差し出した。その流れるような動きは、傘盗人なのに、落ちぶれた貴族のようにどこか優雅だった。これは、いっそうつくしい、と言い切ってもよい姿のようにわたしは思った。
「けっこん、おめでとう、花」
男が傘にわたしを入れて、肩を引きよせながら言った。
「私の男」桜庭一樹(文春文庫)8頁


「私の男」というからには、恋人かと思って読み始めたのに、そうではなかった。結婚を祝う言葉を投げかていたのだ。
すぐに、私の男は父であることが判明した。
父は父でも、私こと花の養父だ。

花の結婚前夜から始まり、章ごとに時を遡る構成。語り手も、花、その婚約者の美郎に、淳吾、淳吾の元恋人……と章ごとに変わっていく。
時を遡れば遡るほど、"おとうさん"の淳吾と、その養女、花の禁忌が暴かれていく。

歪んだ関係、捻れた愛情の表現が秀逸だ。
幾重もの捻れた愛情が描かれているからこそ、現実的でなく、魔法や異世界で繰り広げられるファンタジーよりも、"ファンタジー"だと感じた。
人によっては嫌悪感を抱きそうな愛が溢れているが、私はこの"ファンタジー"の描写を逃さず感じたかった。

久しぶりにもう一度読まないとたまらない気持ちになる名作に出会えた。

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