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”Until the End of Time” 後世編    ダニエル・スティール 

#恋愛小説 #小説 #読書 #創作 #運命 #前世 #苦難 #人生 #出版 #編集 #アーミッシュ #結婚


今回は世界のベストセラー作家、ダニエル・スティールの作品から
" Until the End of Time" の”前世編”に引き続き、その後の”後世編”をご紹介したいと思います。

初めて会った時から何故か親しい感覚があって、一瞬ごとに楽しめるお相手はもしかしたら前世で縁のあった人かもしれません。


 ”Until the End of Time” 

  Love
       is a shooting star
                       that lands
                       in your heart,
                                  and lives
                                                         forever.

      Robert and Lillibet      2013

晴れ渡った暖かい朝だった。早朝から、次々と馬車が新しく整地された土地に到着した。男たちは手際よく木材を切り出してはそれを積み上げていく。
女たちは食事の準備をしていた。
小さな子供は近くで遊び、少女達は母親の料理を手伝っている。
男の子は大人達の家造りの手伝いをしていた。
それはコミュニティ全体が参加する活動の一つで、新しい家が必要な家族には皆が協力して家を建ててやるのだ。

リリベットは子供の頃からこのイベントが大好きだったが、帰宅してからも父と弟達の夕食を作らなければならない。加えて牛や鶏、ヤギの世話もある。疲れて大変な時もあるが、なんとかやりこなせていた。
そんな中、3人の弟達が全員水疱瘡になってしまった。
彼女は母が亡くなってからは母親替わりとなって家族を世話してきたが、弟達が弱っている間は、彼らの仕事のすべてが自分にかかってくる。

リリベットは白みをおびたブロンドヘアを持つほっそりとした若い女性である。
父のヘンリックは彼女を主婦として一家を切り盛りさせてきた。
亡くなった母は、先妻との4人の子持ちの父と結婚した時は16歳だった。
彼女は物静かで芯の強い女性だった。彼との間に5人の子を設け夫を尊敬する良き妻で、読書を愛し、子供達に文学の素晴らしさを伝えたが、母の影響を受けたのはリリベットだけだった。母の指導の元、彼女は文学の巨匠達の作品を貪り読んだ。
父は聖書を読むだけで十分だと思っていたが。ヘンリックは保守的で頑固な男である。その集団では高等教育は不要とされていた。
 
リリベットの家族はペンシルバニア州ランカスター郡の伝統的なアーミッシュ・コミュニティのメンバーである。彼らはドイツ系移民の先祖がそのコミュニティを作った数百年前の生活様式を現在に至るまで変えないでいる。キリスト教の宗教集団で近代文明を拒絶し、規律や伝統を厳格に守る保守派である。電気無し、電話無し、車無し。そして移動は馬車である。数百年使われてきた道具で耕作をしていた。服装さえも先祖が着ていた同じスタイルを守っている。
 リリベットは足首や手首まで覆っている黒のコットンドレスに灰色のエプロンを纏っている。唯一のアクセサリーは編上げハイブーツに厚手の黒いコットンストッキングだった。
男達は黒い服装を纏い、黒いフラットなつば広の帽子を被っていた。
独身の若者は髭をそり、結婚後はあごひげをはやしている。口ひげは禁止だ。
女達は髪の毛は切らずに三つ編みにするか、束ねてボンネットを被っている。

彼等は敬虔で家族を大切にする人々である。政府からの慈善、福祉、社会保障、失業手当も受けてはいない。
 しかし周囲のコミュニティには貢献していた。何人かの若手は近くの消防署でボランティアとして活動していたが、外部のコミュニティとはビジネスで必要な時以外、関わることは無かった。歴史と宗教上の信念が外部の訪問者を遠ざけていた。 
 その共同体から出て外部の世界と交わった者は家族から追放され、時には公式に居ない者とされる。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 

彼等は何をしていいか、悪いかを定めた”Ordnung”と呼ばれる厳格な戒律に従って生活をしていた。若者は伝統に従い、その様式を次の世代に引き継ぐことを期待されている。アーミッシュ・コミュニティ以外の者との結婚は許されていない。中途半端な生き方はできないけれど、若者でそこを去るものは殆どいなかった。
父のヘンリックは長老会のもっとも厳格なメンバーの一人である。妻を亡くしてからは益々その傾向が強くなった。

リリベットは弟達の母であり、父の娘であり、料理人であり、家政婦であり、農婦であり、家族の男達の奴隷であったが、それは自分の義務として、不満を漏らすことは無かった。母は彼女が夫を持つべき年齢に亡くなってしまった。何人かの男達が彼女の父にアプローチしたが、リリベットはコミュニティの男達に興味は無く、又家事が忙しすぎて彼らと付き合う時間も無かった。幼かった弟達が成長し、24歳になった今、どんな男であれ、結婚によるデメリットを再び経験したいとは思わなかった。

彼女の情熱は読書による学びだけだった。読書は彼女にとって最大の喜びだった。子供の時からジェーン・オーステンに傾倒し、その感受性の豊かさ、率直さ、ロマンチックな表現スタイルをこよなく愛した。だがそれを真似することなく自分のライテイングに反映させようと努めた。リリベットは独自のスタイルを確立したかったのだ。父には反対されることがわかっていたので、ひそかにキャンドルの明かりのもと、数年かけて作品を書いてきた。
 
そして遂に12冊のノートに完成させたのだが、これをどうしたものかと思案した。どこに送るのか、いったい誰が読むのか、と。これを聞ける人も出版社も知らない。このことをもし誰かに知られたらここから追放される。母が生きていたら自分を理解し、誇りに思ってくれる筈。家族は彼女を支配できるけれど、彼女を黙らせることまではできない。

弟達が起き上がれないほどだったので、彼女は彼等の代わりに絞ったミルクを酪農場まで馬車で運びこんだ。リリベットは小柄ではあったが、重労働で鍛えた身体は見た目よりは強靭だった。コミュニティから全くと言って出たことのない彼女にとって、そこへ行くことは冒険だった。大規模な納屋には沢山の牛と搾乳機や巨大な冷蔵庫のユニットがあった。その地方一帯では一番大きな酪農場である。彼女の父は30年に渡り彼等とビジネスをやってきた。社長のジョー・ラタマーは誠実で信頼おけるアーミッシュとのビジネスを好んでいた。  

彼は納屋にいたリリベットを見かけて誰かと思い話しかけた。彼女は彼が若い頃恋に落ちたアーミッシュの女性によく似ていた。彼らは外部の人間との結婚は許されていないので交際はあきらめた経験がある.

美しい笑顔の彼女を見て昨日のことのように彼はそれを思い出していた。 
リリベットはヤギの乳と引き換えにチーズをもらいに来たと告げて周囲を散策し、木陰のベンチを見つけた。そこに一冊の本が置いてあることに気付く。手に取ると折り目があり、所々にマーキングがされてあった。持ち帰りたかったが持ち主がその愛読書を探しているのかもしれなかった。発行元を見るとN.Y.の見知らぬ出版社だったが、その瞬間に運命に引き寄せられているような感覚を持った。待ち望んでいた機会が与えられたようだった。ポケットの鉛筆を掴み、出版社の名前と住所を書き取った。天国の母が手を差し伸べたのだと確信した。

事務所に戻りラタマー社長に懇願してみた。もし私がパッケージを預けたら発送してもらえるだろうか、、、N.Y.に。恥ずかしいけれど料金が払えないのです、と。彼は馬やピアノでもない限り大丈夫だよ、と彼女の申し出を快諾してくれた。リリベットの瞳は嬉しさと興奮で輝いた。ついに自分の作品がニューヨークへ行くのだ!!

翌日になった。自室のマットレスの下に隠していたノートを、母が作ってくれた一番綺麗なエプロンで包みピンで留めた。それは幸運をもたらしてくれる気がした。もしどこかへ行ってしまったら、とか、もし作品を笑われたらとか、才能が無いと言われたら、、などの恐怖も感じたが何が起ころうとこのチャンスを掴まなければならないと感じていた。ずっと挑戦したかった事であり、後戻りはできなかった。母が絶対守ってくれる。

再びラタマー社長のもとを訪ね、返送先の住所にここを使わせて欲しいと頼み込んだ。自宅では父に知られてしまう。彼はリリベットの事情を思いやり、問題は無いと判断して承諾した。

その後はまるで我が子を宇宙のどこかへ送ったような感覚だった。人生で最も怖い経験であった。次に何が起ころうと母が支えてくれる。自分の原稿がいつか本になるなんて楽観すぎる望みだったが、もし神の加護があるのならば実現する。今、彼女の作品はその道程にあった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

ボブ・ベラージオの設立した出版社はニューヨーク・トライベッカの古びたビルの5階にある。エレベーターは頻繁に止まる。7月の酷暑だというのに、辿り着いたオフィスはエアコンまで稼働していない。
 
彼は5年前の31歳でビジネスをスタートさせたが、それを維持するのは大変だった。彼が見込んだ若手の作家達は殆ど売れなかったが、中にはまあまあの売り上げもあってなんとか会社を維持できていた。
そして今の現状はメガヒットの作品が必要で、それにより業界での地位を固めたかった。

