【読書感想文】静かな雨
静かな雨 宮下奈都さん
『羊と鋼の森』で本屋大賞を受賞した宮下さんのデビュー作。はらはらドキドキとは正反対だけれども、読んでるときの心の中は決して単調ではない。ハッとさせられる言葉がたくさんあった。漢字とひらがなのバランスが面白くて、言葉をどう表すかでこんなにも物語の印象って変わるんだな。
あらすじは、こんな感じ。
雪の降る寒い日、やさしい匂いにつられた行助は、たいやき屋さんで働くこよみと出逢う。そこから徐々に親しくなるふたり。ある日こよみは、交通事故に巻き込まれ、目を覚まさなくなってしまう。「自分が来ていいのだろうか」と思いながらも毎日こよみの病院にいく行助。約3か月後に目をさましたこよみは、新しい記憶を1日以上持たせることができなくなっていた。忘れてしまうこよみ、こよみが忘れるなら自分が覚えておけばいいと言う行助。そんな二人がやさしく寄り添い合いあい、距離が縮まっていくお話。
”記憶を留めておくことができない”こよみ。このシーンに出逢った時、すぐに連想するお話があった。
小川洋子さんの『博士の愛した数式』だ。第一回本屋大賞を受賞し、映画にもなったこのお話、知っている人も多いんじゃないかな。
”記憶が80分しかもたない博士”を頭の片隅に思い出しながら、この物語を読み進めていると‥
この本借りていい?と聞くとこよみさんは本を見もしないで、いいよ、と答えた。読み始めてびっくりした。記憶力をなくした数学者の話だった。
!!!
博士だ!
思わずにっこりしてしまった。宮下奈都さんも『博士の愛した数学』読んだんだろうな~。お二人は交流があるのかな~とか妄想がどんどん膨らんでいく。
現実にある本が、物語の中に登場して、しかもそれがちょうど自分が想像していたもので、作者の方と繋がれた気がしてなんだか嬉しかったな。
こよみさんは事故に遭い、記憶が1日しかもたなくなってしまう。ここからも分かる通り、このお話し自体は、決して太陽みたいにまぶしく明るいものではない。だけれども、とってもやさしい。
「痛みを経験した分だけ、人は優しくなれる」という言葉は、まさにこよみさんや行助のことを言っているんだろうなと思った。
その二人の雰囲気を、この本の文体がとてもよく表している。冒頭にも書いた通り、漢字とひらがなのバランスがとても面白い。そのバランスによって、時にやさしく、時に力強い、全体的にあたたかい雰囲気になっている。
「だけど、新しいものやめずらしものにたくさん会うことだけが世界を広げるわけじゃない。ひとつのことにどれだけ深く関われるかがその人の世界の深さにつながるんだとあたしは思う」
どうして若い人には可能性があると、そんな乱暴なことを平気でいえるのだろう。確かに、何者かになる可能性もあれば、ならない可能性もある。銀行強盗をする可能性もあるし、しない可能性もある。そういう意味では無限かもしれない。もしも若い人の可能性がほんとうに無限なら、たとえ年をとって可能性が半分に減ったところで、たかが無限の二分の一だ。九割の道が閉ざされてしまっても、まだ一割残っている。無限は一割でも無限じゃないのか。
こよみさんや行助のように、現実の厳しさ、生きることの辛さを味わった人が言える言葉。無条件のやさしい「大丈夫だよ」という言葉とはまた違う、力強さと優しさがとても好きだった。
そして、最後に。
この本は、スゴイ本だ。
「読み終わった後の、読者のネクストアクションを促すのが素晴らしい本だ」とか聞いたことあるけど、それで言うとまさに私は読み終わった後に、読む前では全く想像もしていなかった行動に出た。
遠くのほうに、何か、なんだったか、楽しいことがあったような気がする。ええと、なんだったかな。僕ははっと身を起こす。たいやきだ。そうだ、あのやたらおいしいたいやき、それとあのまっすぐな感じの女の子。
こよみさんのたいやきは、おいしい。何度食べても、驚く。あまたあるたいやきの中でも一番なのはいうまでもないとして、これまでに食べたおいしいものの中でも一、二を争うくらいおいしい。(中略) 何もかもがちょうどいいのだ。ちょうどよすぎて、うれしくなってしまう。自分のために焼かれたのかと、じんとくる。
たい焼きが食べたくなった。
近所のたい焼き屋さんを検索して、営業時間が終わっていることに気付いて、次の日の予定に「たい焼きを買いに行く」を追加した。読み終わった直後だけでなく、次の日の行動にまで影響を与えた、そんなスゴイ本だ。笑
ひさびさに食べたたいやき、美味しかったな‥。(あんこはニガテなので、カスタードです。)
また読むぞ。そしてきっとまたたいやきを買いに行くぞ。笑
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