野菜の蛇腹切りにハマる
蛇腹切り。
文字だけを見ると、何とも物々しい。今にも鎌首もたげた蛇がシャーッ! とこちらに飛びついてきそうな雰囲気を醸し出している。
数年前の夏、奈良の山奥を歩いたとき、大きなカナチョロ(正式にはニホンカナヘビ。胴の長いトカゲ)だと思って、呑気に近づいたら、小さいアオダイショウだったことがあった。カナチョロに脚がないだけの見た目なのに、やはり蛇だと思うとそれだけで怖かったのを憶えている。
あの年の夏もなかなか暑かったが、それ以上に今年はどうにかなってしまいそうなくらい暑い。
そうなると調理の際、火を使うものが極端に減る。切って食卓に出せる野菜の存在は有難く、特にきゅうり、トマト、長芋には頭が上がらない。
キュウリ、長芋は千切り。トマトは輪切り。
それにぽん酢や麺つゆドレッシングなどをかけ、上から鰹節やすりごま、七味唐辛子などを散らす。
切って調味料をかけただけだが、こうすれば何となく、
《きちんと作りました》
という顔ができる。
だが、さすがに千切りばかりでは食べるほうも飽きてしまう。
何か他に手はないかと思っていたとき、私はキュウリの蛇腹切りの映像を目にした。
層のようになった切り込みに、唐辛子を混ぜたタレが、これでもかと絡んでいる。なんとも惹きつけられるビジュアルだ。
作り方を簡単に説明すると、割り箸などでキュウリを挟み、1〜2mm幅の切り込みを斜めに入れ、裏返したら、今度は縦に1〜2mm幅の切り込みを入れる。割り箸で挟むのは、切り落とし防止のためだ。
親が作ってくれたおかずを箸で持ち上げたとき、野菜が皮一枚で繋がっていたりすると、
「これ、ちゃんと切れてないよおー」
などど言い、食卓にひと笑い起きたものだが、この蛇腹切りは繋がっていないといけない。
こういう飾り切りは面倒なイメージがあったが、やってみると案外簡単だった。出来上がった蛇腹切りのキュウリは、アコーディオンのようにみょーんみょーんと伸びる。このみょーんみょーんが楽しい。さっきまで、頑なに一本気だったキュウリが、斜め縦と切り込みを入れることで、くにゃりと曲がり、伸び縮みまでしてくれる。
このキュウリをお好みのたれで和えたり、漬けこんだりすれば、切っただけとは言わせない、立派な一品になる。
何より、この蛇腹切り。作っていて楽しい。切り込みを入れていくだけで、ただのキュウリがプロの装いに変化する。きちんと料理をした気になれるのだ。普通に切るよりも、出来上がったときの満足度が高い。
この満足感をもっと味わいたい!
ああ、もっと蛇腹切りがしたい!
私の胸にそんな熱い思いがフツフツと沸き上がり、止まらなくなった。しかしだからと言って、キュウリの蛇腹切りばかりを食卓に上げるわけにはいかない。
私は、何とか他の野菜でも蛇腹切りができないものか、試してみることにした。
最初に試したのが、カブ。
皮をむいて、8mmくらいに切って、斜め縦と切り込みを入れていく。端が切れやすく、キュウリほどの出来とはいかないが、一応蛇腹に切れた。それを塩水に漬けて絞ると、全体がくにゅっとしてより蛇腹の層が際立つ。ちょっと変わった見た目の漬物になる。
お次はナス。
半分に切って、割り箸で挟み、皮の部分を斜めに、裏返した身のほう縦に切っていく。これはいい感じに蛇腹になった。水であく抜きをし、油で焼くと実に火の通りが早く、普通に焼くより時間が短縮になる。そこに鰹節を振り、生姜醤油でもかければ立派な一品だ。
とにかくこの暑さなので、加熱時間を短くできるのは有難い。
そしてオクラ。
茹で上げたものを蛇腹切りにし、お浸しなどに使う。でもオクラは切り口が五角形で切るだけでもそれなりにお洒落なので、蛇腹切りにしても見た目はあまり華やかにはならないが、オクラを単品で大量に食べるなら蛇腹切りもアリだと思う。
他にも、長芋、ジャガイモなどで試してみたが、イマイチだった。長芋は切れてボロボロになってしまう。ジャガイモも蛇腹切りにしてから油で揚げてみたが、普通に揚げたほうが断然美味しい。
皮と中身の色が異なり、ある程度柔らかい野菜が蛇腹切りには向いている気がする。根菜類だと硬すぎて、蛇腹の特徴であるみょーんみょーんとした伸びが出せないし、柔らかすぎても割れてしまう。カブや大根が、蛇腹切りにできるギリギリの硬さだと感じた。
そう考えてみると、蛇腹切りにできる野菜は案外少ないのかもしれない。
もっといろいろ、蛇腹切りにしてみたかったなぁ。
そう思いつつも、この猛暑の中、私の気持ちをキッチンに向かわせてくれた蛇腹切りに、感謝感謝といったところだ。
もし、蛇腹切り未経験の方がいらしたら、是非一度お試しください。結構楽しいですよ!