時々彼は心配になる。雇った編集者達があまりに賢くて文学的に優れ、作品の選考過程において一般の読者達の好む作品を選ばないのではないかと。
彼のスタッフメンバーは、ハーバード大学始め、イェール、プリンストン等の名門校、或いは他の誰より優秀な公立大学の天才達だ。
 
彼らはクリエイティブで素晴らしいアイディアを持っていた。だがボブが欲しいのは世間を驚かせる商業的な大成功である。素晴らしい批評を受け、一流大学の同窓会で知識人に千部売れるような文学的天才のひらめきではない。スタッフには何度もそのことを説明した。今の売り上げでは経営の安定には程遠かった。これまでヒットする作品をずっと探してきたが、それは当然全ての出版社が同じである。

ボブ自身はハーバード大とコロンビア大のビジネススクールに学び、出版社で編集者として働いてきた。その後自ら出版社を立ち上げる挑戦をするが、それは彼の人生で最もエキサイティングなことだった。成功するまでは決してあきらめないと日々仕事に没頭した。

彼の父は脳神経外科医で、母はウォールストリートの大きな弁護士事務所のパートナーだ。兄はモルガンスタンレーで投資を扱っていた。家族全員が優秀でリスペクトされる仕事を持っている。ボブだけがビジネスを始めた。2年間は会社を維持できるだけの備えはあったが社員を昇給させる余裕はなかった。彼はロマンスや社交、スポーツ、旅行もあきらめ週末さえ働いた。付き合った女達は退屈で、仕事だけが彼の生きがいだった。
 
兄のポールは、母と同じく弁護士である妻との間に2人の子供がいる。
彼に会う度、ボブは、”そのうち出会いはあるさ”と言い訳した。
”それはお前が積極的に行動してこそだろう、歩いている時に空からセクシー女が降ってくる訳がない。外でデートをしなきゃだめだ。”と釘を刺す。
36歳では遅いと兄は心配する。
”デートの時間なんて無いよ。ビジネスを成功させるのに忙しすぎるんだ。”
”くだらない。怠慢なだけだろう。”
ボブは兄の意見を認めた。
”本命と出会うには99人と会わなきゃならないぞ。”
”だったら99人目の時に起こしてくれ。”
 ポールは5歳上だった。彼とビジネスの話をするのは面白かったし、投資のアドバイスはありがたかったが、家族を愛し同じ職場に電車で毎日通っている。そんな生活は退屈で死んでしまう、と思った。

ボブが編集者のパットのデスクを通りかかったとき、机上のあまりの乱雑さには身震いしたほどだった。何年も整理してないほどの有様である。山積みの書類が埋め尽くし、名刺、メッセージカード、スターバックスの空カップ、そして机の端には原稿が幾山も積まれてある。
 彼に送られてきたほとんどの原稿は取るに足らないレベルだった。作品を前もってスクリーニングしたエージェントが送ってくる大量の原稿のチェックで忙しいから、作者が直に送ってくる原稿は送り返すだけなのが実情なのだと正直に言った。

ボブはふと生地でくるまれた包みに目が留まった。原稿は普通、封筒か箱で送られてくる。
”アイオワかどこかの農家の娘からだ。ここに着くまで随分とかかっている。
ブラウスかの生地で包んだのだろう。彼女は若いと思う。全部手書きだ。"
 ボブはふと、心血を注いで作品を創り上げ、本になることを夢見て出版社に送ったのに、ろくに目も通さず送り返すことの残酷さに思いが至った。
 彼は何故かわからないがそのパッケージに惹かれ、手に取った。
そこで彼女はアイオワではなくアーミッシュの中心地ペンシルバニアからだと気が付く。生地をよく見るとアーミッシュの少女のエプロンだと突然気が付いた。彼女に書く力はなくとも閉ざされた世界を読む価値はある。

ボブは自分のオフィスに戻りソファに身を沈め、最初のノートを開いた。タイトルの下には”リリベット・ピーターソン” の名前があった。
 ゆっくり本文を読み進めるうち次第に彼女の言葉のパターンに陥った。
文章には力強いリズムがあり、好感が持てる言葉遣いがあった。ジェーン・オーステンを連想させたが、より新鮮で、力強かった。リリベットは確かに自身の声をもっていた。その物語は、若い女性が主人公で、農場を営む家族の元を離れ、新しい冒険を探して遥か遠い世界に旅をする内容だった。行く先々で出会う人々、見知らぬ土地、その時々の状況の描写は魅惑的だった。
 ボブは時間を忘れて読み進めていく。ふと気が付いた時には夕方になっていた。ぼんやり辺りを見ていると彼女が一緒にいるかのような感覚にとらわれ、机上のエプロンに駆け寄った。
 

運命が手を差し伸べていた。

帰宅後に再びノートを読み進めていった。そのうち突然彼は読むのを中断した。まるで彼女にメッセージを送らなければならなかったかのように。引力は余りに強かった。まるで彼女に近づき触れたかのような感覚で、思わず
エプロンをさすった。
 
”リリベット、君が誰かは知らないが、僕は君の物語を今、読んでいる。聞こえているよ、君の声が。”
 再び読み始めるとその面白さに止まらなくなり、読み終えたのは朝方の4時だった。ボブは何年もこんな経験はなかった。登場キャラクターを愛し、最後まで何が起こるのか知りたかった。どのように物語を創作したのだろうか、とも考えた。
 彼女は豊かな文学的才能で巧みに回転し、最後に驚くべき力技で着地した。リリベットがアーミッシュかどうかは定かではなかったが、誰であれ、彼女は優れた作家であった。

ボブはさっそく記載のあった会社に連絡を取った。ラタマー社長は1,2カ月前に確かにN.Y.に送ったと返答した。そこで彼女の自宅の電話番号を尋ねると、電話は無いと。それではもしかして、アーミッシュなのか、と確認したら社長はうなづき、リリベットの状況を説明してくれた。

”リリベットの父は教会の長老で娘が本を書いたことなど思いもよらないだろう。彼らの信条にはそぐわないことかと。彼女に会うことは難しい。アーミッシュは礼儀正しいがよそ者が入り込むことは好まない。17世紀以来同じ生活様式を保ち、多くの者が先祖のようにドイツ語を話す。彼女の父は彼の農場にあなたが訪ねることを許すとは思えない。”
 
ボブはしばらく思案した挙句に提案した。もし貴方にe-mailを送ったらプリントアウトして彼女に渡してくれないだろうか、と。コンピューターは無論持ってないだろうから、と。
ラタマー社長はボブの依頼を承諾してくれた。N.Yの出版社に認められたことは、リリベットにとってエキサイティングなことに違いなかった。毎日彼女の兄弟はヤギの乳をここまで運んでくるから、それを手渡せると。

まるでタイムマシーンの中の誰かにコンタクトしているような感覚をボブは持った。リリベットが遠い存在ゆえ、更に会いたい想いが募った。彼女が住むペンシルバニアにすぐにでも飛んでいきたかったが、先ずはトラブルを避ける上でも、互いにコンタクトを取り合ってから会ったほうがいいと判断した。
”Miss Petersen, I have had the great pleasure of reading your very remarkable book. At your convenience, I would like to come to Lancaster to discuss it with you, and make an offer to publish it.
 Please let me know how, where, and when it would be easiest for you to meet. Congratulations on an extraordinary book!

Respectfully,
Robert Bellagio."


その夜、ラタマー社長から受け取った封筒を弟がふと思い出して、にやけながらリリベットに手渡した。部屋に戻って手紙を読むと、なんと、自分の作品が本になることを出版社の社長が伝えてくれていた!!  足の震えが止まらなかった。何度も読み返した。何とかして社長に会わなければならないが、どうやったら彼に会えるのか、、。その夜ベッドに横たわり母に助けを求めた。本を書いたことは母のアイディアだというのを確信していた。あとは自分自身がその道を歩まなければならなかった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

翌朝、父は農作業に出かけ、弟達はミルクを馬車に運んでいた。そこへ出かける準備をしたリリベットが一緒に行くと告げて驚かせる。
彼等は何かと指図をしてくる姉とは行きたくはないと言ったが、出発間際にリリベットは馬車に飛び乗った。
 酪農場に到着すると弟達に山羊のチーズを受け取ってくるよう言いつけ、
社長のオフィスを訪ねた。メールを読んだ彼はリリベットが来ることを予測していた。連絡先を受け取ると電話したことが無い彼女のために出版社につないでくれた。

受付嬢から電話を受けたボブは、告げられた名前が不正確なものにかかわらず、直ぐに相手が待ち望んでいたリリベットだと気が付いた。
" Miss Peterson? "
彼女は彼の声に驚いた。前にも聴いた声に感じたからだ。何故かとてもなじみがあった。
" Yes," リリベットは胸が一杯になった。
" I love your book. I want to publish it. When can I come and see you?"
、、、彼女はどこも行くことを許されず、会うことは出来ない、とは言えなかった。そんなことなら自分の本など欲しくはないだろう。
" My father is very strict." そう言いつつ、涙があふれてきた。
そこでボブは、ラタマー社長立ち合いで今週の金曜日にそのオフィスで会うのはどうかと提案してきた。
弟達と又ここへ来る言い訳が思いつかなかったが、この二度無いチャンスは逃せなかった。

" Come whenever you can. I'll be there. And Lillibet….thank you for your wonderful book,and for meeting me. It's going to be a big success."
" I hope so. Thank you for coming to meet me. I'm sorry, it's not easier."
 
