月から来た泥棒【短編】
「泥棒になって博物館からお宝を盗むってのはどう?」
「コナンじゃないんだから、リアリティなくない? ……まあ、でも、文化祭の出し物でそんなリアリティいらないか」
和美が出した意見をなんとなく採用してみた。先生が言うには、脚本を書かなきゃいけないらしい。なんで、ホームルームのときに立候補なんかしてしまったのか。演劇や小説に興味あったからなんだけど、早くも後悔しはじめている。
放課後の教室で、脚本づくりに和美と真理恵を付き合わせてから、もう1時間が経っている。あと1時間で、なんとなくのストーリーを作らなきゃ。
「で、盗むって、何をよ」
「えっと……宝石とか絵とか?」
「なーんか、絵的にインパクトのあるものがいいよね。でっかい仏像とか? そうだ、せっかく真理恵が作ってくれるんだから、でっかいのにしようよ」
美大を目指してる真理恵なら大丈夫だろう、と目線を向けると、真理恵は顎に手をやりながらあたしに言った。
「……でっかいってどれぐらい?」
「うーん、幕が開けたら『おお!』ってお客さんを驚かせたいから、教室の天井ぐらいまでほしいな〜」
「……作るのは全然いいけど、どうやって泥棒は外に持ち出すの? 2メートルぐらいになるよ」
「あ、そっか。ていうか、別にずっと舞台上にあってもお話はできるかな。捕まってもいいし、未遂にしてもいいし」
「えー、つまんないよ〜。せっかくだから盗まなきゃ。やっぱ消えないと。最初にでかさで『おお!』、次は消して『おお』ってしないとでしょ」と和美がぶーたれる。
よくよく考えれば、この時点で別の宝石でもなんでも小さい小道具にしておけばよかったのだ。なのにあたしの中で「2メートルの巨大仏像」は決定事項になってしまっていた。
「舞台から消すのはできると思うよ。発泡スチロールかなんかで作って、パーツに分けとけば。暗転したときに何人かで舞台袖に運べばいい。でも、実際の泥棒はどうやって運び出すのよ。設定の話」
しまった。真理恵はこういう細かいリアリティを追求する癖があるんだった。
「えー。うーん、よその展覧会に貸し出すときのトラックを襲うとか、運送会社に化けるとか?」
「襲うんだったら、道路のシーンが必要になる」
「あ。そうか。セットの転換が必要か」
「いや、そこはさ、セリフで処理できるじゃん」と和美がナイスアシスト。たまに鋭い。主演にしてあげようか。
「ていうか、そもそもなんで泥棒はそんなでっかい仏像がほしいわけ? 売れないでしょ、そんなでっかいの」
「いや、闇のマーケットとかあるんじゃない?」
「カネが目的なの? つまんなくない? ストーリー的に」
「国家転覆のカギがあるとか」
苦し紛れに言ったあたしを見て、真理恵の目が光る。
「仏像に?」
「……仏像が」
しばらく沈黙が続き、静けさに耐えられなくなったあたしは、苦し紛れに思いつく限りのことを連発しはじめた。
「生き別れた母に会うための秘密が隠されてるとか」
「仏像に?」
「……仏像が。……恋人を殺した犯人の正体が! 宇宙からの侵略者を倒す最終兵器が仏像だった! 世界の王になるために必要なアイテムが隠されてた! 単に美術コレクターだった! 愛する人との結婚を認めてもらうために必要だった!」
「かぐや姫じゃん、最後の」。和美がツッコむ。
「あ、そうか。あれ? でも、『月から来た泥棒』ってなんか、いいタイトルじゃない?」
ピーンときた。なんか書けそうだ。
「月から来たのはかぐや姫だけどな。でも、そんぐらいじゃないと、でっかい仏像を盗むわけわからなさに釣り合いがとれないかもね。で、なんで仏像が結婚を認めてもらうために必要なのよ?」
真理恵からの容赦ないツッコミに答えているうちに、なんとなく泥棒は実は月の世界の王子様ということになり、かぐや姫をベースにした物語になりそう、ということで今日はお開きになった。
外に出ると、すっかり暗くなって月が出ていた。月のことを考えるのなんて久しぶりだ。実はあたしが月のお姫様で、あそこから王子様が覗いてないかな?
★
「少女漫画、なめてるの?」
ギロリと編集者に睨まれた。
「ていうか、こんなパターン化されたモチーフばっか使ってさあ。どうせこのあと、男のコが落ちてきて、なんかと戦ったりするんでしょ。80年代かよ」
シナリオをポンと投げ出されてムカッときたが、なんとか耐えて声を絞り出す。
「いや、日常系でいこうか、と。このあとは演劇づくりのドタバタをですね……」
「それは男性向けじゃない? 気持ち悪いなあ、おっさんがこんなの書いてきて。もういいよ、帰って、帰って」
殺意が湧いた。こいつをどうやって……。
★
「ははは。いや、いいですね、殺されちゃうんだ、僕。でも、いまどき持ち込みにこんな対応する編集者、いませんよ。ちょっとリアリティがな。あと、この入れ子構造もちょっとあざといかな。先が読めちゃうっていうか。ま、お預かりしましょう」
電話口で編集者が言った。そこで目が覚めた。いけない、寝てしまった、一文字も……。
★
「夢オチ、使いすぎですって」
編集者が……。