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誰もが1度は通る道

 施設での昼休み。自室で最新ニュースをチェックしたり、noteを徘徊したりしながらゆっくりしていると、カラカラとドアが開く音がした。
 私の隣の部屋は、通所者が利用するクールダウンの部屋(静養室)になっている。
 最初、隣の部屋のドアが開いたのかと思った。しかしである。
「あつーい」
 その声は確かに自室の入り口辺りから聞こえてきた。しかもその声は男性の声だった。
 どうやらその人はクールダウンの部屋に入ろうとして、間違って一つ手前の私の部屋に入ってしまったようだ。
 こういうことは施設に居ればよくあることだ。分かってはいるけれど、ノックも無しにいきなり男性が入ってきたのにはさすがに少し驚いた。
「あっ、ここ、違いますけど…」
 戸惑いながらそう口にするのがやっとだった。
「すみません。間違えました。すみません…」
 その人も自分が間違って女性が居る部屋に入ってしまったことにかなり戸惑っている様子だった。しかも息を切らしているようで、ずいぶんしんどそうである。
 こういう時どうしたら良いのだろうか。隣のクールダウンの部屋まで連れて行ってあげた方が良いのだろうか。
「○○さん、お部屋違いますよ」
 お互い考え込んでいると、廊下から男性スタッフさんの声がした。
 そのままスタッフさんに連れられて、その人は無事にクールダウンの部屋にたどり着けたようだ。
 やれやれと、再びiphoneに手を伸ばした時、ノックの音が聞こえた。
「すみません羽田さん、だいじょうぶでしたか?」
 さきほどの男性スタッフさんが言う。
「はい、だいじょうぶです」
 確かにビックリはしたが、間違って入ったのだろうということは分かっていたし、その人からは当然何もされていないのでこちらは全くだいじょうぶである。ただこれが着替えている時や、寝ている時じゃなくてよかった。
「すみません、申し訳ありませんでした」
 スタッフさんは本当に申し訳なさそうに謝ってくる。
 いやいやー、誰かが部屋を間違えて入ってきたぐらいで、スタッフさんがそこまで謝ることでもないのに。
 今から約10数年前の学生時代、盲学校の寄宿舎で、誰かが間違って部屋に入って来ても、指導員の先生は全く謝らなかったぞ。時代は変わったなあとつくづく思った。
「いえいえー、ぜんぜん気にしてないのでだいじょうぶですよ」
 スタッフさんの謝罪対応に、何だかこちらの方が恐縮してしまった。
 自分が入る部屋を間違える…。
 私もここに来てから何度かそのようなことをしそうになった。だからお互い様である。そのような失敗は、施設に入れば誰もが1度は通る道なのだから。

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