聖夜に放電
今年もクリスマスが終わった。
長年、夫婦二人でクリスマスを過ごしていると、余程のご馳走でも揃わない限り、そうそう盛り上がるものではない。
私はワインが大好きなので、クリスマスになると決まって、ワインを水のように飲み、パスタを食らい、チキンをかじり、またワインを水のように飲むという、イエスが見たら呆れるような、飽食のクリスマスを送っていた。
しかし近頃、寄る年波か、ご馳走を食べてもいい日に、何を食べたらいいのかわからない、という情けない状況に陥っている。
元々、大食いの性分である。
本気を出せば、若い者に負けないくらいチキンをかじり続けることができるのだが、今の私はどうも、その状況にワクワクしないのだ。
「一体、あたしゃ、クリスマスに何を食べたらいいんだろうねぇ」
夕飯を決めかねて、私がつぶやく。すると夫は、
「今、スーパーに行けば、何かお惣菜が安くなってるんじゃない?」
と提案した。
自分で考え、調理しなくとも、割引になっている惣菜を買えばいい。若干の虚しさは込み上げるものの、実際に惣菜が割引されていれば、この下がり気味のテンションも上がるかもしれない。
午後五時半。
私は買い物カートをお供に、割引の惣菜を求め、既に暗くなった道をのしのし歩いた。
有難いことに、お惣菜は軒並み割引されていた。
そのうちの二点ほどを選び、ワインと共にレジに持って行く。会計を終え、いそいそと自宅に到着。もそもそとバッグをあさり、玄関の鍵を開けようとしたそのとき、
バチーンッ!
私は火花でも散ったかと思うほどの、激しい静電気に見舞われた。
安価な化繊の服を着こんだせいで、私の体内は帯電極まりない状態になっていたらしい。厳かな夜、マンションの共有スペースで、
「んぬぅ!」
という謎の擬音を発し、私は痛みに耐えながら部屋に入った。
「何か、いいもんあったかい?」
惣菜目当ての夫が、ひょっこり玄関先に顔を出す。
しかし、そこにいたのは、これでもかと眉間に皺を寄せ、渋い顔をして玄関に立つ妻の姿であった。
夫は訊く。
「どしたの? 歌舞伎?」
隈取と見紛うほど、私の顔には深い皺が刻まれていたらしい。
だが、自宅の玄関先を演舞場にするほど、私は芸達者ではない。
「せ、静電気にやられた……」
私が力なく答えると、
「よかったじゃん!」
夫の目が、クリスマスツリーの星のようにキラリと光った。
「なにがいいのよ。痛かったんだよ。とっても!」
私がムッとしていると、
「だって、今日の静電気は、ただの静電気じゃないんだよ」
「え?」
「今日の静電気はね 」
「聖なる電気! そう、聖・電気なんだよ!」
高らかにそう言い放ち、夫は胸の前で十字を切った。
クリスマスというものは、ただの静電気すら、聖なるものに変える威力があるらしい。聖なる電気を帯電し、イルミネーションのように放電したと思えば、それもクリスマスらしくていいかもしれない。
そんなことを思いながら私は、冷たいお惣菜を電子レンジで温めた。