ちぴぴ物語
認知症の母がくれたギフト
実母を自宅で介護している。認知症と診断されてから十年になり、現在、介護度としては最も重い5段階になっている。衣食住生活のすべてに介助が必要な状況だ。
優しくて知的で努力家だった母。もともと控えめな性格だったが、認知症になっていても荒ぶることはなく、娘の私に対しても「ごめんね。赤ちゃんみたいになっちゃったわ」「ありがとう」と穏やかな笑顔をくれていた。
そんな優しい母に対してでさえ、介護しながらわたしはあらゆる感情を経験した。愛しい気持ち、悲しい気持ち、辛い気持ち。母を助けたい!と必死になったり、また一方で、介護に自分の人生の時間を盗まれているような、息のつまる思いになったり。家族の介護を経験した人が感じるであろう期待や絶望をわたしもまた知ることになった。
そんな母が体調をくずし、クリスマスから年始にかけて入院することになった。わたしの頭にはあふれるほどの心配が押し寄せてきた。このまま会えないのではないか、寝たきりになってしまうのではないか、わたしのことも忘れてしまうのではないか・・・。
しかし、点滴を受ける母はどこか昔の気丈な表情をしていたのだ。いままで何度も人生の艱難をくぐりぬけてきた人の眼だった。
「母はじぶんの人生を引き受けている。」背中に衝撃がはしった。
認知症という病気もまるごと、母の今なのだ。母は人生の課題として今の自分を必死で生きている。
それならばわたしはわたしの今を引き受けて生きることが、母と同じラインに立つことではないか。
介護される人と介護する人という役割を超えて、母と同志になった気持ちがした。いや、むしろ母のほうが勇敢で、わたしを叱咤激励している先輩なのだと実感した。
「あなたは勇気があるわね」何度となくわたしに言ってくれた母の声を思い出した。ほとんどの言葉を失った今も、母は奥底でこうわたしを励ましてくれているにちがいない。
突然の入院。わたしは何年振りかに介護のない年末年始を過ごすことになった。母のくれたこの特別休暇をわたしはありがたくもらうことにした。
おかあさん、ありがとう。わたしはクリスマスもお正月も楽しく過ごしているよ。お掃除しながら、お皿を洗いながら、散歩しながら、毎日はなうたを口ずさみ、歌っているよ。
のびやかに歌うとき、わたしの声はあなたにそっくり。
ちぴぴはあなたの声で歌っているよ。