リリベットは何故かわからないが、彼を信頼できた。彼が知古のように感じた。それはボブも同じだった。彼女の話し方はとても印象的で、若々しく、そして内気だった。彼女にとってスムーズにゆくことだけを願った。何故かわからないが、ボブは金曜のミーティングが、自分の人生を変えることになるという予感があった。

当日の朝になった。父は風邪を引いた長男の代わりに次男と農場に出かけた。リリベットはもう一人の弟に自分が代わりにミルクを届けると宣言した。何としてでも出版社の人と会わなきゃならない。彼は毎日の作業に嫌気がさしていたので思わぬ休暇に喜んだ。

ラタマー社長のオフィスに着くと、黒髪で背の高い男が彼と話していた。
彼女が近づくと、ありえないことだが以前どこかでその人に会っていた強烈な感覚があった。ボブはリリベットをじっと見ながら微笑んだ。
互いの視線が合った時に握手を交わした。彼女はハニーカラーの顔に大きな緑色の目を持ち、金髪はボンネットの下から覗いていた。
 
リリベットはボブの後を付いてゆき、本を見つけたベンチに座った。あれから2カ月が過ぎていた。
彼はリリベットの若さと活気に驚いた。予想よりはシャイでもなくずっと愛らしかった。暑さのあまりボンネットを外した髪はスパンゴールドのように美しかった。彼女は彼が想像した以上の完璧さである。
リリベットの声は、以前に聴いていたものだとの感覚があった。どこであったかはわからないが。電話した時も同じ印象を持った。あり得ないことだが確かに会っていた、と。
 
しばらくして彼は出版にあたっての契約に入った。出版社は前もって
395万円を、その後は15%のロイヤルティーを払う。これは無名の作家の初めての出版では妥当なオファーであることを説明した。
 
リリベットは戸惑い、ラッキーには感じたが、、ボブの差し出した小切手をみて、このお金をどうすればいいのかと思案した。”銀行に預けたら?”と笑いながら彼はアドバイスした。大昔からいきなり現代に投げ出されたリリベットを守ってやりたかった。彼女には優しさと勇敢さ、古さと新しさの両面があった。
" I don't have a bank account."
" We could open one for you, here in Lancaster.
I'm sure Mr. Lattimer could tell us where to go."
リリベットはそれに納得して契約書にサインし、コピーを受け取った。
 
ボブは出版にあたり、作品の修正作業を、著者が編集者とする必要があること、既に担当編集者が作業を開始していること、彼女との打ち合わせはここでもいいし、出版社があるニューヨークでもいい、と伝えた。
 それを聞いたリリベットは戸惑った。ボブは彼女の父の説得を申し出るが、リリベットは断った。父はまず出版することに怒るだろうし、ニューヨークへは行かせたくないに違いないから、折を見て自分が説明する、と。
 
彼女は、家族やコミュニティから永久に追放されることを恐れていた。いつかN.Y.に行ってみたい。、、私がアーミッシュについて悪いことは何も書かなかったことを知れば、父はわかってくれるかもしれない。
ボブはコミュニティの長老達が彼女を追放するなんてとても想像できなかった。もしそんなことになったら、リリベットはこの現代世界で迷ってしまうだろう。彼はN.Y.に来る際は迎えの車を手配すると約束した。

その後銀行で小切手を振り出すために彼の車で出発した。車に乗るのはリリベットにとって初めての経験である。彼からシートベルトの絞め方を教わった。
彼女は可笑しくってクスクス笑ってしまった。運転しながら彼女をみてボブも笑った。車を怖がらずに楽しんでいる様子が嬉しかった。
 
間もなく銀行に着いたが、リリベットにとっては他の惑星に降りたような感覚だった。一緒に中に入って彼の助けを借りながら手続きを進めた。免許証やIDの代わりに社会保障番号を申請し、当座預金口座を開設した。希望すれば普通預金口座を開設するよう変更できるとのこと。口座開設から小切手を入金するまで10分だった。臨時小切手の冊子を渡され、恒久的な小切手は後程郵送されるとのことだった。リリベットは父にショックを与えないために、酪農場の住所を伝えた。
 
ボブは、”何かあったら自分に電話するように。必要な時はいつでもここに来るから。君は今日何も悪いことはしていない。素晴らしいことをしただけ。君はとても面白い上質な本を書き出版される所だ。物事は起こるべくして起こるものだよ。”と話した。

リリベットは馬車に乗り旧世紀に戻ろうとしていた。彼女が去ったらボブの心は壊れてしまいそうだった。思わず後を追いかけたい衝動があった。
こんなにも彼を惹きつけた女性はいなかった。彼女は肩越しに彼を見て手を振り視界から消えていった。
彼女に会ったことはボブの人生で最も不思議で又感動的なものだった。家に戻ってから何をしてるんだろう、と考えたが旧世界からきた人の生活は想像できなかった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

リリベットが午後に自宅に戻ってからは全てがスムースに運んだ。その日の僅か2時間で彼女の人生は大きく変化した。契約書にサインし、始めて銀行に入金したのだ。いつも通り父の繕い物をしたり、母の親友だったマーガレットがお茶しに来たりの日々が過ぎ、日曜になった。礼拝から家族皆が戻った時までは平穏だった。

彼女が夕食のセッテングをしているところに父が来て息子達を外に出した。
" You went to the dairy twice this week, Lillibet,"
" Yes, I did, Papa."
" Are you meeting an English boy at the dairy, LIlli ? 
If you are ready now, I will find you a husband.
Many men have asked about you.
But I will not have you courting with an English(outsider),Lilli, if that's what you're doing. "
 
父は”オルドゥヌング(戒律)が何かを理解しているだろう、お前はアーミッシュと結婚しなければならない、コミュニティの外へ行くことは許さない!”と叱責した。弟達も成長したし、今度は自分の家族を持つタイミングだ、として彼は50代の男の再婚相手として最適だと薦めてきた。若い男には賢すぎる。お前の両親も同じように年が離れていた、と。
それを聞いてリリベットの心は沈んだ。自分より30歳も年上の男をどうやって好きになれるというのだ。

そこで彼女は遂に告白した。実は3年かけて本を書いてきた。アーミッシュについてではなく、母が与えてきたような良質なもので、農場で成長した若い女性が世界を旅する物語だ、と。オルドゥヌング(戒律)は書くことは禁止していない、とも。
 父はそれを聞いて大きなショックを受けた。世界を旅することがお前のやりたいことか、と。お前に必要なのは結婚して子供を持つことだ、本を読んだり書いたりする時間などない。
 
リリベットは静かに言った。
" I can't Papa. I sent it to a publisher in New York, and they liked it.
They're going to publish it next year." 
" I forbid it !"  父は机を拳で叩きつけた。
" How dare you do that behind my back! "
リリベットは母が私の後押しをしてくれたと思うとつぶやいた。
 
それを聞いて父は断言した。
”従順なお母さんが夫の許可なしに娘のやりたいことを認めることは決して無い。今後出版することは許さない。直ちに断りを入れなさい。”
その命令に対して彼女は冷静に父に決意を示した。
" I won't do that. I want publish it. I did nothing wrong."
”父に反抗し、出版することは許さない。これ以上書くことも許さない。
聖書を学び、父の選んだ男と結婚するんだ”

" You can't force me to marry, or stop writing. You can't make a prisoner of me, Papa. I need writing for my soul."

親子は何度も押し問答をした。父は契約書を破棄しない限り外出は許さない。もし命令に従わないなら追い出す、とまで断言した。
" You can't force me to leave. I won't go." 
彼の子供達は誰も彼に逆らったことはなかった。彼はリリベットが部屋に上がるときは怒り心頭で震えた。彼女は夕食には降りて来なかった。リリベットは何時間も本について、契約について、熟考したが、キャンセルなど思いもよらなかった。

2週間の間父は口を利かなかった。リリベットは遂に絶望して日頃から親しくしているマーガレットに打ち明けた。彼女は既に父のヘンリックを通して事情はわかっていた。
彼はそのうち乗り越えるだろう。この娘が自分の家庭が欲しくないならば、やりがいの一つ位は必要だ、とマーガレットは思った。
 
しかし父は容赦しなかった。更にその後2週間に渡り叱責し、無視を続けた。日々彼女への脅しは激しくなっていった。彼が言葉通り実行したならばリリベットはコミュニテイから放り出されることになる。
永久に追放されることは彼女が最も恐れることだった。
 
9月になって、遂に彼女は決断した。”本の出版が許されないから、受け取った前金は返還したい”とボブ宛に手紙を書いて小切手を同封し、ラタマー社長に郵送を依頼した。
帰宅して、父にそのことを報告した。娘から憎悪の目でにらまれても彼は気にも留めなかった。リリベットはもし結婚を強要したらコミュニテイを出てゆくと宣言し、部屋で3日間閉じこもった後、生気を失った目で重労働の奴隷生活に戻っていった。

