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ポテトサラダを捨てた日。

2週間ほど、部屋を空けていた。
久しぶりに部屋に戻った私は、冷蔵庫を開け、
家を出る前日に作り置きをしていた
密封容器ぎゅうぎゅうの山盛りポテトサラダを、
ドサッと流しに捨てた。
あーあ。もったいない、、、
まさかそんなに長い間、家を空けることになるとは、作った時には思ってもいなかった。


父が、旅立った。

それはあまりに意表をついた突然の連絡で
知らせを受けた時にはもう、別世界に出発した後だったので、
別れを惜しむようなドラマチックな展開もなく、
私はただ、目の前に流れる現実を、
淡々と粛々と、眺めることしかできなかった。
本当にあっけなく。人は逝く。
じゃあまた来週ね、ってぐらいに。何の前触れもなく。


思えば、私が初めて作った料理も、ポテトサラダだったなぁ。
小学校の4年生か、5年生の時だ。家族みんなが食いしん坊だから「足りなくなったらかわいそう」と、料理本に記載された2倍の分量でつくったっけ。
4人前×2倍 = 8人前のポテトサラダ!

大量のジャガイモをゴロゴロ茹でて、火傷しながら皮をむいて、体重をかけて潰して、マヨネーズいっぱい混ぜて、、、
奮闘してつくった、渾身のポテサラ。
家で一番デカい大皿にどーんと盛って食卓に出した。
「ポテトサラダです、どうぞ!」

そのあとのことは、今もはっきりと覚えている。

家族みんな、そそり立つポテサラマウンテンに驚愕し、
山をほじくるように少しつまんだあとは一同、箸が止まってしまった。
「ソースをかけてもいいかも」という、母の味変アドバイスでも、まったく減る気配がない。

すると父が、まだ洗面器ぐらい残っている大皿を、私の前にぐいと突き出して言った。
「どうすんだこれ、お前が責任もって全部食べろよ!」

おそらく冗談だったのだと思うが、その言葉は、
きっと喜んでもらえるだろうと心弾んでいた私の挑戦を、クシャっと簡単に潰すぐらいの破壊力があった。

まったく手を付けられていない(ように見えた)ポテサラを、キッチンで一人、泣きながらほおばった。
「ぜんぶ食べなきゃ。。。」
とてつもない量のジャガイモだったから、
塩コショウもしっかり混ざっていない、ただのイモ味、だ。
そういえば、誰も美味しいって言わなかった。

(泣いても食べきれなかったポテサラは、
翌日、母がコロッケにしてくれて全部食べたけど)

それ以来、私の中では、「料理には責任が伴う」という意識が深く根付いてしまった。美味しく仕上がる保証はないし、責任も取れないから、私は人に料理を作るのをやめた。
お気楽な気持ちでは振舞えない。
他人のために料理を作ることが、正直、今も苦手だ。


私にそんな生涯引きずるダメージを負わせたことなど、どこ吹く風で、
定年してからは、自分の食事は自らつくっていた父。
凝り性で、様々なレシピを研究していたようだ。
実家の冷蔵庫には、父の作った料理が残ったままになっていた。

ピリ辛のたれに漬けこんだ大葉
庭で育てていた痩せ細ったアスパラ
ショウガの甘酢漬け
様々な味のパスタソース
手作りカレーの冷凍ストック・・・

父が居なくなった食卓で毎日、父の作り置きを少しずつ食べた。
きっと晩酌とともに食していたであろう素朴な料理の数々。
もう二度と味わうことのできない、父の味。

最後に食べたのは、父がストックしていた冷凍カレーだ。
凍ったまま鍋に入れて、そのままゆっくり火にかけると、父の生きていた時代のルーがじんわりと溶け出していく。
それはまるで「時」を解凍しているかようだ。

父の手作りカレーの味を覚えていたかったのだが、いつもの癖でつい、一気に平らげてしまった!
市販のカレールーに独自のスパイスを調合した本格派。
これが、父の最後の料理か。。。
思い出がスパイシー過ぎて、なんだか笑えてくる。

カレーの筋が残った空っぽのお皿を眺めていると、クツクツ煮立った鍋を覗き込む父の背中が見えた。仏頂面のくせに実はそれを食べるのをワクワクしている父の表情も。

幸せだった?
問いかけても、答えは、永遠にわからない。
ただ、最後に食べた父の味は、めちゃくちゃに美味しかった。


面倒な手続きや用事を片付け、実家から帰ってきたら、
何の因果だろう。あの時と同じような大量のポテトサラダが冷蔵庫に眠っていた。
容器の蓋を開けたら変なにおいがしたので、
もったいないけど、捨てた。
バカヤロウ、と思いながら捨てた。
ごめんね、と思いながら捨てた。
ありがとう、と思いながら捨てた。
いろんな思い出や感情がマッシュされて、鼻の奥がツンと痛くなる。

あの日、全部食べろ!と差し戻されたポテトサラダ。
本当は「美味しい!美味しい!」って、口いっぱいに頬張って欲しかった。
いつも何かと尤もらしい理由をつけて料理から逃げ回っていたけれど、
なんてことなく気楽に手料理を振舞える人が、実は内心うらやましかった。
本当は、心の底で私はずーっと、そう思っていた。

そんなねじれた思いもまるごと全部、捨てた。
あの時みたいに、山盛りのポテサラ。
あの日言いたかったことの全部。

もういいよね、料理に責任を感じなくても。
下手だけど好きでも、いいんだよね。
今更だけど、やっと素直になれるのかもしれない。

お父さん。
最後にそれを、私に伝えにきたの?


私のまわりいるみんなの、喜ぶ顔を見るのが好きだ。
それが私の料理だったなら、何より嬉しい。
勇気を出してもう一度、ポテトサラダづくりに挑戦してみようかな。
ポテサラマウンテン リベンジ!
一番食べて欲しい人にはもう届かないのが、ちょっと悔しいけれども。

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