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深夜のフィナンシェ

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書いてみた短編小説と、小説っぽいもののまとめマガジンです。
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#短編

【掌編】 薬指のまやかし

 中指の付け根が痒い。  赤く腫れて、じんじんと痛む。季節外れの蚊だろうか。それにしては、ぷっくりと腫れすぎている。  指輪を買ってもらったのは、ほんの気まぐれだった。友達がしていた小さく華奢な指輪が、羨ましかった。だいたい、友達のつけているものは可愛く見える。アクセサリーの類は好きで、すぐ買ってしまうのもよくない。 「いいのよ、みさき。指は十本あるし、毎日違うのをつけたっていいんだから……」と語る彼女こそが、わたしの親友なのだから仕方がない。最近は、ジュエリーケースなんて

【掌編】ひとりぼっち

 0時12分。電車を降りる。終電の前に乗ったのに、ずいぶんと遅くなったな。と思う半面、このあとも電車が動いていることに、まだ驚く。上京して十年と少し。今日もまた、東京の夜は明るい。季節を問わず、いつでも、いつまでも。  秋になって良いことがあるとすれば、ヘッドフォンだと思う。夏は暑くてその存在すらも忘れていたけれど、衣替えと一緒に発見した。ワイヤレスのヘッドフォン。ノイズキャンセル付きで、没入感抜群。最近はまたコイツにお世話になっている。移動中に、音楽を”鳴らす”という行為か

【掌編】 極上の孤独

ひとりを愛している 美術展も 公園も 水族館も 喫茶店もひとりで行く。 それは、他人を愛していない。ということではない。 予定を立てたり、約束をしたりすることは確かに面倒に感じるかもしれない。 でも、ただそれだけだった。 あなたを、友達を愛している。 ただ、それと同じくらいーーーそれ以上にひとりを愛している。 その触手は、食事にまで及んできている。 いままでは、「食事だけは誰かと」「ひとりならば家で」と思っていたが、ある日の午後、吸い込まれるように引き寄せられた洋食屋の

【小説】温度

ポストを覗くと、封筒が入っていた。 無愛想な茶封筒には、覚えのない会社名と、わたしの名前が書かれている。 なんだろう、とは思ったけど、考えるのも面倒だったのでそのまま封を破った。 入っていたのは、2枚のチケットだった。 同封されていたポストカードには、鳥の写真。 そして、Kという名前。 昨日、テレビでKを見た。ギターを弾いて、うたを歌っていた。 そんな彼とわたしの関係はたったひとつで、一度だけインタビュー記事を書かせてもらったことがある。 新譜リリースの販促のひとつで、実

【小説】 深夜のフィナンシェ

困らせてやるつもりだった。 まきちゃんの家の場所は知っていた。 この街に越してきたとき、母親と一緒に挨拶に行った。 家を出たい、東京で就職したいという願いを受け入れられたのも、まきちゃんの存在が大きかったことはわかっている。 東京に住んでいるまきちゃんは、母親の年の離れた妹だ。 まきちゃんも、「どうしても東京に行く」と言って、十代の頃に家を出たそうだ。 「定職につかず、ふらふらと暮らしている」というのが、親族一同がまきちゃんに貼ったレッテルで、おおよそ歓迎されてはいなかっ