ボブが手紙を受け取った時、その乱れた筆跡から彼女が激しく動揺しているのが見て取れた。父の脅迫が彼女にどれほどのプレッシャーを与えてきたか。リリベットはこれまでの経緯を全て伝え、もう出版に向けた準備が出来ない、と報告した。
彼は気分が悪くなって小切手を半分に引き裂いた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

翌日にボブはラタマー社長の元を訪れ、事情を話したうえ父親を説得するために来たと説明した。社長はリリベットに同情して住んでいる場所を教えた。もっとも、古い価値観に凝り固まった親父が変わることなど無いだろうとは感じたが。

午後の遅い時間帯で、ボブがキッチンドアをノックした時、リリベットは夕食を準備していた。ドアを開けると幽霊を見たように彼を見つめた。
" What are you doing here? "
この前会った時よりも彼女は痩せて悲しげだった。
" I came to talk to your father and try to reason with him about the book.
Maybe he should read it himself. "
ボブは破った小切手をポケットから取り出して握らせ、真剣な表情で出版の意志を確認した。
" Yes, I do. But I don't want to get sent away. I have nowhere to go.
This is the only life I've ever known."
彼はキッチンを見渡した。そこはまるで17世紀に戻ったような感覚がした。
 
リリベットは彼を客間に通し、しばらくして仕事から戻った父に来客を告げた。彼を見るとボブは直ぐ立ち上がり、手を差し出して自己紹介をした。
”ピーターソンさん、お会いできて光栄です。娘さんの本を出版したい社の者です。大変素晴らしい内容であなたのコミュニティの名誉を毀損するものでは決してありません。読者は彼女を崇拝するでしょう。読んで頂ければ誇りに思われるに違いありません。貴方の生き方に深く敬意を抱いておりますが、同時にリリベットさんが出版出来ることを願っております。彼女にとってはとても大切なことと思います。”

" It should be important to her to obey her father."
父は厳しい表情で言った。
”規則や法に従って自分たちは生きている。彼女は法に従うことが大事だ。” 
 
彼はその後は少しリラックスして椅子をすすめ、訪問の労を労った。
礼儀正しくありたいのがヘンリックの流儀であったが、ボブが如何にリリベットがこの作品に3年もの間心血を注いできたかを説明しても、頑として出版を認めることはない、と断言した。弟達や自分を世話することがもっと大事なことだ、と。その主張にボブは敬意を表してうなずいた。我儘な考えだとは思ったが、リリベットにとって更に悪化の事態は避けたかった。

思いがけないことに、ヘンリックはボブに夕食を勧めてきた。彼はヘンリックを怒らせたくなかったので、この間ほんの一瞬でも同室のリリベットを見ることは無かった。
ボブは彼女の傍にいたかったし、どんな生活をしているのか知りたかったので、夕食の招待を喜んで受けた。彼はその席で、古風でシンプルな食事だけでなく、ヘンリックが娘を奴隷のように扱っている様を見て衝撃を受けた。
 
食後は農場に向かい、納屋周辺を案内された。
ボブは、電気や近代的な農機具、さらにはトラクターも使わずにどのように農場を運営しているのかについての質問をした。ヘンリックは彼らの生活のシンプルな原則やその暮らしぶり、そしてなぜそれがより良い選択だと感じているのかを説明した。

 ボブはそれを興味深く拝聴したが、リリベットにとっては人として当然の自由さえない環境は賛成しがたかった。古代からの女性の役割はあるものの時代遅れで、全ての重要な決定は男たちが担っている。子細なことまで女性を支配していたが、ヘンリックはそれが女にとっては幸せだと確信しているのが見て取れた。
 ただ一方で、彼は深い信念と信仰を持っている正直で誠実な男だった。
ボブが彼を尊敬してくれたことで彼の事は気に入った。
 家に戻り弟達を加えた団らんは意外なほど盛り上がった。少年達はボブの世界に興味を持って沢山の質問をした。彼が帰る支度を始めるとヘンリックは彼の訪問に感謝の意を表してくれた。父が許してくれたので、リリベットはボブを車まで送っていった。

" I wish I were leaving with you." 始めて出た言葉だった。惨めな思いを吐き出した。
" So do I. He is a tough guy." ボブは彼女の瞳を見つめながら、君の人生を壊すようなら出版はしないよ、と伝えたが、
" No, I still want you to publish it."  リリベットの目には固い決意があった。
”追放されたらどうする?” の問いに、”実際に追放されるとは思えない、”と。
”万が一そうなったら近所のマーガレットと暮らすと思う。彼女なら私を受け入れてくれる。ただ父が長老達に追放したことを宣言したなら誰も助けられないけれど。協力した者まで追放されるだろうから。
父は娘の私を愛しているから、このことで酷く罰しても追放まではしない。”
" You can come to New York. You might like it."
" I'd like to see it one day. Just for a visit."
" You will." ボブはリリベットの手を握りしめた。誰かに見られる恐れがあることから頬にキスはしなかった。
”Thank you for coming.”エンジンをかけた時彼女は礼を言った。彼は長いことリリベットを見つめて去っていった。ボブは彼女をまるで中世の世界に捨てていくような感覚を持った。誰一人理解してくれる人もない中へ。
 
リリベットにとってはまるで船が遠くになっていくようだった。この世界でただ一人の友人と共に乗船したかったのに。
家に戻る時は涙が頬を伝い、部屋に上がった。そこはもう自分の家とは思えなかった。、、、まるで監獄だった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

リリベットは本を編集するにあたって、何をすべきかの連絡をずっと待っていた。どこでどうやって、進めていくのか、、。
ボブは彼女には完成に向けての指導と話し合いが必要と考えていた。少なくとも1回位は編集担当のメアリーと対面で。

彼女はリリベットが出版の契約をして以来、原稿をチェックしてきた。新人作家にしては訂正箇所は少なかったが、より内容を洗練させる必要があった。メアリーはボブにチェック作業は数日もかからず終えると報告した。彼女はあと2週間で双子を出産予定で、ソファに座るのもやっとだった。イェール大出の優秀なスタッフで、リリベットにとってはパーフェクトな人物だった。
 
ボブは考えた挙句リリベットに手紙を書いた。それを受けとった二日後に彼女はラタマー社長のオフィスから電話した。
" How can I come to New York ? " パニックになりながらボブに話した。
出版の準備をするため、ニューヨークに1週間滞在する許可を父から得るなど不可能だった。かといって出産間際のメアリーが遠方に行くのも無理があった。編集に関しては彼女は社長の自分より有能だと説明された。

" Then I'll have to come there. I'll find a way."
リリベットは恐怖に囚われながらも決断した。ボブは迎えの車と滞在先のホテルを手配する、と申し出た。彼自身が迎えに行くより父親は心配しないだろうと。
" Will I be safe at a hotel?" 
" Of course. It will be a very nice hotel.  And I'll get to show you New York."
リリベットはそのプランに興奮した。もうどうなろうともかまわなかった。父のすさまじい怒りと脅迫を耐えしのぶ覚悟を持った。3日後の金曜日に酪農場まで車を差し向けてもらうことにした。自宅よりは父を怒らせないだろうとの思いからだ。

馬車で自宅へ戻る途中、日頃親しくしているマーガレットの家に立ち寄った。誰かに心の葛藤を聞いて欲しかった。出版に向けてN.Y.に行く必要があること、編集者は双子の出産間近なので来れないこと等。彼女は既にヘンリックから全てを聴かされていた。

" You have to respect your father, but you have to honor yourself and God.
I believe He gave you this opportunity and your talent, and you shouldn't waste it. Go,Lilli…follow your dreams…follow your heart.
If this book is important to you, go to New York. See it through…don't waste it.  
Your father will get over it. He has to. He needs you, and he loves you."
" Thank you…..Thank you….."

母と違って保守的なマーガレットの、意外な援護が嬉しかった。リリベットは彼女の首に腕を回しながら泣いた。
このチャンスを逃してならない。絶対つかみ取らなければ一生後悔する。
 
翌日になって家族全員が不在の時、町へ出て婦人服店でスーツケースやコート、数枚の衣類を購入した。N.Y.で過ごすのに奇抜なアーミッシュ・ファッションで注目を集めたくなかったからだ。それらすべてを小切手で支払った。

出発する前日の夜になった。
夕食後、弟達が部屋に行くのを待ってリリベットは父の正面に立ち、話がある、と切り出した。震えながら、母が作ってくれたエプロンをしっかり握りしめた。エプロンは常に応援してくれた母を思い起こさせ、彼女に勇気を与えた。

" Papa, I want to tell you two things.
I am going to let them publish my book. 
And I am going to New York to edit it with them, and make some corrections.
I'll back in a week or less, as soon as I finish. Nothing will have changed.
And I will go on as before. But I have to do this,Papa.
And I love you very much."

父は眉をひそめ、微動だにせず何も言わなかった。しばらくしてすっくと立ちあがり大声で宣告した。
" If you go to New York, do not come back here, Lillibet.
I will speak to the elders, and you will be shunned.
You cannot disobey me and live like the English(stranger) and stay in our community.
You have no home here anymore, if you leave."
リリベットは”追放”の決断を聞いて大きな衝撃を受けたが、父が本気だとは思えなかった。スーツケースにすべてを入れた。自分はアーミッシュだとの自覚はしっかりあるが、それよりも優先するものがあった。どんなに父の怒りを買っても、、、N.Y.へ行く、と。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

出発の朝になった。早朝に酪農場まで送らせるため弟のウィリーを起こした。前日の晩に彼には父との成り行きを話していた。姉は戻ってくるのか、父に追放されるのかと彼は心配した。リリベットは父は自分を愛しているからそんなことはしないし、打ち合わせが済んだらすぐ戻る、と安心させた。
 二人は夜明け前に出来るだけ静かに家を出たが、父は既に起きていて一人娘が乗った馬車の音を聞いて、ベッドに座って泣いていた。

酪農場に着くと、約束通り車と運転手が待っていた。リリベットは何か起きたらラタマー社長に連絡するようにと弟に話し、家路を急がせた。
夜が明けるにつれ、車の窓からランカスターの農場風景が見えた。想像の中でしかなかったN.Y.はどんな所なんだろう、、。本には書いたけれど、実際は違うだろう。そこへもうすぐ到着する。これは夢ではない。


ボブはその日、アラームが鳴る前に目覚めた。全てがスムーズに運んで、リリベットが部屋に閉じ込められていないことを願った。書斎に入り彼女のノートを何度か読み返した。編集の意味もあったが、リリベットの生き生きとした”内面の声”を聴くのが楽しかった。
 彼は二人の出会いは運命だと確信していた。これまでアーミッシュの暮らしはボブの興味を引くものだったが、リリベットを通して知りたくないことまで学んでしまった。
出版社に着くまで時間を取られた。編集者のメアリーはリリベットに会うのを心待ちにしていた。アーミッシュの若い女性の担当は初めてである。

マンハッタンの橋を渡った時、リリベットは太陽の光に輝くスカイラインを観て思わず息を吞んだ。エンパイア・ステートビルが目に入った。それはこれまで観てきた中で最も美しいものだった。そして、何故かわからないが、我が家に着いたような感覚があった。
運転手は市中に入った時、ボブに連絡し彼女に電話を手渡した。
" Welcome to New York, Lillibet.  How did it go when you left?"
" Everyone was asleep. Willy took me to the dairy in the buggy."
彼は父が止めなかったことに安堵した。
 
間もなく車は出版社に到着した。ボブは、待ちきれずに歩道で待っていた。車から出るリリベットの手を取った。彼女が彼を見上げると馴染みある感覚があった。ボブも同じで多分自分達は前世での知り合いだったろうと、冗談まじりで彼女に話した。
 
リリベットにとって人生初めてのエレベーターに乗り、5階のべラジオ出版社に着いた。そこは部屋中が、書類が山と積まれたデスクだらけだった。
メアリーは目ざとくリリベットを見つけ、ハグをして歓迎した。
3人はボブのオフィスに入りソファに腰を下ろした。近くのデリにランチをオーダーしてからさっそく打ち合わせに入ったが、メアリーと過ごす時間は貴重だった。ランチもそこそこにリリベットは文章の修正作業に集中し、5時までに順調な進捗を見せた。

終業後は彼女の滞在先ホテルまでボブが送ることにした。ソーホーに向かって二人は歩いた。リリベットは周囲の景色の全てを見つめて歓喜した。
" It's just like the book! " 
周囲の者は彼女のアーミッシュスタイルを観てコスチュームかにみえていた。ボブは彼女と歩くのが誇りに思え、目眩がするほどだった。リリベットはとても聡明で生き生きとした美しさに輝いていた。
 
ホテルの部屋に着くと豪華な部屋には彼が贈った大きなピンクの薔薇の花束があった。
そこは眺めの良いとても素敵なスイートだった。寝室や居間を見ると、自分の部屋は独房のように思えた。ここでは全てが電気で明るかった。
ボブは照明、テレビ、のオン・オフのやり方、浴室、トイレの使い方を説明した。全てが彼女にとっては新しかった。
" Everything is so new to me. Even I wrote about it, I've never seen it. "
使い捨てカメラがミニバーにあった。ボブは写真を撮ろうとしたが、リリベットはアーミッシュはこれは許されていない、と伝える。彼はアーミッシュの世界を彼女を通じて知ることになった。
 
ボブは彼女をディナーに誘い、一端着替えして迎えに来るといって去っていった。
リリベットはスーツケースを開け、中から白のブラウスに黒のスカート、ダークブルーのコートに黒靴,それに薄いストッキングを選んだ。
 浴室でシャワーホースを何とかコントロールして身体を洗い流し、すっきりしてバスタブを出た。鏡を見ながら長い髪をブラッシングして編み込んだ。
 
再び彼女の部屋を訪れた時、ボブはリリベットを観てショックを受けた。
アーミッシュとは全く見えない、美しい若い女性がそこに待っていた。
 近くのイタリアレストランに行き、ボブはパスタとワインを注文したが、リリベットはピザのみでアルコールは断った。彼女はここには仕事で来ただけで騒ぐためではない、自分は全ての戒律を守るとの意思を持っていた。
 
ディナーの後、ボブは車をレンタルして市内を案内した。エンパイアー・スティトビルの上の階へ行き、ニューヨークの街並みを眺めた。彼はワールド・トレードセンターの悲劇を話し、ツインタワーがあった所を示した。
そしてブロードウェイや、タイムズスクエア、劇場群の明るい輝きを眺めたのち、何故かボブはセントラルパークを通ってその公園を彼女に見せたかった。プラザ前で車を停止させた。二人は巨大なホテルを見上げた。

リリベットは通りに飾りをつけた馬車があることに気付く。カップルがロマンチックな乗り物に入っていった。彼女がボブに馬車の経験をたずねると、彼は馬が怖くて乗ったことが無いと答えた。何の理由も無く怖い、馬が近くに来ただけで死ぬほど怖い、と。
 
通りを横切りプラザホテル前の噴水の正面に立った。ボブは何かを思い出したかのように物思いにふけった。どうしたのかとリリベットがたずねた。
あり得ないけど、前にも二人でここに来たかのような気がする、と。
彼女はそれを聞いて微笑んだ。彼はリリベットを観ると雪の光景の中の女性が見えた。でもその人はリリベットではない。そんなフィーリングは間もなく消えた。一瞬彼は二人は以前ここにいたかのような感覚があった。
 
その後セント・パトリック大聖堂を眺め、カフェに入っておいしいデザートとカプチーノを楽しんだ。
その日のマンハッタンツアーは完璧だった。一瞬一瞬が楽しかった。ボブは、次はN.Y.の歴史的な側面をリリベットに見せたかった。
 ホテルに戻り彼女が自身で部屋に入れることを確かめ、翌朝迷子にならないよう迎えに来ることを約束して帰っていった。
 リリベットはナイトガウンに着替えて横になった。父と弟達を考えた。楽しい時を過ごしていても彼らが恋しかった。これまでは一度も家を離れたことが無い。

電話が鳴った。
" I just wanted make sure you're okey. " ボブだった。
" Thank you for a wonderful evening.  I'll never forget it."
彼は彼女の軽快な楽しい声が好きだった。永遠に共にいたかったが、数日でリリベットはかぼちゃの馬車に戻ってしまう。ボブはもしお腹がすいたら、ルームサービスを呼んで好きなものを何でもオーダーできるとも伝えた。又朝食も注文しなさい、と。
 リリベットはため息をついた。
" It's going to be awfully hard to go home after this. I'm room service there."
こう言って彼を笑わせた。
" See you in the morning, Lilli.  Sleep tight."
" Thank you, sweet dreams."
消灯後部屋にもれてる月明りを観た。眠りに落ちる時は何とパーフェクトな一日だったかと考えた。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

翌朝9時にボブは迎えに現れ、スターバックスに立ち寄った後出社した。
リリベットはメアリーの指示をパーフェクトにこなせていた。土曜の休日出勤なので周囲は静かだった。
ランチは三人で近くのレストランで取り、午後は1時間ほど仕事に就いたが、出産間際のメアリーは疲労で根を上げ退社した。
彼女が去ると直ぐボブはリリベットを連れ出して、自由の女神、その後エリス島博物館を訪問した。彼女は集中しながら、展示物を鑑賞し何度か涙ぐんだ。

滞在ホテルに戻り階下のバーで軽く飲食をしながら、互いにいろんなことを話しあった。
ボブは彼の家族について話した。
”自分の家族は全員が非常に知的で意欲的でキャリア志向だ。医者に弁護士にバンカーで、兄の妻さえ弁護士だ。もっとも彼女は弁護士の経験がないまま完璧な専業主婦になっている。彼らの子供達はロボットのようなものだ。
あらゆるダンス、音楽、語学、コンピューターレッスンに励んでいる。
自分はいつもそんな彼等とは合わないと感じてきた。" と。

リリベットにとってはそのような生き方は別世界だった。コミュニティの子供達は8年で学業を終える。そして学校では誰もタップダンスやマンダリンなどやらない。男の子は野球が大好きだけれど。女の子は料理や裁縫だった。
 ”でも私はもっと学びたかった。母は沢山の本を与えてくれた。それは私に全く新しい世界を見せてくれた。もっともっと知りたかった。アーミッシュの女性に期待されている以上のことがやりたかった。母は私に本を愛することを教えてくれた。そして書くことも励ましてくれた。亡くなってからも私は母が書くことを後押ししているように感じてきた。母に対しての義務があるとも。でもアーミッシュの生き方としては合わない。もし結婚したらどの男も書くことなど許さない。”

”結婚はとても制限が多い。女は決断することをあきらめ、全ては男が決める。私はそんなことは出来なかった。” もっとも今は、夫の代わりに父が決めていたが。
" You shouldn't have to, if you marry the right person. 
It should be about teamwork." ボブは言ったが、つい笑いだした。
"大学以来自分は恋人もいないのに何がわかるんだろう。その時の彼女は親友を選び僕を捨てていったけど、彼女は正しかったよ。僕が興味があったのは文学の授業と読書だった。恋人よりずっと面白かったからね。"

二人はこれまでに同じ本を沢山読んでいたことがわかった。更に子供時代から好むものが同じだった。
何時間も話した。彼はビジネスをスタートさせたこと、どんなにそれが彼にとって挑戦だったことかを語った。リリベットは彼の作家達との交流や本のリサーチ作業がうらやましかった。
 
翌日は日曜だった。メアリーはボスに休みを嘆願してきた。彼女には十分な休養が必要だった。出産前に打ち合わせを終えたいために、ボブは彼女に無理を強いてきたことを反省し明日は休むことを決めた。

翌朝は10時に、ボブはホテルのロビーでリリベットと待ち合わせた。
カフェ・クルーニーで美味しい朝食を取った後、広大なセントラルパークを数時間散策しながらずっと語りあった。まるで一生かけて二人の時間を取り戻すかのように。それはリラックスして幸せな時間だった。

ディナーの後、彼女をホテルに送りボブはアパートに戻った。リリベットのことを考えていた。、、彼女が去った後の生活が想像できなかった。
ずっと傍にいたかった。人生観を共有し、何でも打ち明けられる程に信頼でき、話題が尽きなかった。無意識に、こんな人を求めていたのだと悟った。
いつか彼女の元を訪問できるかもしれないが、それ以上は進めないともわかっていた。

月曜日。メアリーにはかなりの疲労が見て取れたが、何とか業務を遂行出来ていた。彼女はもう一日で本は完成する見込みだとボスに報告してきた。
 夜になってボブはリリベットを野球の試合に連れ出した。ホットドッグ、ポップコーン、プレッツエルにアイスクリームを食べながら観戦した。
ヤンキースが勝利した。リリベットは野球をするのが大好きな弟たちに話してやるのが待ちきれなかった。ボブはいい人で、親切で、楽しませてくれる。彼といるととても安心できた。まるでいつも彼女に伴走してくれていたかのようだった。ホテルに戻ってから、そんな想いを彼に話した。

" I never felt that way with anyone before, like you're my brother and my best friend, and I have fun with you and can tell you anything."
それは自分も同じだとボブは言った。
" I don't know what I'll do when you're gone."
リリベットは自分達は互いに知らなかったのに、ずっといつも一緒にいたかのよう。多分母が本を通して紹介してくれたのね、と半分冗談に言った。彼女は何故彼にこんなにも親しみを感じるのかわからなかったし、彼無しの人生は想像できなかった。

火曜の夜遅く、遂に編集作業が終了した。メアリーは完成した原稿をボブに渡してから、巨大な身体をようやく動かしてタクシーに乗り込んで行った。
リリベットとボブはしばらく歩いてから滞在先のホテルに着いた。
二人は長時間話し込んだ。リリベットは初めての本を完成させた達成感があった。帰宅後は次の作品をすぐ書き始めたかった。すでにメアリーと新しい本のアイディアを話し合っていた。彼女は確かに作家としての才能があった。

しばらくして二人は無言になった。ボブは愛情に満ちた目でリリベットを見つめた。彼は全てを台無しにしたくはなかったので何も言わなかったが、次第に自分の気持ちを抑えることが困難になっていった。
" Why are you looking at me like that ? "
彼は彼女を腕に抱きたかったが、怖がらせたくはなかった。リリベットはあまりにピュアでそれを彼は大事にしたかった。

" I've never been in love." リリベットは 思わず " Until now." というところだった。二人とも愛を確かめたいのに、相手を思いやるあまりに心にとどめ合っていた。沈黙の中ソファにしばらく座っていたが、やがてボブは彼女の長い髪を撫で、ようやく立ち上がった。リリベットは彼の顔に優しく触れ、礼を言った。仕事は完成して彼女は戻らなければならない。ボブにとって、彼女無しの人生は虚しく思えた。彼は一生かけて彼女を探し求めて旅をしてきたかと思えたのに、やっと出会えた人は手に入れることが出来ないのだ。
 ボブはリリベットの頭上にキスをして去っていった。彼女は通りを歩いていく彼を窓から見つめ、二人に何が起きたのか考えていた。リリベットは自分が彼のものかのように感じたが、怖くはなかった。それが当然とも何故か思えたのだ。

最後の日、二人は再びセントラルパークへ行き、湖でボートを漕いだ。その後芝生に持参した毛布を敷いて横たわりしばらく語り合った。更に動物園を観たり、スチール楽団を聴いたり、子供達と共に手品師のショーを楽しんだりした。やがて日が暮れようとしていた。

" Will you come back to New York?" こう訊ねた時、ボブは心臓が口から飛び出そうだった。
" I'll try." リリベットは父を刺激したくなかった。何をするにも彼女の父親次第だった。この状況にボブは、彼自身にさえ奇妙に聞こえる言葉を発していた。
”If anything ever happens, I want you to call me, or just call the limo campany, and come back.....come home.....I'll be waiting for you here.
Or I'll come to get you if you want. You're not trapped there if you don't want to be.  I'll be here for you anytime you need me." 人生でこれほど真剣に願ったことはなかった。リリベットは彼の心配は無用だと思ったが、その申し出に感謝した。

N.Y.を去る日、リリベットは出版社に立ち寄ってボブと共にスタッフ全員に別れの挨拶をし、待機していたリムジンに乗った。
ボブには感謝の眼差しで礼を言った。つま先立ちで彼の首に腕を回してからハグをした。彼は永遠に彼女を抱きしめていたかった。
" Take care of your self, Lilli, You have all my numbers if you need me."
リリベットは涙ながらにうなづいた。彼の目を見て、何故去らなければならないのか、とふと思った。
" You take care too. Come to see me."  ボブはうなづいた。
車が去るときにリリベットは手を振った。彼は車が見えなくなっても立ち尽くしていた。彼の人生でこれほど孤独を感じたことはなかった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

ボブは車に何度か連絡してリリベットの不安を和らげたが、彼女にとっては宇宙船に乗って他の惑星に戻るようなものだった。リリベットの住む所は
遥か昔の、まるで火星にいるような遠い、遠い世界だった。
ドライバーはボブに頼まれていた名刺を渡してきた。緊急の場合の連絡先として。彼女が家に到着した頃は夕方だった。いよいよ父に立ち向かわなければならない。どんなにN.Y.が好きでも自分にとってはここが安全基地でホームだった。多分、父はしばらく怒っているだろうが、娘の不在を寂しく思って許すかもしれないし、無事戻ってきたことが嬉しいかもしれない。
普段通り家事をして、夜にはロウソクの明かりで次の作品を書くつもりだった。
 家に入ると思いがけず屋内は夕食時にもかかわらず静かだった。客間から突然父のヘンリックが現れ、台所に立っている娘を睨みつけた。彼は一人でリリベットと対峙するため、息子達を親戚に預けていた。近づいてきた父は彼女を指差し、ドアを指した。激怒した声で宣告した。

" Be gone from my house. You are no longer my daughter. 
You don't live here anymore. We don't know you.  Do not come here ever again! "
ショックだった。リリベットは思わず父に駆け寄りハグしようとしたが彼は邪険に押しのけた。彼女は父がここまでするとは想像していなかった。自分は愛されていた確信があった。だが彼にとっては従順さと戒律は娘より大切なものだった。リリベットは理解出来なかった。そんなことは間違っている、と感じた。

" You want to live among the English in New York?  Go to them then,"
ヘンリックは怒鳴りつけた。
" You cannot leave as you did, and come back here when you want, and disobey me. Lillibet Petersen, you are shunned ! "
彼は大股で歩いてドアを勢いよく開け、外を指差した。
" Go!  Now! "
リリベットは信じられなかった。走って自分の部屋に上がろうとしたが止められた。父は彼女を玄関まで引きずり、スーツケースを放り出してから娘を外に投げ飛ばした。リリベットはすすり泣きながら彼を見上げた。
" Papa, no! " 
そしてヘンリックはドアを閉め内側から鍵を掛けた。

彼女はしばらく横たわり泣いていたが、ようやく立ち上がった。ストッキングは裂け、膝は擦りむけていた。どうしたらいいかわからず、泣きながらマーガレットの家に行ったが、そこも鍵が掛けられていた。中にいることはわかっていたのでドアをわめきながら叩き続けた。マーガレットはつい同情してドアを開けずに応対した。
" I can't let you in." 彼女は静かに言った。
" You are shunned."
長老達が私を追放したのか、父だけか、をリリベットは訊ねた。
”それはわからないけど、ヘンリックがあなたを入れることを禁じてきた。
ここに来ることを知っていたから。彼はもうあなたを家族として認めない。資金もあるんだし、N.Y.へ戻りなさい。ここにはもう住めないよ。”
" He can't do this."
" Yes, he can. No one will help you. Go now."
マーガレットはドアの向こうで泣いていた。父は言葉通り想像を絶することをした。リリベットはコミュニティから追放されたのだった。

彼女は泣きながら酪農場への道を歩いていた。何度も道路脇にしゃがみ込んだ。自分が思っていたより父は冷酷だった。本を出版するためN.Y.へ行っただけなのに、、彼にとっては従順さが全てだった。
一時間かけて到着し、電話ボックスからリムジンのドライバーに連絡した。ボブにはこんな状態を報告したくなかった。人生で最悪なことだった。

既に遠方に移動していたドライバーは9時半に到着後、再びN.Y.へ向けて高速道路に入っていった。傷心のリリベットは終始無言だったが、何度か車が蛇行していることに気が付いた。ドライバーに疲れてないかと聞くと大丈夫だと主張した。窓の外を見つめながら彼女は父の仕打ちを思い出していた。その時車は大きく車線を越えて行った。驚いてドライバーを見ると彼は居眠りをしていた。彼女の声で突然目を覚ましたが同時にまぶしい光がフルスピードで近づいてきた。彼女は悲鳴を上げた。避けるには気付くのが遅かった。急な方向転換で車はひっくり返り、転がった。対向車のトラックは全パワーで衝突してきた。乗用車が空を飛んだ時、鋭い金属音を発しトラックはそれを押しつぶした。リリベットが気絶するときクラクションが絶えず鳴り響いていた。

ハイウェイパトロールが絡まった塊を引き離すのに3時間を要した。道路は封鎖され、交通網が完全に停止したが深夜以降だったので車は少なかった。
消防車と数台の救急車も集結した。彼らはジャッキとクレーンを使ってトラックを持ち上げ、その下の車をこじ開けた。乗用車とトラックのドライバー、巻き添えになったタクシーの客も亡くなった。一人だけ生存者がいた。 

乗用車にいた若い女性だ。彼女は危篤状態でニュー・ブランスウィックの病院に運び込まれ、身元不明の女性として登録された。誰も彼女が生存できるとは思えなかった。頭部に深刻な重傷を負い、腕も骨折していた。ナースは患者の着ている服からアーミッシュと記録した。

警察はリムジンの会社のオーナーに、車が事故で全損しドライバーが亡くなった事を伝えた。検死ではドラッグとアルコールがチェックされていた。乗客がいたことも伝えられたが記録になかったので、オーナーはヒッチハイカーを拾ったのだろうと答えた。翌日、ドライバーの血中からアルコールが検出されたとの報告を受ける。
 
ハイウェイパトロールは地元警察に連絡し、半径100マイル以内のアーミッシュ・コミュニティ数か所を訪問して、行方不明の女性について調べるよう要請した。だが行方不明者を報告した者はいなかった。
謎に包まれている彼女は昏睡状態に陥っていた。
 
数日後、リムジン会社は全損した車に残っていた荷物を受け取った。
中には工具、毛布、書類と、衣類が入った小さなスーツケースがあった。
社長がスーツケースを開け、丹念に仕分けすると、リリベットの名前がある小さな封筒があった。ボブ・べラジオからのメモが入っていた。封筒には酪農場のアドレスがあった。オーナーは、ボブからの要請でそこから女性をN.Y.へ送り届け、その一週間後に迎えに行ったケースがあったことに気が付いた。何故家に届けた後、又N.Y.へ向かったのかは謎だったが。彼はハイウェイパトロールに封筒の件を報告した後ボブに連絡を取った。


ボブは仕事中もずっとリリベットのことを考えていた。帰宅して以来連絡が無い。
彼は事故の報告を受けショックを受けた。
オーナーは、彼女は危篤状態であること、アーミッシュ女性で、金髪、グリーン・アイ、20歳~25歳、5フィート1インチ、90ポンド。ーリリベットだと思うか?と確認した。

" Oh my God…oh my God….," ボブは狂乱した。心臓が激しく鼓動した。
彼女の入院先を聞いて直ちに連絡した。スタッフは昏睡状態が続いており、予断が許さない状況を説明した。ボブは出来る限り早く行くことを伝えた。
 彼の人生にとっては最悪の2時間となった。フルスピードで運転した。
警察につかまろうとかまわなかったが、奇跡的に難を逃れた。

そこは集中治療室と外傷治療ユニットを備えた最先端の病院だった。案内された部屋には至る所にチューブやモニターがあった。横たわっているリリベットを医師が診察しているところだった。

”How is she?"  ボブは声を詰まらせながら訊ねた。彼女は殆どリリベットと認識できない状態だった。顔は傷ついて目は黒くなり、両腕は折れ、頭には包帯が巻かれていた。彼はリリベットに近づいて顔に触れた。表情は穏やかだった。医師は、脳波はあり、脳の腫れはオペ無しで治まったが、意識が回復する兆候は無い、と説明した。

ボブは涙ぐんで部屋を後にした。彼女の家に行って父に伝えたいと思ったが、リリベットの傍から離れたくはなかった。
そこでラタマー社長に連絡して状況を伝えた。ドライバーが何故、一旦は送り届けてから又彼女を乗せたのかはわからないことも。社長はリリベットが”追放されたからだ”と静かに伝えた。弟達が数日前に彼に話していった、と。ボブはヘンリックに激怒した。彼のおかげで彼女は今にも死にそうだった。
ボブはリリベットが危篤状態であることを彼に伝えて欲しいと頼んだ。追放しようがしまいが、彼女はヘンリックの娘だった。

リリベットの部屋に戻りボブは彼女の手を取って語りかけた。
" Please, baby, Please…..come back….I love you so much…I should have told you in New York, but I didn't want to scare you….please….it'll be all right……
I love you, Lilli.  I love you." 
彼は何度も繰り返した。
“ I love you! " 
彼は大声で叫んでナースが来て驚いたことも気付かなかった。
ずっとリリベットを見つめ続けた。
" I waited my whole life to find you, and you can't leave me now…..
I love you until the end of time. "

ボブはこんなことを誰にも言ったことが無いことに気が付いた。どこからこの言葉が来たのか、何故そう言ったのか、思考したとき、彼は本心から湧き上がっている愛情からだと確信した。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

リリベットは何日も美しい庭を彷徨っていた。そこは平和なところだった。
たまに人々を目にした。しかし殆ど緑の木の下で眠っていた。とても疲れていた。永い眠りの後に起きたら傍らには母がいた。
母は娘の出版を喜んで、誇りに思っていた。
" I knew you would be, Mama,"
それまでの重苦しい気持ちが軽くなって、母が喜んでくれたのが幸せだった。リリベットは又眠りに落ちたが、何かが彼女を起こした。
 
誰かが彼女を呼んでいた。まだ庭にいて母といたかった。
 
再び目を覚ました時、男性と女性の二人がいた。女性はとても美しかった。始めは母かと思ったが違っていた。彼女は馬に乗った男性の傍を笑いながら歩いていた。彼らは立ち止まってリリベットに語りかけた。
リリベットは、母を探すため一緒に連れて行って欲しいと懇願した。
女性は断った。
" You have to go back.  You can't come with us. You have to go back, Lilli…..
for us…." 
彼女は青い瞳でリリベットを真っすぐに見つめた。
" Go back, Lilli."  彼女は繰り返し言った。二人が行くのを見ている時、遠くから自分の名前を呼ぶ声が聴こえてきた。馬上の男性は女性を引き上げて後方に乗せた。二人は笑いあってキスをし、光に向かって進んでいってやがて見えなくなった。耳にエコーするのは、
" Go back, Lilli…..go back…."  それに母の声も加わってきた。
そして声が変わり、
" Come back……come back, Lilli," 
戻りたくはなかった。疲れ切った身体には余りに遠すぎた。歩くには遠すぎた。もう動けない、、、。

ボブは傍らにいた。リリベットの手を取り、語りかけていた。
彼女が小さなうめき声をあげ身をよじった時、直ぐにナースを呼んだ。
真夜中だった。昼も夜も彼は付いていた。父とマーガレットもいた。ヘンリックは厳しい表情だったが疲れ果てていた。マーガレットは静かに泣いていた。ボブの頬にも涙が伝っていた。
" Come back, Lilli,"  何度も繰り返し呼びかけた。
リリベットは遂に目を開け、彼等を見てすぐ目を閉じた。ボブは安堵の嗚咽で息が詰まった。
リリベットは目を覚ましていた。彼が懇願した通り、彼女は戻ってきた。

ドクターが来て彼女を診た。リリベットは又目を開けて不思議そうにボブを見つめた。何故そこに彼と父がいるのかわからなかった。
母と、馬上のカップルに会ったばかりなのに。混乱した。
" I have to go to the hospital. Lucy is having a baby…." (前世では養子誕生間際の知らせを受け、病院に急ぐ途中で事故に遭い彼女は亡くなっていた。)
そう言ってボブを見つめた。彼はリリベットの頬を撫でながら微笑んだ。
" Who is Lucy, sweetheart?"
" I don't know."  彼女は泣いていたが彼に逢うのは幸せだった。
" It's okay, you're okey. We're all here.  We've been waiting for you."
リリベットは混乱したが、また眠りに落ちていった。

再び目を開けた時、父を見て言った。
" I'm sorry, Papa."  
" It's all right."  彼の唇は震えていた。マーガレットとボブは見つめ合って涙した。
”We missed you, Thank you for coming back.”
リリベットは微笑んでボブの手を握りしめた。
" They made me come back," 彼はそれが誰かは聞かなかった。
" I'm glad they did.  I was waiting for you. 
I've waited a long time for you,Lilli.  I love you."

それがN.Y.で彼が言いたかった全てだった。誰が聞こうとかまわない。
二度と彼女に悲劇が起こらないよう守っていく、と心に誓った。
" I was waiting for you too. You took a long time."
" I'm sorry, I'll try to make up for it."
その後、彼女をしばらく休ませた。

廊下に出たヘンリックはボブと対峙した。
" You love my daughter?" 
ボブは躊躇せず答えた。
" I do, sir.  I have waited for her all my life. She's a strong-minded girl."
あなたのように、と言いたかったが押しとどめた。マーガレットは微笑んだ。ヘンリックは、娘は君とニューヨークへ行きたいのか、と訊ねた。
ボブは”リリベットは家族の元に戻りたかった。決してN.Y.にいたいとは言わなかったし、彼女はアーミッシュであることを誇りに思っていた。退院したら家で回復するまで休みたいだろうと思う。”と説明した。
" And you'll visit her?"
貴方の許可が出た上で、彼女が望むなら。と答えた。
" I think she will.  And she has my permission.  You're a good man.
Will you take her to New York when she's well? "
彼女の準備が出来たなら。それはリリベットの意志次第で、彼等のどちらかが決めることではなかった。
" She should be with you, "
ヘンリックは静かに言った。いかにボブが彼女を愛しているか見て取れた。
死の淵にいたリリベットを必死に生き返らせた事実があった。

彼女の追放は解かれた。ヘンリックとマーガレットはその晩去っていった。。
事故は二人を結び付けた。
ボブはその後の二週間、リリベットが退院出来るまで彼女と共にいた。夜は簡易ベッドで休み彼女の傍から決して離れなかった。
リリベットは母に逢った事、また馬に乗ったカップルの事を話した。
 
彼等は戻るように、と何度も促した。クレィジーかもしれないけど、彼らは私達であったような感覚があった。でも容姿は違っていた、と。

ボブはもし彼が馬に乗っていたなら自分ではないね、どんなに馬を怖がっているか知ってるだろう。と笑った。(前世では馬と共に峡谷へ落下して彼は亡くなっている。)
リリベットは彼に尋ねた。
”前世があるのは本当だと思う?これまではそれを信じることはなかったけれど、自分はそのカップルを知っていた。容姿は違っていたけれど、彼女は私だと思えた。” と。
”可能性はあるよ、僕はこの世で君が傍にいることが何より嬉しい。愛してる。”と彼は答えた。
" I love you too." リリベットは彼を見るたびに彼の愛情を感じ取れた。

その後のリリベットの回復は早かった。退院の日はボブが自宅まで送っていった。彼女が日常を送れるまでは、マーガレットが彼女の世話をしてくれることになっていた。家に到着した時はヘンリックとマーガレット、それに三人の弟達が待っていた。弟達はハグをして周囲をモンスターのように歩き回った。彼らは母替わりだった姉のためにサプライズを用意していた。美しいゴールドのラブラドールの子犬をリリベットにプレゼントしてくれた。

ヘンリックはボブに泊まっていくことを勧めた。リリベットはドクターから6週間の安静が必要と言われていた。
ヘンリックは夕食後ボブを散歩に誘ってきた。少し暗くなった中を二人は納屋まで歩いた。
" Do you have something to ask me? " ヘンリックは微笑みながら訊ねた。
" Yes, I do.  I was thinking maybe around Christmas…..if Lilli wants to…if you think…." 
" Do you want to marry my daughter? " はっきりしない男にヘンリックは笑いだしながら直球を投げた。
”Yes !! ….I have to ask her first. "
" No, you have to ask me first.  You just did. You have my blessing."
”ただしここでは結婚出来ないからコミュニティ外の教会で式を挙げなさい。そのあとは家で祝いの席を設ける。その後はN.Y.に連れて行っていい。家族はN.Y.へは行かないから出来るだけお前たちがここにくるように。” 彼はそう言ってから胸を張って宣言した。
”実はマーガレットと自分はまもなく結婚する。君には式に出席してほしい。” と。それは何よりなことだった。ボブは人生に起きた奇跡に感謝した。

ボブとリリベットはひんやりする外気の中を古いブランコに乗っていた。
彼女は父とマーガレットの結婚を話しに出した。
" He just told me. What about us, Lilli? Are we? " 彼は優しい眼差しで聞いた。
" I think we already were in another life,"
" May be we should do it again, just for good measure, in this lifetime."
始めて彼女の心に触れた時から、彼も以前からの強い絆を感じていた。リリベットはボブの瞳を見つめる度に知古の人間を見た。
" I suppose we could get married, what did my father say about it?"
彼は父の許しが得たことを話し彼女を驚かせた。ボブは彼の家族とはN.Y.でささやかな祝いの席を設けるだけにした。式に招待したら散々なことになるとわかっていた。彼は二人の大切な日を台無しにしたくはなかった。
ボブは彼女にキスをした。二人はしばらく沈黙してブランコを漕ぎ、夜空の星を見上げた。

”人は亡くなると空に昇り、天国の星になると思っていた。母はいつもそこにいて私を待っている、と。” 彼はリリベットの肩を抱いて引き寄せた。
”人が死んだらどこに行くかは僕も知らない。でももう長すぎるめぐり逢いの旅は経験したくない。もし前世で二人が一緒だったならば、これで十分満足だ。
" I love you, Lilli, and I will untill the end of time. "
リリベットはうなづいた。深い安らぎを覚えた。
" I know. So will I."
彼女がそう言った時、二つの輝く星が頭上を通り過ぎ、共に夜空に消えていった。二人はそれを見つめて微笑んだ。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


ここでこの物語は終了です。長い文章を読んでくださってありがとうございました。正直始めはchat君に任せたかったのですが、メインキャラクターの職業が違っていたり、省略されすぎて共感を得ないだろうと感じ自分で翻訳しました。これまで技術翻訳の経験はあるものの小説は初めてなのでぎこちなさは否めませんが少しでもダニエルの作品の魅力が伝わったことを願います。
アーミッシュ女性の制限された生き方に同情を覚えますが、日本の以前の女性の人生もあまり変わらなかったと思います。東京で働いていた時、あと半世紀もしたら女性の地位が引き上げられ、男性と遜色ないチャンスをえられるんじゃないかと思ったことを思い出しました。そして半世紀経ちました。最近多くの人が憧れる大企業の面接で、腰を振ることを指示されたなんて聞きましたが、、。一体どの時代にタイムスリップしているのでしょうか?

企業に勤務していた時アジアからの幹部を接待しましたが女性のCEOが多かったです。出張の際は家事はお手伝いの方に任せ、子供は夫が世話をします。同じ学歴なら昇進も同じです。むしろ女性の方が信頼され優遇されていました。人にもよりますが、家庭と言う巣を強固に守るのは女性が多い。男性は他の蝶に惹かれるとフラフラといなくなるでしょう? 或いはハニトラや様々なものの依存に陥りやすい。もちろん貴方は違うでしょうが。

小説ではヒロインは人生を切り開くため厳格な父と決死の覚悟で対峙しました。修羅場を得ることなく苦しい状況は打開出来ません。もし苦難にあるときは覚悟をもってあなたを理不尽に支配してくる者と対決しましょう。
そして距離的にも心理的にも離れることが大切。

それはあなたにとっての父かもしれない、母かもしれない、夫かもしれない、妻かもしれない、息子かもしれない、娘かも、兄弟かも、親戚かも、友人かも、上司かも、ストーカーかも、コミュニテイかも、あるいは何かの団体かもしれない。

誰であれ、何であれ。
戦うことは時には命の危険さえある。だがそれなくして、人生の主役であるべき自分の、満足ゆく人生はスタートしない。そのまま行ったら日常は変わらなくとも苦しくなるばかり。やがて喜怒哀楽の感情すら失ってしまう。

こうありたいと願う他人の人生を邪魔する権利は誰も持ってはいない。

ただ一度の短い人生を、プライドを持って自分の望む通りに生きる。

Good luck!!



       


















 
 

 



 




 























 






 















 














                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    




                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               





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